どどどどうしましょう!

「やめ……溶ける……焼ける……」


 必死に抵抗はしたが相手が離れなかった。両腕と両足が不完全過ぎた。

 何より相手の能力で全身が痺れて動けなくなってしまった。


 柔らかくスライム乳と称されている相手の胸に顔を撫でられ、逃げ遅れた不幸人……エウリンカは治りかけの体を毒で焼け爛れさせ、床に転がり哀れな躯と化した。


 ただ進行方向に居ただけのエウリンカを殺したそれは、必死にグズグズに崩れている両腕と両足を動かし床を這う。


「お、にいちゃん……まってて、ね……」


 治りかけの体に鞭を打ち、それはズルズルと自身の血肉を床に擦り付けながら移動を続けた。




「えっと……こうしてこうかしら?」


 それは適当に手を振り模様のような文字を綴る。


 今回はちょっと色々と暴走が多い。何より“自分”が暴走している。


 もう本当に私ったらやんちゃなんだから!


 可愛らしく虚空にウインクするが意味は無い。ツッコむ相手も居やしない。


 空しくなったので急いで作業を再開する。


「あ~。面倒臭い。面倒だ」


 愚痴が止まらない。でも仕方ない。

 遠距離での宝玉使用は魔力の消費が激しい。それを誰も理解していない。あの宝玉はエネルギータンクが傍に居ればこその一日使用可なのだ。


「こうしてこう」


 たぶん成功だ。もう非戦闘員を宿に運んでいるはずだ。ならさっさと宝玉に戻してしまった方が良い。


 ラストバトルで使用不可とかになったらどうする? 面白くないだろう?


「お~。たぶんいい感じ? ならこうで」


 適当に適当を重ねた結果いい感じになった。これで成功のはずだ。頑張ったぞ私。偉いぞ私。


「これで魔剣女との実験に戻れるわ~。本体の無茶振りとかマジ止めて欲しいわ~」


 愚痴を言ってもしょうがない。本体の命令には逆らえない。逆らえない訳でも無いが、全員の管理とか面倒臭すぎる。


 私は自由を愛し自由に愛された女なのだから。


「さ~て。研究研究」


 その場を離れたそれは……魔剣工房と呼ばれる存在が無残に殺されていることを後に知ることとなる。




 神聖国・とある隠れ家



 さあ困りました。


 私は唯一の味方であるリスと呼ばれる生き物を抱きしめる。

 このリスは非常識が常識なあの人たちの中で唯一私の味方をしてくれる存在です。


 こうして抱きしめていると不満が消えはしないけれど僅かに薄らぐ。


 思い出すとこの子は雄でしたね。でも平気です。今なら我慢できます。ええ大丈夫です。薄いだの小さいだの言われた私の胸で良ければ存分に味わってください。

 硬いとか言ったら流石にちょっと怒ります。尻尾の毛を逆なでしちゃいます。


「どうしよう……」


 高い位置に存在する明かり取りの窓に視線を向ければ、もう外は絶対に夜ではありません。薄っすらと明るいのです。

 つまりそれは夜が明けたということです。


 そして何故か一緒に行動をしていた女性……ランリットさんは『ん?』と空中を見上げたと思ったら突然姿を消しました。唐突です。神隠しです。何があったのか聞きたいぐらいです。


 どうすれば良いのですか?


 私たちを捕らえたあの良い感じの筋肉……ごほん。男性たちによって監禁されている私はどうしたら良いのでしょうか?


「まあこの子の怪我の治療をしてくれたのは良いんですが……」


 一緒に運ばれた名前も知らない女の子は未だ眠ったままです。

 ただ腫れあがった顔には丁寧に包帯が巻かれ治療を施されています。ですがそもそもこの子にこんな怪我を負わせたのは彼らです。


《怒って良いんだと思います》


 でも実際に怒って殴られるのは嫌です。頼みの綱のランリットさんはもう居ません。


「どうしましょう……」


 困り果てて抱いているリスに話し掛けると彼は顔を上げました。その視線を閉じられたままの扉に向けます。

 釣られて私も視線を向ければ、重く響く鍵の音が『ガチャ』っとしました。


《どどどどうしましょう!》


 危険です危ないです。今は私しかおりません。後に居るのはリスと女の子だけです。

 辺りを見渡しゆっくりと開く扉に私の体は反射的に動きました。


 女の子だけは守らなければダメです。人として当たり前です。


 だから女の子を背に私は両手を広げて扉を睨みました。睨んでいます。きっと睨んでます。


「……」


 入って来たのは面積の少ない服を纏った老人でした。


 老人ですか? 物凄く筋骨隆々なのですが……ああ。何て素晴らしい胸の筋肉。抱き着いて頬ずりを……ごほん。違います。恐怖からの気の迷いです。


「本当であったか……」


 何故か入り口に立つ筋肉老人はそう呟くと、ボロボロと涙をこぼしだしました。


 意味が分かりません。助けてください。えっと……はて? 私の旅の仲間は誰がこの場に居ても問題を大きくするような気がします。


 どうしてでしょうか?


「えっと……何でしょうか?」


 とりあえず会話です。会話をして、隙を伺って……背後に居る女の子を無視できません。やっぱり誰か助けてください。


 アルグスタ様はご遠慮ください。ノイエ様も……少し怖いです。ポーラ様。うん。ポーラ様なら大半は真面目で良い子ですから大丈夫なはずです。時折凄く怖くなりますが。


 助けてくださいポーラ様!


 心の中でお祈りをしたら、何故か小悪魔のような笑みを浮かべて私に手を振る彼女の像が。


 笑えない。今は本当に笑えない。


「えっと……貴方は誰ですか」


 頭の中がグルグルする私は咄嗟にそう相手に声をかけました。

 すると筋肉老人は泣きながら片膝を着いたのです。


 はい?


「良くぞ御無事で!」

「はい?」


 今度は声が出ちゃいました。


「良くぞ御無事で!」


 あの~? 筋肉老人が物凄い勢いで涙を流しているんですが?


 アルグスタさま~。きっとこの人と会話が出来るのは貴方ぐらいです。大至急来てください。


「えっと……私ですか?」

「そうですとも!」


 頬を涙で濡らした老人の暑苦しい顔が私を正面から見据えます。


「良くぞ御無事で! 女王陛下!」

「……はい?」


 目の前の老人が何を言っているのか私には分からないのですが?




~あとがき~


 魔眼の中やら囚われの人やら…君たち好き勝手にやってるね。

 で、囚われたらしいあの人の元には謎の筋肉老人が。


 はい? 女王陛下?


 ちょっと何を言ってるか分からないw




© 2022 甲斐八雲

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