発射したのは?

 神聖国・迎賓館



 しくしくしく……止めてって言ったのに……ホリーってば酷すぎる。


「あら? もうアルグちゃんったらうれし泣き? 久しぶりに私と肌を重ねられてそんなに嬉しかった?」


 違います。確かにたまに何かが空になるまでと思う日もありますが、それを現実に実行されるのは違うんです。

 願望や妄想は現実になっちゃいけないんです。


「一回ってお願いしたじゃんか……」

「ええ。だから一回だったでしょ?」


 嘘つき。何回も何回もでしたが?


「だから一回でしょ?」

「何が?」

「発射したのは?」

「……」


 ずっとホリーの髪が僕の根元を縛り上げていて、確かに外に出したのは一回だったね。


「ズルくない?」

「交渉を武器にするならこれぐらいの詐術は当たり前でしょう? 私だからその身でミスを償う程度で済んでいるけど、これが別の相手だったら大変よ」

「……」


 何も言えない。確かにその通りです。


 長くて深いため息を吐いてようやく顔を上げる。

 膝を抱えるように座っていたホリーは、何故かペロペロと自分の手首付近を舐めていた。


「何してるの?」

「一滴も逃したくないだけ」


 何も言えねえ……ホリーの愛が深すぎます。


「で、マニカは?」

「……逃げられたわ」

「はい?」


 本当に悔しそうな様子でホリーが頬を振らませる。


「どこかに隠れて気配を消しているみたいよ。そうなると広大な魔眼の中だと簡単に見つけられない」

「そうなの?」

「ええ」


 舐めるのを終えてホリーは太ももを抱え膝に頬を置くような体勢で僕を見る。


「無駄に広くて無駄に道が入り組んでいるのよ。袋小路も多いし」

「へ~」


 余り知らなかった魔眼の事実だな。


「前に誰かの頭が弾け飛んだ時に」


 ん?


「リグがその可能性と言うか、たぶん魔眼の正体を言い当てているんだと思うけど」


 何が?


「眼球って、眼球から色々な管とか出ているでしょう? たぶんその管とか何とかが私たちが普段使っている道や部屋になっているんだと思うわ」


 ……。


 想像したらお尻の穴がキュッとなった。


 こわっ! 意外とホラーな事実だな!


「つまり視神経とかとか?」

「アルグちゃんの世界の言葉は分からないけどそうなんじゃないの?」

「あ~。引くわ~」


 あの悪魔はノイエの目玉になんてことを。否。ノイエの魔眼の犯人はカミューだったな。あの狂暴女は何て恐ろしいことを。大切な妹とか言いながら酷すぎるだろう?



『……知らなかった』



 遠くから絶望染みた声が聞こえた気がした。

 気のせいだ。あれは知っててノイエにしたに違いない。そうしておこう。


「おかげでマニカを完全に逃したわ」

「でも野放しにしていると危なくない?」

「ええ。だから何かしらの対策をしてから再度探すわ。今度は見つけ次第周りの被害なんて無視して全力で潰すから」


 少しは被害を考えた方が良いのでは? ノイエの眼球とか神経だよね?


「アルグちゃんに敵対する女なんて全員殺せば良いのよ……ふふふふふ……」


 あ~。その理論を振りかざすのでしたらグローディアの馬鹿も一緒に退治しておいてくれると嬉しいんですが? ダメ? ダメなの? どうして? 刻印の魔女が禁止している?


 あの悪魔め~。リグじゃないが嫌いだな。


「ん~。あ~っ!」


 大きく背伸びをしたホリーが僕に対して怪しい視線を向けて来る。


 まだ満足していないのだろう。だがそんな誘惑で屈する僕ではない。昔の初心な頃の僕だったらフラフラと飛びついただろうがな。


「あら? 愛しいお嫁さんの誘惑を拒否するの?」

「今はホリーだからね」

「あら? これがノイエだったら飛びついていたの? お姉ちゃんショックだわ」


 若干表情が消えかけたホリーが僕を見る。

 違うよお姉ちゃん。


「明日と言うか今日の昼からこの国の女王様に会うからね。腰砕けの状態で会うのは失礼でしょう?」

「そう。そう言う理由があるなら仕方ないわね」


 失せかけていたホリーの表情が戻った。

 柔らかな笑みを浮かべて彼女は普通に座り直す。


「それでアルグちゃんとしてはこの国を亡ぼす気なのでしょう?」

「人聞きの悪い。軽く喧嘩する程度です」

「軽くて終わるの?」

「それは相手次第でしょう」

「確かにね」


 相手が次から次へと戦力を投入して来なければ僕らの戦いは長続きしない。

 あっという間に終わるだろう。


「ただ気を付けなさい」

「何が?」

「少なくとも相手は大国の女王でしょう?」


 そうだね。この神聖国はこの大陸でも有数な大国だね。


「何かしらの魔道具や魔法を隠している可能性があるわ」


 まあ確かにね。


「でもポーラを連れて行くし、大丈夫でしょう?」


 と言うか悪魔がポーラの体を乗っ取って参戦確定だ。


 あれは刻印の魔女と呼ばれる歴史に名を残す魔女だ。大半の魔道具や魔法を知る女だ。下手をすればこの国に残っている魔道具なんて制作者があれって可能性が高い。


「それよりも今回も決行するの?」

「何のこと?」


 またまた~。惚けた振りですか?


「帝国でやった火事場泥棒」

「……」


 ホリーの目がスッと細くなる。


「しても良いんだけど問題があるのよ」

「ほほう。どんな?」

「この国は秘密が多くてどんな魔道具が存在しているのか分からないのよ」


 おうち。それは想定外の問題でしたね。


「偉そうな人を捕まえて吐かせる?」

「やろうとしていることが本当に悪党よ」

「だって」


 新しい魔道具を与えると先生の機嫌が凄く良くなるのです。

 そうすればまたワンワンとか出来るかもでしょう? 犬になった先生とか従順で可愛いんだよ?


「国益に繋がるしね」

「本音は?」

「黙秘します」


 ホリーの目が怪しく光っているから本音は言えない。


「まあ良いわ。もし隙あればだけど、その時はこっちで対応するから」

「宜しくね」


 僕らは女王様たちと遊んでいて大忙しな可能性もあるしね。


「さてと」


 もう一度背伸びをしてホリーが無邪気に笑う。

 何か悪戯が成功したような感じでだ。何でだろう?


「アルグちゃん」

「はい?」

「交渉事は本当に気を付けなさい。1つの失敗が身を亡ぼすから」


 確かにね。でももうホリーとはしたから大丈夫だよね?


 何故か僕を見ながらホリーがクスクスと笑っている。


「交渉相手が1人だとどうして思ったのかしら?」

「……あっ!」


 そうだ。ホリーは今回常にあれと一緒に行動していたんだ!


「頑張ってね」

「待って! お姉ち、」


 ホリーの色が消えて一瞬ノイエに変わる。

 けれどその色は直ぐに変化した。綺麗な栗色だ。


「あはは。ふふ……」


 怪しい気配と視線を向けて来る相手は間違いなく猫だ。


「アルグ、スタ、様だ」


 ユラユラと迫る猫は……言葉が通じれば良いけどね。


「ファシー。明日はちょっと」

「にゃんっ!」



 猫を相手に交渉なんて無理でした。




~あとがき~


 発射したのが一回ならセーフよ。byホリー


 だからホリーとかマニカとかが出て来るとエロい意味でギリギリな展開になるから焦ります。

 で、最後に猫が…頑張れ主人公




© 2022 甲斐八雲

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