不老不死の一端を

 神聖国・迎賓館



 あれだけイジメたというのに意外とリグってば口が堅くて困る。

 断片的に拾えた単語を並べると……『刻印の魔女は大っ嫌い』で良いはずだ。


 あれ? これってばリグが最初から言っていたような?


 お風呂場でイジメすぎたリグを拭いてから抱えてベッドに運ぶ。

 寝室には前もって運んで貰った小さなベッドでポーラが寝ていた。

 これこれ妹よ。そんなお尻を丸出しにしてはしたない。


 リグをベッドに横たえてから確認すれば、どうやら包帯がきついせいか息苦しそうだ。緩めても良いのか?

 悩んだ時は医者に聞こう。


「リグ?」

「……」


 ウチのお医者さんはお寝坊さんでしたね。

 起きろリグ。仕事だよ仕事。


「……もう疲れた」

「患者です」

「今のボクも怪我人だから」

「何が?」

「君に貫かれた」


 それは言い過ぎです。と言うかリグが馬乗りして来たんやん。


「ほら起きるの」

「……はぁ~」


 心底面倒臭そうに息を吐いてリグは起き上がるとポーラの元へ。

 ひと通り診察と言うか観察をしてから、包帯に手を掛けて一気に締め上げた。


「締めて良いんだ」

「どっちでも良い」

「おひ」

「小さいのは煩い」


 何の話だ?


 ポーラの無乳を完全な無にして戻って来たリグは、ベッドの端に座ると僕に向かって両腕を広げて来る。


「はい?」

「気の利かない」

「冗談だって」


 ポーラを虐めた腹いせに軽く揶揄っただけです。


 正面から近づくとリグが抱き着いて来て……何か可愛いな。


「ねえ」

「ほい」

「……馬鹿」


 だからそれはあれです。リグも医者なのだから分かるでしょう?

 健全なる男子の肉体には性欲が宿っているのです。きっとあれです。ユニバンス王家に伝わる何かしらの呪いです。


「あれだけしたのに」

「普通でしょ?」

「……君は異常だよ」


 そんな馬鹿な?


 僕は普通のはずだ。そうか分かった。照れ隠しだな?


 もうリグったら本当に可愛いんだから。


「また後でしてあげるから」

「知らない」


 何故かリグが拗ねて僕から離れてベッドに転がる。


 ここのベッドも悪くない良いベッドだ。ベッドにこだわるノイエが『確認は大切』というこだわりを捨てて迷うことなく飛び込んだ逸品だ。


「ねえ」

「はい」


 僕に背を向けているリグが少しだけ頭を動かしこっちを見た。


「何処を見ている?」

「背中の奇麗な刺青?」

「……」


 睨むな睨むな。誉め言葉だから。


「君ぐらいだよ。これを褒めてくれるのは」

「うん。奇麗だよ」

「知らない」


 だから本当に綺麗なんだけど、リグはシーツを掴んでその体を隠してしまった。


 乱雑に好きな物を描いて並べたタトゥーとは違い、リグの刺青は規則性を持った一枚の芸術だ。

 日本のヤ○ザな稼業の人たちのあれとも違う。確かにあれも一枚絵で考えればそうなのかもしれないが、とにかくリグの刺青は奇麗なのです。


「リグはもっと胸と刺青に自信を持つべきです」

「胸は嫉妬される」


 あ~。そう言えば貴女と仲の良い先生は……仕方ないね。


「刺青は別に良い」

「良いの?」

「うん」


 ゆっくりと相手が寝がえりをうってこっちを見た。

 何処か恥ずかしそうに顔の下半分をシーツで隠している。


「君が褒めてくれるからそれで平気」

「……」


 今日のリグはいつもの三倍可愛いんですが!

 あの褐色の肌の下は、実は赤くカラーリングされているのか? やはり赤か? 赤なのか?


 このまま飛び掛かり第何ラウンド目か忘れた戦いを再開するべきか?


 色々と悩む僕に……リグがまた口を開いた。


「ねえ」

「はい」

「ボクは……何でもない」


 そこまで言ったのなら言って。気になるから。


「もう寝る」

「はい?」


 スルスルとリグから色が抜けてノイエに戻った。


 おおう……若干やる気に満ちた僕の何かは何処へ? このままノイエで発散しろと? そんな自殺行為できる訳ないだろう?


 一度始めたらノイエさんが飽きるまで貪られるんだからね。


 軽く息を吐いてベッドの端に腰を下ろす。

 このままゆっくり休んで明日の女王陛下との謁見を真面目に考えるかな。


 一応探り入れる。ただ相手が黒だったらもう仕方ない。暴れるだけ暴れて撤収だな。

 後は革命なり何なりが勝手に起きることを期待します。


「んふっ」


 あれ? 座る僕の背中に柔らかな双丘が。分かっています。ノイエだね。


 ヤバい。リグとの行為に気づかれたか? 変なスイッチが入ってしまったか?


「ノイエ。明日は女王様に会うから」

「ええ。だからたっぷりと濃厚な物を濃縮してあげる」

「……」


 ノイエじゃない。僕のお嫁さんはこんなことを絶対に言わない!


 駄目だ。絶対に振り返るな。振り返れば最後だ。色々な何かが終わる。


 視界の隅に青い髪の毛が見えるのは気のせいだ。僕の首にさわさわと長い髪がまとわりついている感じがするのも気のせいだ。全てが気のせいなのだ!


 相手の両手が僕の肩に置かれてゆっくりと後方へ引き倒される。

 コロンと転がる僕の後頭部を彼女の太ももが受け止めてくれた。


 絶景だ。絶景のはずだ。でも色が青いのです。


「アルグちゃん」


 ニコリと笑う相手の顔は間違いない。僕の愛しいお嫁さんのはずだ。


「お姉ちゃんも喜ばしてくれるわよね?」


 だからまず返事をっ! 襲い掛かって来るのは質問した意味が、あ……あぁ~!




 女王宮



「本当に待ち遠しいのう」


 浅く椅子に腰かけそれは妖艶に笑う。


 彼女こそが神聖国の象徴たる女王だ。


 全裸の上から薄い絹のような布を纏う存在に対し、周りの者たちは深く首を垂れている。

 如何に女王陛下に仕えているとしても彼女を直視するなど許されない行為だ。故に全員が首を垂れて互いをけん制し合う。

 裏切り行為は許されない。そのような愚かな行為を行えばこの場からの退出となる。


 ただ誰も知らない。


 この場から生きて出ることが許されるのは女王の姿を見ていない者に限る。

 彼女に仕えた者はその姿を見ていなくともだ。


 自分たちの行く末を知らぬままに女王に仕えし者たちは深く首を垂れて彼女の声を聴いていた。


 今宵の女王陛下は大変に機嫌が良い。今にも鼻歌を歌い出しそうなほどにだ。

 だからこそ……彼女は立ち上がりゆっくりと歩いて部屋を出た。バルコニーまで足を進め、空に浮かぶ月に目を向ける。


《あぁ……待ち遠しい。本当に待ち遠しい》


 まさか口伝として女王に伝わるこの日が来ようとは思いもしなかった。


《永遠の命を持つと言われる刻印の魔女。永遠の命は嘘だとしても、刻印の魔女が訪れないにしても……その関係者であれば知っているはず。知っているはずだ》


 月に向かい手を伸ばし、女王はその明かりに蕩けるような笑みを見せる。


《永遠の美を。永久の美を》


 それは誰もが望むことかもしれない。

 少なくとも女王は望んでいた。


《不老不死の一端を……どうかこのわたくしに》




~あとがき~


 リグが退場し代わりに出て来たのは…頑張れ主人公。


 そしてようやく女王様の登場です。


 登場ですが…望んでいるのはそれなの? 何か話が違うような?




© 2022 甲斐八雲

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