私のアルグちゃんは今どこに?

「お~」


 食い入るようにノイエの目を介し外の様子を見ているのはレニーラだ。

 自分のそれを見られるのは決して嫌いでは無いが出来れば遠慮したい。でも他人のそれは別だ。色々と学ぶべきものがある。


 若干興奮しつつ前のめりになりながらもレニーラは足元のそれに対しての注意を怠らない。

 彼女の足元にはひき逃げされたカエルのように五体を伸ばして伏せている魔女が居る。

 ちょっと色々とあって精神的に大ダメージを受けたのだ。


 そんな2人の様子を見つめられない存在が居る。歌姫セシリーンだ。


 自分の膨らんだお腹を愛おしそうに撫でている様子はまるで母親だ。

 と言うか母親だ。事実彼女の本来のお腹には生命が宿っているのだから。


「で、私はいつまで魔女を踏んでいれば良いんだろうね?」


 外の様子を眺めながらレニーラは不満を口にするが誰も返事を寄こさない。

 命じて外に出て行ったリグは、怒りのままに彼に甘え……そのままの流れで大変仲の良い状況になっている。性格からして上に乗るような子では無いと思っていたが、何だかんだでリグも大人の女性なのだろう。大胆だ。


 うんうんと頷いてレニーラは視線を足元へ向けた。


「アイルローゼ……生きてる?」


 返事はない。ただシクシクと泣いているのだけは分かる。


『煩いから踏んづけておいて』と命じられ踏んづけているレニーラだが体重は掛けていない。その背に足の裏を触れさせている程度だ。

 ただその昔、大陸中に名を馳せた魔女を踏みつけると言う行為には興奮を覚える。

 何とも言えない征服感がたまらない。


「もう良いかな?」


 きっとリグも自分の暴言など忘れているだろう。

 調子に乗って彼を上から攻めたのが悪い。あれは意外と意地悪だからあっという間に立場が逆転している。


 よくもまあ聞いている方が恥ずかしくなるような言葉をあんなにも並べられる物だ。

 自分だったら褒められることが嬉しくてもっと頑張るのだが、リグは違う。恥ずかしさが増して動きが小さくなってあっという間に彼にされるがままだ。まだまだである。


《そう考えるとファシーって本当に化け物だね~》


 あの小柄な体格で彼を完璧に制圧し圧勝するのだから。


「ほ~ら。アイルローゼ? 頑張って起き上がってみようか?」

「……ぐすっ」


 余程言われた言葉がショックだったのか、魔女の涙が止まっていない。

 仕方なく正面から抱え込みレニーラは相手を壁際にまで運んで座らせてやる。


 また確かに小さいけど悪くは無いはずだ。


 魔女の服を少しだけ開けさせて確認する。

 うん小さい。でも形は……小さいから判定に悩む。悪くは無いと思いたい。


「ほらアイルローゼ。奇麗だから大丈夫だよ」

「……形より大きさが欲しい」

「ダメか」


 自力で座れないほど力を失っている魔女は、ズルズルと壁を滑り床に伏した。


「あ~。何かほら、リグも機嫌が悪そうだったし」

「……」

「きっと本音がポロッと」


 ブワっと床の染みが広がった。源流は魔女だ。何が起きた?

 レニーラは少し考えてみた。うん。失言失言。


「大丈夫! 旦那君は胸の大きさなんかで」


『上下に凄く揺れてる~』


「この馬鹿がっ!」


 外からの声に怒鳴り返しレニーラは魔女を見た。

 もうダメだ。完全に死に体だ。


「あ~。でも仕方ないよ。うん。だってアイルローゼの胸は小さいしね」


 もうあれだ。慰めなど放棄だ。


 開き直ったレニーラは踏ん反り返って自分の大きな胸を張る。


「いつもいつも胸の話に気を使うのって疲れるんだよね。何で私たちが小さい人たちのことを気を掛けないといけないのよ? ふざけるなって話よ」


 言ってたら色々と不満が止まらなくなって来た。


「こっちだっていつもいつも重たいモノを抱えて生きてるんだって。魔眼の中だから気にならないけど、外に出たら胸の重さがズシッと来て肩こりとか出るんだからね。大変なんだからね」


 少なくとも小さい人たちにその辺の症状は無いはずだ。なんて羨ましい。


「たかがリグに『煩い! 小さいの!』とか事実を言われたぐらいで泣く方が変なのよ。事実なんだから諦めろって話よね」


 重ねてレニーラはうんうんと頷く。

 言いたいことを告げてスッキリした。本当にスッキリした。


「ねえ? レニーラ」

「ほい」


 不意に歌姫に呼ばれレニーラはクルっとその場で回転する。

 一周半ほど回って正面から相手を見れば、彼女は慈しむような表情で自分のお腹を撫でていた。


「たぶんアイルは胸のことを言われて泣いてるんじゃないと思うわ」

「そうなの?」

「ええ」


 顔を上げ穏やかな笑みを浮かべるセシリーンは、舞姫に自身の顔を向けた。


「リグに怒鳴られたことがショックだったのよ」

「そっか~」

「だから」


『うん気づいている』という言葉を飲み込み、慌ててレニーラは爪先で相手の頭部を踏みつけた。


 あっ無理だ。相手の勢いの方が強い。


 一瞬で判断しレニーラは飛びのいて間合いを取る。


 ふら~っと立ち上がった魔女の表情は大変に恐ろしい物だった。


「誰の何が、ですって?」

「……」


 言い訳は通じない。間違いなく通じない。


「煩い! 小さいの!」

「殺す!」


 はっきりと暴言を吐いてレニーラは全力で、


「あと入り口にも居るから」

「ほへ?」


 歌姫の声にレニーラはそれを知る。と言うか回避不能な距離だった。


 背後から飛びつかれ首に相手の腕が回る。

 間違いなく抱き着かれている格好だが重さはそれほど、


「にゃあ」

「体重以上に重い声が~!」


 間違いなく自分の背中に抱き着いているのは『猫』だ。猫なのだ。

 魔眼の中に居る猫は大変狂暴な一匹のみなのだ。


「みぎゃ~! 苦しいから! ファシー!」

「にゃあ」

「食い込んでる! その怒りに任せた両手が私の胸を鷲掴みにして食い込んでるから!」

「にゃあ」

「ふ~。握り潰されるかと……ちょっとファシー? どうして私の首を舐めているの? その『この辺なら大丈夫かな? 美味しく噛めるかな?』って感じの舌使いがっ! いたぁ~! ガブッとぉ~!」


 猫を背負いレニーラは相手に首を噛まれたままで、中枢から飛び出して行く。

 遅れてやって来たホリーは、まず視線を外の様子に向けてため息を吐き……それから魔眼の中枢を見渡した。


「何か楽しい話でも聞けるのかしら?」

「無いわね」

「そう。ん?」


 歌姫の返事に軽く視線を向けて流したホリーは慌てて二度見した。

 しばらく見ない間にセシリーンのお腹が、


「ずいぶんと肥えたわね?」

「違うから」


 流石の歌姫であってもホリーの暴言を笑って受け流せない。

 見えない目を相手に向けて軽く睨んだ。


 ただホリーとて本気で言ったわけでは無いので軽く肩を竦ませ……ため息を吐く。


「マニカが見つからないんだけど知らない?」


 確実に捜査範囲を縮めて捜索したはずなのに全く見つからない。

 流石のホリーもお手上げとなってこの中枢に戻って来たのだ。


 バトンを受けたセシリーンは軽く耳を澄ませて音を探る。

 一番煩いのはレニーラだ。完全に猫に首を噛まれて……あのままだと窒息死しかねないが、あの猫なら自分と違い綺麗に殺すだろうから復活は早いはずだ。


「無理ね。ほとんど音がしない」

「となると一番厄介ね」


 たぶんあの暗殺者は姿を隠し身動き一つしていないのだろう。

 最近まで石像を思わせるほど身動き一つしていなかった人物だ。本気でやられると音など聞こえてこない。


 確実に分かったのはレニーラが床を叩いて……あっ死んだ。それぐらいだ。


「それで歌姫」

「何かしら?」


 ホリーは魔眼の中枢……その中央に座って居るリグの背中を軽く蹴りながら口を開いた。


「私のアルグちゃんは今どこに?」




~あとがき~


 前方のアイルローゼ。後方の猫。レニーラは一瞬でその命を手放すことにw


 マニカの捜索が上手くいかず情報収集のためにホリーと猫は中枢に戻ってきました。

 そしてまずホリーが気にするのは主人公の居場所です。妹の居場所は聞く必要がありません。

 だってノイエが彼から離れる訳がないとホリーは信じていますから




© 2022 甲斐八雲

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