太ってるね~
「うぅ……」
見えない
「そうそう。その塊をそのまま。うぷっ」
「止めてよアイル」
「ならもう少し丁寧に手を動かして」
「でも」
仕方ない。見えないのだから。
指の感覚だけで相手の脳しょうを耳の奥に押し込むしかない。
生々しい感触が指に纏わりついて何かが胸の奥から込み上がって来る。
唾を飲み込み我慢をし、歌姫は若干背中を後ろに倒した感じで手を伸ばしそれに触れていた。
「そう。その……何かしらの何かを掴んで。うぷっ。それを押し込んで。えぐっ」
「吐くなら向こうでお願いね」
「もう何も出そうにないわよ」
二の腕部分で口元を拭い術式の魔女……アイルローゼはそれを確認する。
死体と化したパーパシの耳から溢れていた内容物は全て中に戻したはずだ。
後は彼女の服を切って栓を作って塞いでおけばいい。これで少しは早く治るはずだ。
「後はスカートを裂いて栓を作るだけよ」
「はい」
手探りで相手のスカートを掴み歌姫は力を込めてスカートを割く。
相手が着ているのは貫頭衣のように見えるワンピースだ。ただし随分と長いこと着ている物でもあったせいか、思いの外ビリビリと音を立てて裂けてしまった。
「そこまでしなくても」
「見えないから加減が出来ないのよ」
泣き出しそうな感じで歌姫は相手のスカートをまた裂く。
何度かそれを繰り返し手頃の大きな耳栓が二つほど出来た時にセシリーンはそれに気づいた。
とても軽い足音。そんな歩き方をするのは1人しか居ない。
「ただいま~」
飛び込んできたのは舞姫だ。一か所に留まることの出来ない自由人だ。
「って、あれ?」
魔眼の中枢に到着したレニーラはそれを見た。
歌姫と魔女が殺したのであろうパーパシの服を裂いて、
「パーパシが辱められている~!」
「変なことを言わないでよ」
疲れ果てた様子で魔女は、1人騒ぐ相手にそう告げた。
「う~」
押し付けられた仕事を完遂し、レニーラは血肉で汚れた両手をパーパシの服で完璧に拭った。
何でもちょっとした事故でパーパシが死んでしまい、その蘇生を速くするために飛び出した内容物を全て頭蓋の中に押し込んでいたらしい。後は耳栓をというところで自分が来てしまったのだ。
これだったらもう少し魔眼の中を探索していれば良かった。
「それで舞姫」
「ほい?」
「マニカは?」
「見つからなかったよ~」
一応魔眼の中を見て回っていた理由もある。暗殺者のマニカの捜索だ。
けれどあの暗殺者はどこかに隠れてしまっているのか発見できなかった。
「それで私たち以外に五体満足な人間は……何よ?」
魔女の半眼にレニーラは正直に指を向けた。
相手の腕はまだ半ば程度しか回復していないのだ。
「遅くない?」
「知らないわよ」
アイルローゼ自身も同じ不満を抱えているが、ここでの治癒速度などはっきりと判明していない。
何かしらの気まぐれで速度が変わっているのかもしれないと思うほどにバラバラだ。
「それで私以外に動け回れそうな人は?」
「ほとんど居なかったよ~。まあ深部の奥まで捜索していないから全員を確認したわけじゃないけど」
「そうね。……ほとんど?」
「うん。カミーラはいつも通り寝てた」
「そう」
せめてもの救いとも言える。あの最強が残っているのならまだこちらから援軍は出せる。
「ホリーと猫は?」
「まだマニカを探してたよ」
「無事なのね?」
「無事は無事だけどね」
ただマニカの捜索が上手くいかずにいら立ち暴れてはいた。
あの2人が揃って暴れているのを見かけレニーラはそれ以上の捜索を諦めて戻って来たのだ。
「それ以外は?」
「ん~。お姫様が籠っている感じだったよ」
「確認は?」
「え~」
本当に嫌そうな顔をしてレニーラは腕を伸ばし両手を振った。
「魔法の研究しているお姫様に話し掛けると機嫌悪くなるんだもん。それに私ってば旦那君と仲が良いから良く噛みついて来るしね」
「……そうね」
従弟との仲が悪いグローディア姫は何かあれば直ぐに機嫌を悪くする。
最近は魔法の研究が上手く進んでいないのかもしれない。
ただあれの研究は研究と呼んで良いのか悩まされる。思い切りの良いあの魔法構築は頭の中のネジが数本飛んでいるのかと疑いたくなる。代わりに普通では想像できない画期的なモノが出来上がる。
天才と狂気が共存している思考の持ち主だからできる発想だ。付き合えきれないが。
アイルローゼはため息を吐いてだらしなく両足を伸ばした。
「何か最近みんなが自由すぎるんだけど?」
「それはあれだね~。怖かった支配者が居なくなったからね~」
「あら? 恐怖政治をお望みで?」
「ん~。ワンワン姿を晒した魔女に何を言われても~」
「……殺してくれようか?」
恐怖政治再びとなり、おどろおどろしい気配を発して床を這いつくばって移動し始める魔女に舞姫はお尻を振って挑発する。
確かにここに恐怖は無くなってしまった。
時折指先に残る嫌な感触に手を振りながら、2人の様子に耳を傾けていたセシリーンは柔らかく笑う。
アイルローゼはこの様子だし、グローディアは魔法研究の日々だ。確かに平和になった。
代わりにこの場を支配できる人物など……何人か候補は居るが誰もが欠点を抱えている。
最有力はカミーラだがあれは支配も統治もしない強者だ。
ただ自分がどれほど強くなれるのかを望む修行者だ。
ホリーも確かに狂気を孕んでいるが彼女は支配などしない。
頭が良い分、支配することが面倒だと理解しているのだ。
ファシーは……猫だ。気まぐれだ。何を考えているのか謎だ。
仮にこの場を支配したとしても、顎下をくすぐってやればすんなりその地位を捨てる。
《本当に誰も居ないのね》
昔なら鉄拳を振り回して暴れ続ける厄介者が居た。
ただ彼女は支配者では無かった。妹を愛しすぎるが余り、気に入らない者を殴り飛ばして……立派暴君だ。
《カミューがここに居たら……あら?》
不意に嫌な感覚に襲われセシリーンは自分の口を押えた。
むかむかとした感覚は止まらず、慌てて体を反らして込み上がって来たものを吐き出す。
基本は胃液だ。ここで食事など誰も摂らないし、何より食べ物が無い。決してゼロでは無いが食べたとしてもそれは元に戻ってしまう。
「セシリーン?」
足を掴もうとしてアイルローゼが伸ばしてくる無駄な腕を回避もしないでステップを刻んでいたレニーラは、突然吐き出したセシリーンの様子に魔女の背中を踏んで相手に駆け寄った。
「大丈夫? 何か変なモノでも食べた? 魔女の腕?」
「そんなもの……うぷっ」
吐き気は続くが吐く物が無くなったのか、もう胃液は出て来ない。
弱々しく呼吸する歌姫を抱えたレニーラはそれに気づいた。
ポッコリだ。ポッコリしていた。ポッコリなのだ。
「歌姫」
「なに?」
まだ吐き気に顔色を悪くしているセシリーンの手をレニーラは掴み、そしてそれを触らせる。
ポッコリだ。ポッコリだった。ポッコリしていた。
「なにこれ?」
自分の腹部を触り確認するセシリーンは、慌ててレニーラの頭を掴み自分の額を相手のものにくっ付けた。半ば頭突きする格好になったし、ガツッと鈍い痛みに涙がこぼれそうになったが……セシリーンはレニーラの脳裏に映るそれを見た。
パーパシとの痴態だった。
軽く殺意を覚えつつもう一度探る。
あった。
「大きくなってる?」
「太ってるね~」
「言い方」
相手の言葉に不満げな声を上げ、セシリーンはそっと両手で自分のお腹に触れた。
間違いなく大きくなっている。でもどうして?
「あ~! イライラするっ!」
と、突然その声が響いた。
不意に湧いた気配は、何故かブラを肩に引っ掛け胸を晒して怒り狂っているリグだった。
~あとがき~
色々とあってレニーラとリグが戻ってきました。
そしてセシリーンのお腹がポッコリです。その理由は…まあそんな感じです。
魔眼の話が意外と膨らむんで…そろそろ主人公たちに視線を向け直そう。
あっちはあっちでカオスになりそうな?
© 2022 甲斐八雲
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