医者の貴女がそれを言うの?
「……」
何かがおかしい。
ひと1人が入れるほどの巨大なフラスコの中身を眺めリグは軽く首を捻る。
確かに最近色々と面倒臭くて……寝るのに忙しくてこっちに足を運んでいなかった。
だからって何かがおかしい。理由は分かっている。おかしい理由は分かっている。
「どうかしたの?」
背後から声をかけられ手が伸びて来た。
もう慣れた。どうしてこう人は胸を揉みたがるのだろうか?
「本当に凄いわね。手の中で弾むわ」
「ねえ魔女」
「少しは動じなさいよ」
背後から胸を掴んで遊んでいるのは魔女だ。
刻印の魔女。伝説の中に名を残す三人の魔女の1人だ。
「どうしてセシリーンのお腹が肥えているの?」
「分かってて言ってるでしょう?」
「うん」
素直に頷いた。
だって知っていても何となく腹立たしいからだ。
「そりゃ~この歌姫は妊娠しているんだもの。お腹だって膨れるでしょう?」
「でも?」
「はいはい。犯人は私ですよ~」
胸から手を放し歩き出した相手に目を向ける。
クルクルと手に持つモノを回しながら刻印の魔女は何処か機嫌良さげに足取りが軽い。
「まあ研究対象が目の前にあったから好奇心でね。魔女の性よ。こればかりは貴女の大好きな術式の魔女と同じ」
「アイルは違う」
「そうかしら?」
「うん」
頷きリグはフラスコに目を向けた。
「アイルだったらこの中から歌姫を引きずり出して全身舐め回すように確認する」
「……流石の私でも軽く引くわ~」
「でもそれがアイル。まだお腹を引き裂かないで中身を確認しようとしないだけマシ」
「マシなの?」
「うん。ホリー辺りならお腹を引き裂くかもしれない」
「あはは。あの殺人鬼はそこまで人の屑じゃないわよ」
歩くのを止めて振り返った魔女は、手にしているモノをヌンチャクのように振り回し、最後は両腕を伸ばした状態で『ハ』の字に構えて息を吐いた。
「それにしても大きいわよね」
「知ってる」
奪われた自分のブラを見ながらリグは全く動じない。
「少しは反応してくれないとお姉さん的にはつまらないんだけど?」
「もう諦めてるから良い。みんなしてボクの胸を玩具にするし」
「確かに」
それは認めるしかない。あれだけ立派なモノが目の前にあれば玩具にもしたくなる。
「まあ一番玩具にしているのは外の彼だけどね」
「……」
「こうしてこうしてこうだったかしら?」
「煩いっ!」
何かを挟むような動作をする魔女にリグは全身を赤くして怒鳴る。
『確かにした。しました。望まれるままにやりました』と心の中でも叫んでいた。
「それにこうしてこうだったかしら?」
「煩いからっ!」
何かを舐めるような動作を見せる魔女にリグの赤みがますます増した。
「それより歌姫」
「え~」
「煩いっ!」
このまま会話を続けていると自分の秘密が全て暴露されそうでリグは話を変えることにした。
何よりあれはノイエにも見えないようにシーツで全てを隠して行ったはずだ。何故知っている?
「セシリーンにどんな実験を?」
「実験は人聞きが悪いけど……人体実験と言われて否定はできないわね」
またリグのブラをクルクルと回しながら魔女の視線はフラスコに向けられる。
特殊な液体の中に居る全裸の歌姫は眠ったような状態でフラスコの中で浮かんでいた。
「完全に覚醒してしまうとこの中の歌姫は“目覚めてしまう”から、一部分だけでも目覚めさせて……そう考えて行った実験よ」
「一部分?」
「そっ」
手に持つブラをリグに投げ渡し、魔女はフラスコの傍に歩み寄る。
「丁度ここには2人の存在が居るのよ? だったら本体を眠らせたままで、ね?」
「……お腹の中の胎児を目覚めさせた?」
「ん~。ぶっちゃけかなり危ない勝負だったけどね」
苦笑し魔女は言葉を続ける。
「目覚めた胎児が無事に育つ保証もないし、何より母体が眠った状態で無事に栄養が行き届く保証もなかった」
「つまり?」
「死ぬ可能性が非常に高い勝負だったわ。何か?」
飛んで来たブラをサイドステップで回避し、魔女は投擲姿勢のままで怒りに満ちた視線を向けている医者を正面から見据えた。
「あら? 怒るの?」
「当り前だ」
「でもこれで1つ可能性が広がったわよ?」
「かもしれない。でも」
「ええ。これが最初で最後の成功例と言う可能性は確かにあるわね」
素直に認め魔女は床に落ちているブラを拾い上げる。
「他の人で実行したら失敗する可能性は勿論ある。でも実験ってしてみなければ結果を得られないのよ。だから私は実験をした」
「それが歌姫の子供を失う結果になるとしても?」
「ええ」
またリグのブラをクルクルと回し魔女は口元に笑みを浮かべる。
「別にこれがダメだったらまた仕込めば良いだけでしょう? 妊娠することは実証されているのだから。まあそれも最初で最後の可能性もあるから……あの術式の魔女が妊娠しなかったのは本当に痛いわよね。データが取れなかったから」
「刻印の魔女っ!」
「何かしら?」
激怒するリグに魔女は逃げない。正面から相手を見据える。
「どうしてそんなに命を軽んじる?」
「あら? 医者の貴女がそれを言うの?」
クスクスと魔女は笑う。
「貴女だって命の選別はするでしょう?」
「でもそれは緊急時だ」
「そうね。でも選別される人の気持ちは考えたことはある? 自分が『助かる見込み無し』と選別された人に貴女は何て言うの? ごめんなさい? それとも運が悪かった? どちらの言葉もその人は聞きたくないはずよ」
「……」
「貴女が医者であるのなら患者が聞きたい言葉は『必ず助ける』よ。でも貴女は選別をする。当たりまえよね? 数多くの怪我人が居ればどうしても優先順位が生じる。それは当然よ」
魔女は囀る。
何も反論できず唇を噛む医者に対して。
「だから私にも優先順位があるのよ」
「……どうして?」
「知っているでしょう? 私の敵は始祖の魔女。だからあれを殺せる人材を確保することが最優先される。そして今回もし失敗した場合も想定する必要がある」
「だから?」
「ええそうよ」
立ち止まり魔女は笑う。クスクスと楽しげに笑う。
「歌姫の能力は優れてはいる。けれど戦うことには不向きよ。だから私の中での優先順位は低い」
「だから実験材料にするの?」
「ええ。経済的でしょう?」
「……」
医者とは思えないほど殺意を向けてくる相手に魔女は増々笑う。
「貴女も決して高い順位では無いわ。ただ怪我を治せるから最後まで処分する予定はないけど」
「最後まで?」
「ええ。そうよ」
両腕を広げ魔女は高らかに謳う。
「まさかこれだけの人間を私が最後まで面倒見ると思っているの? 違うわよ。今は選別の時間。貴女たち医者が好きな選別の時間よ。だから終われば処分する。戦えない者を生かしていても仕方ないでしょう? 数を減らして始祖とぶつける人材だけを残すの」
「……ふざけるな」
「ふざけてないわ。私ってばいつも“真面目”よ」
「何が真面目だっ!」
激怒して走り出そうとしたリグは動けなかった。
自分では反応できない速度で相手が間合いを詰め、その手が首を掴んでいたのだ。まるで握りしめればあっさり殺せると言いたげにだ。
「馬鹿なの? どうして三大魔女と呼ばれる私が貴女たち如きに奉仕をすると思うのかしら?」
「……」
フードで顔を隠している魔女だがその口元は見える。
ニタリと嫌な笑みを浮かべる口元にリグは嫌悪を覚えた。
「貴女たちなんて所詮私から見ればただの実験動物よ。今までそうしてきたように、私が必要だから今は生かしてあげているだけの実験動物なのよ」
「ふざける、な」
「ふざけてないわよ。ただの事実だもの」
相手の喉から手を放し魔女はその背を向ける。
「私が憎く思えるなら足掻きなさい。もっともっと足掻いて私の思惑の外の領域から私を攻撃してみれば良い」
肩越しに視線を向けて来る魔女は、その唇に自分の指を当てるとキスを投げて来た。
「その時はご褒美をあげるわ」
「要らない」
「あら残念」
クスクスと笑いながら立ち去った存在に向け、リグは床を蹴り上げた。
「ん~」
「ぐにに」
弟子にコブラツイストを決めながら刻印の魔女は思案する。
ちょっとやりすぎたかな?
ただあのサボり魔は少し焚きつけたぐらいじゃ直ぐにサボるし……匙加減が本当に難しい。
「貴女ぐらいに扱いが簡単なら私も楽なんだけど」
「ぐにに~!」
技から抜け出せず必死に歯を食いしばっている弟子ほど扱いが楽なら。
《悪役自体、演じるのは好きだから良いんだけどね》
それで何かが変化するならいくらでも道化を演じる。
必要なのはあくまで結果だ。
始祖を倒すと言う確実な成果だ。
~あとがき~
サボりまくっていたリグは歌姫の本体の異変を知る。
そして魔女企みも知り…激怒する。
ただ刻印さんって基本嘘つきですから。
真面目に付き合うと疲れるだけなんですけどね
© 2022 甲斐八雲
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます