アホ毛で耳を塞ぐな

 神聖国・迎賓館



 こんな場所があったらしい。と言うか普通あるよね。

 ウチの国にだって存在しているし、大使館があろうとも普通一回はそこに案内してパーティーのような物を催すわけだ。

 ただウチの場合は『前王が車椅子。前王妃は人前に出れない。現国王は多忙の極致。現王妃は人前に出せない』などの問題があって王弟様の出番となる。


『あの脳筋がお客様とか迎えられるの?』と疑問にも思っていたが、元から戦場に出ていたあれは基本下品だ。そして権力者の大半が下品だ。僕の目線ではそうだ。

 つまり会話が合うらしい。


 どんな会話が繰り広げられているのか一度覗きに行きたいものなのだが、僕の参加は許されていない。『ホワイ? 何故?』とお兄様に直接話を聞きに行ったら、『これ以上我が国の王家の評判を下げないでくれ……』と頭を抱えられて説得された。


 あの馬鹿兄貴が全て悪いのだろう。


 あることないことをとあるメイドさんに伝えたら、その日のうちにマジで殴りこんで来たっけ。『脇が甘いのが悪いのだよ』と伝えノイエ召喚の荒業まで使って迎え撃ったがな。

 僕を見なさい。浮いた噂なんて1つも出ないぞ? 全部屋敷の中で完結していますからね! どうよ完璧じゃない?


 走馬灯のようにそんなことを考えていたらお迎えの挨拶が終わっていた。

 ノイエのアホ毛が空腹で食べ物を求め動き出しているからそろそろ解放して欲しい。




 僕らは路地裏から大通りに出てそこから猛スピードでやって来た馬車に乗った。

 向かった先がこの迎賓館だ。国賓だ。当たり前だ。


 ババアとの会話を遮りやって来たあの大声の中年さんは外務担当の副大臣的な人でした。

 最近のペガサス騎士の一件などなどもしかしたら僕らが関わっているのかもしれないと、帰宅もしないでずっと職場に張り付いていたらしい。

 するとあのババアの部下が騒いでいると知り、調べたら僕らの話に繋がったらしい。

 急いで仲間や部下に声をかけて跳んで来たとか。ご苦労様です。


 彼は『現在外交面に関してこの国では色々とありまして……』と馬車の中で汗を拭き拭きしながら大変言いにくそうにしていた。

 そんな時は笑顔でフレンドリーに『大丈夫です。ここだけの話ってことで』と相手に向かい囁けば良い。意外とポロっと国家機密が溢れ出す。


 どうやら現在神聖国の都では大きく分けて二つの方針がせめぎ合っているらしい。

 主要な大臣たちの主流派は『我が国の奇襲は成功しユニバンスと言う国を攻めている』とか抜かしているとか。


 いいえ。攻めはしましたが返り討ちに遭いましたよ? 証拠はないけどこの目で見てこの耳で聞いてきました。


 副大臣とか反主流派な人たちは『何の連絡も無いのはおかしい。流石におかしい』と言って必死に情報収集をしながら返り討ちに遭った状況を想定しているらしい。


 それ正解。


 そんな最中で僕が直接この国の都に姿を現したのは色々と問題らしい。

 下手をしたら主流派の人たちが暗殺者を差し向けようとするかもしれないとか。


 暗殺者は問題無い。ちょいちょい狙われているので最近気にもしなくなって来た。でもイラっとするから帰国したらコロネに何かしらの罰を与えよう。他意はない。あの小娘がサボっているような気がしただけだ。

 猫耳を付けて語尾は『にゃん』の刑で良いかな?


 と言うかその話だと女王陛下に会う時に僕らを殺そうとしませんかね?


 その問いの返事は簡単だった。

 女王陛下が住んでいる宮には武器の持ち込みが不可らしい。


 魔法や魔道具は?


 そっちは宮に備え付けられている魔道具によって使用不可だと言う。


 完璧なのか? 格闘技に長けている者が入り込めば暗殺し放題じゃないの?


 僕のツッコミに副大臣さんの説明は止まらない。そこは女王陛下の近衛兵が対応するらしい。歴代のヨコヅナたちを含む猛者たちが僕らを護衛してくれるとか。


 と言うかその女王陛下が僕らの暗殺を命じたら?


 流石に声には出さなかったけど相手がこちらの気配を察して説明してくれる。

 何度も現女王様は大変にお優しい方で虫すら殺せないとか。慈悲と慈愛に満ちた御仁だと言う。


『ふ~ん』と鼻で返事してしまったのは流石に失礼だったかもしれない。

 でも僕はこの国が行っている子供奴隷の存在を知っている。それを女王が知らなくて慈悲とか慈愛とか言われているのなら、はっきり言って信用なんてできない。


 僕としてはこっちの身をどう守るのかを本格的に考える必要があると思います。


 話をしている間に僕らは迎賓館へと案内された訳だ。




 まず到着してビックリしたのが迎賓館の品の良さだ。

 派手過ぎず質素過ぎず、広すぎず狭すぎず、何もかも完璧だ。


 それから一応簡易的な式典が執り行われて挨拶をした。

『あっどうも。ユニバンス王国の王族が1人、アルグスタです』とこっちも簡易的な挨拶で済ませる。


 ぶっちゃけ疲れているんだよ。それぐらいの無礼は許して欲しい。


 残りは夜が明けてからということで本日宿泊する部屋にご案内という運びになった。

 物珍しそうに調度品などを見渡す僕らを案内してくれるのは老紳士だ。背筋がピンと真っ直ぐなご老人だ。何となくセバスチャンと言いたくなる感じの紳士である。


 迎賓館で働いているのは全員が男性と云うことではなく、目立つポジションに男性が配されているらしい。

 つまりきつかったり汚れたりな仕事は女性が行う。久しぶりに露骨な男尊女卑を見た気がする。


 老紳士の案内で客室にたどり着くと、そこには質素に見えるが上質な服を着た女性が居た。

 若くて美人だ。オリエンタルな感じのする中東系の美人だ。

『この人は何?』と老紳士に視線を向ければ、彼は『怪我人が居られると言うことで』と説明してくれた。


 マッチョに見飽きてて冗談で確かにそんなことを言った気がしたがそれを叶えるとか凄いな。


 彼女はポーラを……ノイエが放さないのでそのまま診察と治療が始まった。

 まず事前に塗った軟膏を全て洗い直し新しく薬を塗って包帯を巻く。


 ポーラの貧乳が無乳に!


 そんなことを思っていたら一瞬だけポーラの瞼が開いて僕を睨んでまた閉じた。

 流石義理でもノイエの妹だ。勘が良い。


 ポーラの治療中、スッと老紳士が寄って来て『夜伽の相手は?』と質問された。

『おいおいウチのあれに負けない美人が居るのかい?』とも言えず普通に『結構です』と返事をしちゃうチキンな僕です。だってノイエの視線を感じたんだもん。


 確かにちょっとだけ興味を持ったよ?


 こんな場所で相手をして頂ける女性がどんなに美人か、どんなスタイルの持ち主かって。


 でも僕にはノイエが居ますから! 泣いてないから! 心の奥底でも泣いてないから!


 後は普通に食事が運ばれノイエが迷うことなく食べるからたぶん大丈夫だ。


 大飯ぐらいのノイエだがおかしなものは口にしない。簡単に言えば毒物とか人肉とか絶対に口にしない。

 ノイエが食べられる物は僕らも安全に食べられる。


 ガツガツと食べているノイエの様子を観察しつつ、自分の分を食べたら後は……ポーラかな?


「食べられる?」


 食事をしているテーブルの傍に運んで貰ったソファーで横になっているポーラに声をかける。

 薄目を開いた妹様は甘えように口をあ~んと開いた。


 病気の時とか怪我している時とかこんな風に甘えたくなるよね。


 僕はスープの皿を手に彼女に近づいてスプーンで掬って口に運んだら、ノイエがパクンと頬張った。


 これこれ姉よ?


 スプーンを引き抜きポーラを見れば、妹様の口には豚足が。


「今食べているから」

「……」


 食べていると言うか豚足で口を塞いでいるの間違いでは?


「あ~ん」

「……」


 お嫁さんの圧に負けて僕はスープを掬って彼女の口に運ぶ。


 ゴメンねポーラ。その豚足を食べ終えたらリベンジするよ。




 頑張って豚足を食したポーラに再びリベンジしたが、今度はスペアリブを突き刺し……ノイエさん。貴女はこの子のお姉ちゃんじゃないの?


 こっちを見ろ。アホ毛で耳を塞ぐな。




~あとがき~


 この手の回って自然と説明調になるんだよね。

 ボケとツッコミが成立しないからそっちの方が楽とも言うw


 神聖国に迎賓館とかあるんだ…と作者自身もビックリです。

 でも普通あるよね? 別にこの国は鎖国をしているわけでは無いので。極力外国との関係を最小限にしているだけと、国内の部族の族長を呼んだ時とかに使用されたりしています。


 まあ基本パーティー会場として使われるだけなんですけど




© 2022 甲斐八雲

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