あれの血族と言うなら殺す

「お~い。弟子よ? ちょっとこっちを見ようか? 見てみようか?」

「……」


 相手に請われて仕方なく付き合っていたトレーニングだが無視されれば面白くはない。だからこそフードで素顔を隠したローブ姿の人物は、小柄な弟子の傍でヒラヒラと自分の顔を隠しているフードを揺らす。


「今ならなんと驚き! 師匠様の素顔を初披露しちゃうよ? しちゃうんだからね?」

「……」


 出血大サービスだ。自分の素顔を見れる栄誉を……ガン無視された。


 これはこれで結構胸の奥に来る。ツンと来る。ちょびっと涙が込み上がって来た。だって女の子だもん。


「ちょっとそこの弟子? さっきからシャドーで……ああ。あのババアをどう殺すかを考えているのね? うんうん努力は大切だね。うんうん」


 無言のままで相手をどう殺そうかを模索している弟子から、それは視線を外した。

 完全に目が座り、その表情からは『る』という気配しか感じない。


 何をどうすればただの人間がここまでの気配を発するのだろうか?


 やはり何かが色々と狂っている気がする。


 あのユニバンスと言う国の土壌か? 土壌が悪いのか?


『あっドジョウが食べたいな』などとそれ……刻印の魔女は一瞬現実逃避した。

 しかしすぐに戻って来る。


《何で私の周りってこう精神を病んでいるような人しかいないのかしら?》


 自分のことなど棚に上げ、魔女はまたため息を吐くと椅子を呼び出しそれに腰かけた。


 前回の一撃を完全回避できなかった弟子の我が儘に付き合い珍しく修行を付けていた刻印の魔女は、視線を“外”へと向ける。

 あの馬鹿が世間話でもするかのように相手を怒らせている。何を企んでいるのかいないのかは知らないが、確実に相手の口は軽くなっている様子だ。


《本当に少年漫画の主人公には成れないタイプよね。良くて青年誌か。エロいのもありなヤツならギリセーフね》


 何がセーフなのかは分からないが魔女は足を組んで机も呼び出し頬杖を突く。


「弟子? どっちとやる気?」

「はい。とりあえず先生の悪口を言ったあれは許せません」

「あっそう」


 仮初の体が壊れていたわけではなく、どうやら相手が本気で無視していただけの様子だ。

 でも今は通じた。つまりこの弟子は下手をしたら連戦希望なのだろう。


「たぶんあれ、強いわよ?」

「それが何か?」


 至極当然の答えだ。ここに少年誌の主人公が居た。


「うん。頑張れ」

「はい」


 そしてまだブツブツと呟きながら兄と会話している人物の殺し方を模索し出した。


 何をどう間違ったら弟子がこんな風に育つのだろう? 出会った頃は初々しくて純粋だったはずだ。それが気づけば立派な殺人マシーンと化して来た。


 誰が悪い? 自分? それは無い。


 セルフでツッコミ魔女は自分は関係ないということにした。


《ただあのローブの下……間違いなくあれを着ているわね》


 そしてもう1つを見つけた。

 これでこの国に残っているであろう最強装備の所有者は確認できた。


 が……最初のあれもチートだったが、こっちのこれも問題ありだ。ちゃんと正しい使い方を伝承するように強く命じたはずが、それは何処で潰えてしまったのか?


《強い力を求めたくなるのは分かるんだけど……正しく使わないとどれ程恐ろしいことになるのかを理解していない人が多くて困る》


 結果としてこんなにも恐ろしい間違いが発生しているのだから。


 誰が犯人だ?


 間違いなくこの件に関しては自分は関与していない。無罪だ。


「で、弟子? 続けるの? 続けないの?」

「続けます」


 ユラ~と動き出した弟子の気配は完全に逝っていた。

 危ないなんて言葉が愛らしい。触るな危険……ではなく接近不可だ。


「まあ良いでしょう」


 立ち上がり魔女は呼び出した椅子と机を消す。


「何度も言っているけど私ってば最強よ? この状態での戦闘力は53万だし、まだ強くなるわよ?」

「なおのこと良し」

「何処のバトル物の主人公よ」


 軽く呆れて魔女は両手を広げた。


「私のフードを跳ねのけて素顔を見たらご褒美をあげるわ」

「要りません。ですがその時は“あれ”の使用許可を」

「それはダ~メ。でも少しは善処してあげるわ」

「なら」


 蹴った床を爆発させて弟子が襲い掛かって来た。

 それを魔女は口元を緩めて笑う。


「真っ直ぐ過ぎるのよ! 馬鹿がっ!」


 飛んで来た弟子を軽く蹴り飛ばす。


 軽く数百メートル吹き飛んだポーラは、どうにか踏ん張り顔を上げる。

 が、目の前に師である魔女が居た。一瞬で間合いを詰めて来たのだ。


「お~ほっほ。ドラ〇ンボールを読んで学んだ私は最強よ?」


 そして一方的な暴力が繰り広げられた。




 神聖国・都のとある路地裏



「……まあ良いでしょう」


 勝手に終わるな婆よ。


「もしお前たちが偽者の使者であった時はこの私が直接殺してやる」

「あら残念。そっちの可能性は無いわ」


 僕は腰に下げている飾りを手に取って相手に向かいフリフリと揺らす。


「親書は女王陛下に渡すけど、その中に僕らの身分を示す物も入っているので」

「偽造かもしれないだろう?」

「かもね」


 頭ごなしに疑って来る相手には何を言っても無駄か。


「それに本物だとしても」


 ん?


 呆れる僕にフードで顔を隠している婆の口元だけが見えた。と言うか見せて来た感じか?


「理由を作って殺せば良いだけのことだよ」

「なるほどなるほど」


 ごもっともな意見ですね。


「ならこっちが返り討ちにしても問題はないってこと?」

「出来るのかい?」

「たぶんね」


 軽く肩を竦めて僕はノイエの背後に立つ。


 ん~。本当にノイエは可愛いですね。こうしてずっと自分を盾にして僕のことを守ってくれるだなんてお嫁さんの鏡だと思います。


「だってウチには絶頂期の頃の叔母様より強い人たちが居るからね」

「その娘か?」

「どうかな」


 余裕を見せながらノイエの肩をポンポンと叩く。


 これであのババアは間違いなくノイエをロックオンしたはずだ。

 まあ間違ってはいないけどね。僕の手札の中でノイエは最強だ。でも不思議と僕の手札ってジョーカーが多いんだよね。これでカードゲームをしたら負けないはずだ。


 出せる枚数が制限されているけどさ。


「で、とりあえず今夜の宿には案内してくれるの?」

「……」


 ババアはノイエを睨んだままだ。

 ノイエの戦闘力を推し測ることが出来たとしてもババアには理解できないだろう。普段のノイエはこんな感じだし、本気になってもこんな感じだしね。


「それともこの場で死ぬか? ババア?」

「……」


 ようやく相手の目がこっちに動きババアの口元が動きかけた。


「お話し中失礼します!」


 駆けこんで来た人物によりババアの声は遮られる。


 やって来たのは文官風の人物だ。中年男性だ。


「女王陛下がユニバンス王国からの使者様と是非ともお会いしたいと」


 腹の底から声を出す人物にババアか露骨にため息を吐いた。


 遮られなければこの場でやる気だったのか?


「今から?」

「いいえ。出来れば明朝……使者様の準備や休息も必要でしょうから、昼からなどどうでしょうか?」

「それで良いよ」


 もうババアは用無しだ。覚えていれば後でノイエが殴り飛ばすだろう。


「まずベッドと食事と医者の手配をお願い。出来たら美人の女医さんで」

「畏まりましたっ!」


 遅れて中年男性の同僚なのか部下なのか分からない人たちがドカドカと走って合流して来る。

 何と言うかババアたちから僕らを引き剥がしたい感じだ。それを望むのでしたら僕としては付き合いますよ。だってこっちの望みは混乱ですしね。


「アルグ様」

「はい?」


 スッとノイエが視線を巡らし僕を見つめて来た。


「お腹空いた」

「もうちょっと」

「はい」


 ただノイエのアホ毛が不満げに揺れている。ヤバい。そろそろお嫁さんの限界だ。


「食事はお肉をメインで宜しく」

「畏まりました」


 宿泊先に案内すると言うので僕らはそれに付いていく。大通りに出れば馬車で運んでくれるとか。ここだと路地裏過ぎて道が狭く馬車を入れられないらしい。


 本来使者ってこんな感じで迎えられるものだよね?




 遠ざかる一団を見つめクレオと呼ばれた人物は部下に視線を向けた。


「集められるだけ全員を集めな」

「……本当に?」

「ああ」


 そっとフードを脱いで素顔を晒す。

 年老いた老女の顔……額の部分には深い傷が皺を断つかのように刻まれていた。


「あれの血族と言うなら殺す。殺してやるんだ」

「……畏まりました」


 主の怨念のような怒りに誰も口を挟めない。

 挟みでもすれば殺されてしまうことが分かっているからだ。




~あとがき~


 グッタリしているポーラは意識が別に飛んでいるだけです。

 精神とあれな感じの部屋っぽい所で刻印さんとガチバトル中です。

 理想的な上司と呼ばれているあの御方ばりに刻印さんがバトルってますw


 ようやく仲裁が入って主人公たちは別の場所に。

 そしてもう1人のドラスレさんは…ヤバいスイッチが入った感じです




© 2022 甲斐八雲

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