ベッドと食事を求めます

 神聖国・都のとある路地裏



「なに?」

「ん~」


 ジッとお嫁さんの顔を見つめていたら、彼女が小さく首を傾げた。

 他意はない。ただ可愛いお嫁さんを見ていただけだ。何せ見飽きることが無い。


 周りをズラッと武装した兵士に囲まれていても僕らはいつも通りだ。

 兵士たちに囲まれた状態ぐらいじゃ動じない僕らもどうかとは思うけどね。


 ぶっちゃけ彼らは普通の人間だ。

 もうね……こっちも色々と体験して来てこれぐらいじゃ全く全然動じないんだよ。

 神聖国なら新しい何かを見れるかとか思ったけど、インパクト的には帝国の帝都より遥かに下回る。もう少し頑張れよと言いたい。


 だからずっとノイエを見つめているわけだ。


 彼女はずっとポーラを抱きかかえている。まるで赤ちゃんでも抱くかのように向かい合う形で……その細腕の何処からポーラを持ち上げられるほどの力が出るのか問いたい。

 実際は溢れ出るほどと言われている魔力をあれしてこうしているんだろうけど、ノイエ自身自分がどうやってそれを扱っているのか分かっていない感じなんだよな。


「なに?」

「お姉ちゃんしてるなって」

「……」


 僕の声にノイエがそっとポーラの頭を自分の肩に来るよう引き寄せる。

 うんうん。何て心温まる光景なんでしょう。


「臭い」


 近づけた顔を遠ざけノイエさんが不満げにアホ毛を回した。


「お姉ちゃんは我慢だよ?」

「妹で良い」


 またそれですか? 本当にノイエは妹属性だな。


 少しだけ呆れながらウチの可愛いお嫁さんの行動を見続ける。

 不満は言うが投げ捨てたりはしない。まだポーラがグッタリとしているから、言葉ではあんなことを言っても一応お姉ちゃんモードを維持したままなのだろう。


 でもまあ不満は言いたくなるよな。本当に。


 ポーラの背中に塗った軟膏なのだがとても臭いのである。

 塗った当初はそれほどでも無かったけど、時間が経つにつれてどんどん臭くなって来た。


 両手でポーラの背中に軟膏を擦り付けていたノイエなど、抱えているポーラ+自分の手と言うダブルパンチでノックアウト寸前に追い込まれた。

 一時的にポーラを預かりノイエは手を洗って来てダブルパンチがシングルパンチになった。


 でも臭い。とにかく臭いのだ。


「ウチの妹がどんどん汚されて行く気がするよ」

「……」


『けがれ』を理解していないノイエは首を傾げるばかりだ。


 仕方ない。ノイエさんは自身の祝福のせいで永遠の乙女なのである。

 僕は常にノイエの純潔を奪い続けることができると言う地位に居る。


 処女厨な人が聞けば羨ましがること間違いないな。つかそんな人って居るのかしら?


「ノイエ。臭いなら変わろうか?」

「平気」


 不満を言ってもノイエはポーラを離さない。

 そろそろ飽きるかとも思ったが、ノイエさん的には怪我をした少女が2人居たはずなのに1人になったことを不思議に思いずっとポーラを確保している感じだ。


 子供を産んだ親猫が知らない間に自分の子供が里親に出され、『あれ? 足らない?』とばかりに鳴きながら探す感じにも似ている。

 ノイエは鳴かないけど時折辺りをキョロキョロとはする。


「アルグ様」

「ん?」

「お姉ちゃんは?」


 ああ。そっちもあったね。


「たぶん今頃宿で寝てるんじゃないかな?」

「はい」


 今のキョロキョロは姉を探していたわけか。


「逢いたくなった?」

「違う」

「本当に?」

「はい」


 ノイエはどこか胸を張って僕を見る。


「今の私はお姉ちゃん」

「ほうほう」


 つまりランリットに自分の姉っぷりを褒めて欲しかったわけか。


「良し良し。偉いぞノイエ」


 手を伸ばし彼女の頭を撫でてあげる。

 嬉しそうにフルフルとアホ毛を回し……ジッと熱い目で僕を見つめて来た。


 ヤバい。スイッチが入ったか?


「アルグ様」

「はい」

「お腹空いた」


 そっちか。


「もう少し頑張れ」

「はい」


 我慢できないほどの空腹では無いらしい。

 だから素直に引き下がってくれた。


 ただ僕としては空腹うんぬんよりも待ちくたびれた。


 とりあえず君たちもさ~ずっと囲んでいないでさ~そろそろ偉い人でも呼んで来てよ?

 あれだけの騒ぎを起こしてから随分時間も経っているし、現場責任者ぐらい来てるでしょう? もし来てないならもうひと騒ぎ起こすよ? ねえ?


 視線に念を込めて周りを見渡すがリアクションが無い。

 なんてつまらない人たちなのでしょ?


「ねえ? 偉い人とかまだ?」

「「……」」


 こちらを囲っている兵士たちは身動き一つしない。


 むう。ノイエじゃないが本格的に飽きて来たな。

 誰か短気な姉でも呼んで暴れて貰うか? 短気って誰だろう?


「誰でも良いから出てきて暴れてくれない?」


 ノイエに向かいそう告げると周りの兵士たちがギョッと目を剥いて少し離れる。

 だがノイエの姉たちからの返答はない。


 チッ……こうなれば貧乳ネタで先生を呼ぶか? ただあれは僕にも被害が出るから避けたい。

 なら誰だ? ジャルスか? 間違いなく暴れそうだが……やはり僕にも被害が。厄介な姉だな。


 と、何故かフード付きのローブを纏った人物を先頭に同じ服装の人たちがやって来た。


 偉い人たちかな?


「お前たちがユニバンス王国の使者か?」

「ん~。まあそんな感じかな」

「そうか」


 先頭のフードさんがそんなことを言ってきた。


 この人が現場責任者か? 声質は何と言うか若い声を無理矢理出しているベテラン女性声優さんのような? 実は結構なお年なのか?


「身分証明とか国王陛下の親書とかも一応あるけどさ」


 持って来てますよ。ちゃんとね。


「まずベッドと食事を求めます」

「……」


 僕の声に周りが何故かドン引きした。


 だってもう遅い時間だしさ、飯食べて寝たいじゃん。

 難しい話なんて明日で良いよ明日でさ。


 でも1つだけ確認したいのです。


「で、一応こっちも正体を晒しているのですけど」

「確認は取れていませんがね?」


 知るかボケ。


「若作りをしている感じのするアンタは何者なのさ?」


 真っ直ぐ告げる僕の言葉に相手の背後に居る部下らしい人たちが一歩二歩と大股で後退して行った。


 つまり地雷か? 流石僕だ。一発で相手の地雷を踏み抜いてやったぜ。


「今何と?」


 怒った時ノイエの姉たちのような冷たい感じの声が響いて来た。

 怒気を含んだと言うか、殺意に満ち溢れたと言うか……でもはっきり言ってあの姉たちの方が遥かに怖い気がする。何より怒った美人ほど怖く見える存在は居ない。


「だからそんな無理して若い声を出しているオバサンは何者かとね」


 部下っぽい人たちがまた数歩下がり、副官なのかな? それっぽい人が自分の口の前で指で『×』を作って僕に見せる。

 地雷だからもう口にするなって感じかな?


 知らん。そもそもドラグナイト家の家訓には『地雷原で踊り狂えるようになってこそ一人前』と言う言葉がきっとある。

 僕が今作ったからきっとあるはずだ。


「オバサン?」

「ああ。お婆さんだった?」


 フッと風が動いてローブ姿の人物が僕の目の前に……とは行かない。数歩動いただけだ。


 相手はこちらにそれ以上近づくことができない。何故なら相手の動きよりも早く動く人物がいるからだ。それもポーラを抱えると言うハンデを背負いながらもノイエの方が速い。


 僕の前に移動するだけで相手をけん制したノイエは、良し良しとポーラの頭を撫でている。


「ああ。結構なお年ならあれを知っているのかな?」

「……」


 僕の声に相手は反応しない。


 無視ですか? 良いんですけどね。


「確か『漆黒の殺人鬼』だっけ?」


 無駄にカッコイイですぞ叔母様。本当に貴女はこの国で何をしたんですか?


「……あれを知っているのか?」


 若作りではない地声のような声で相手が質問してきた。

 やはりしゃがれたご年配女性の声だね。


「知ってるよ~。と言うか神聖国でそんな風に呼ばれているとは知らなかったけどね」

「なに?」


 相手が一歩前に足を動かそうとするが実行できない。

 ただノイエが軽く揺れたように見えたが……たぶん相手の動きを制したのだろう。


「だってその人は僕の叔母様だからね」

「……」


 前とは違い物凄い気配が相手から漂って来た。


「何々? まさかお婆さんもウチの叔母様に負けちゃった過去とかお持ちで? 負けちゃったの? まあ仕方ないよ。あの人本当に強すぎる、」

「煩い。黙りな」


 口調まで変わった。外聞になど気が回らないほどお怒りなのだろう。


「あの時は油断しただけだ。でも今なら楽勝だよ。あんな速いだけの攻撃なんてね」

「と、大体負けた犬はそんな感じで良く吠えるんだよね?」

「……」


 お~お~。凄い気配だ。


 戦いに不向きな僕ですら相手の気配がアカン物だと良く分かる。

 でもノイエは無反応だ。お婆さんが頑張っているのにどこ吹く風だ。


 そして何故かこちらに顔を向けているポーラの口元が薄っすらと笑っていた。

 悪魔が出て来て何かトラブルでも企んでいるのか?




~あとがき~


 煽り属性をフル稼働させて主人公は喧嘩を売る。

 と言うか怒らせて情報を吐き出させようとしている?

 たまにこの馬鹿がまともなことをするから作者もビックリです。


 そしてグッタリしているのに笑うポーラは…




© 2022 甲斐八雲

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