今夜はどうやら眠れそうにないですね
神聖国・都のとある路地裏
「それでムッスンたちは?」
「はい。全員が退却した後のようで」
「……弱者らしい潔い逃走という訳ですか」
弱者なりの判断なのだろうが、ここまで騒ぎを大きくしてしまえば余り意味はない。
彼らの寿命はあと僅かだろう。
「それとは別にアーブ様が」
報告を受けた人物は帰宅しようとした足を止めた。
折角寝ていたところを叩き起こされて出向いてみれば敵はもう撤収していたのだ。
ならさっさと帰宅して……という希望はどうやら絶たれる可能性が生じた。
「今は何処に?」
「はい。ムッスンたちが襲撃した宿の調査と警護を」
「何と心優しいドラゴンスレイヤー様でしょうか」
それは呆れた様子で鼻で笑う。
ただの高級宿など火事場泥棒に遭ったとしてもそれは客を見抜けなかった店側の問題だ。
それをわざわざ朝まで警護するなど考えられない。愚かしいとすら思う。それであればさっさと帰宅しベッドに倒れ込んだ方が遥かにマシだ。
「それとアーブ様はどうやら敵の1人と戦ったそうです」
「……」
部下の報告に、それの目がスッと細くなる。
「それは事実?」
「はい。ですが攻撃を防がれて逃走されたそうです」
「あの拳を防いだと?」
「はい」
告げられた言葉に、それは顎に手をやり思考し始めた。
あのお人好しのアーブは攻撃力……打撃力だけは一級品だ。中型のドラゴンを一発で殴り殺しているし、大型のドラゴンも殴り続けて撲殺した。
この国に伝わる“神器”の1つを継承しているだけあって確かに強い。
自分があれの前に立てば……昔の弱かった頃の自分であったら確実に負けていただろう。だが今は違う。自分は確実に成長し、そしてあの死地を潜り抜けて秘められた力にも目覚めた。
今ならあの時苦杯を舐めさせられた『漆黒の殺人鬼』にすら勝てるはずだ。否、勝てる。
「たぶんあのお人好しが事情を聴くために手を抜いて攻撃したのでしょう」
そう考えるのが正しい。そのせいで敵を取り逃したのだろう。
「それでアーブはムッスンたちを逃がしたと言うことは?」
「ありません。どうやらムッスンたちが逃げ出してから駆け付けたようで」
「……事実を捻じ曲げることは?」
「そうなると衛兵の大半を殺害する必要が」
部下の返答にそれは舌打ちをした。
どうやら相手も馬鹿では無いらしい。
自分がどれ程危うい立場居るのかを理解し、衛兵を証人とすることにしたのだろう。
「ならばアーブの見張りは欠かさず継続。それとムッスンたちの捜索を」
「はい。ですが今回の犯行がムッスンたちが行ったという証拠がありません」
「どれもが見張りの証言ということですか」
そうなれば確かに証拠としては弱すぎる。
「どうせ彼らはまた動くはずです」
一度放たれてしまった矢はおいそれと止まることはできない。
なぜあの弱小集団が今になり動き出したのかは分からないが、動き出してくれたのであれば好都合だ。
「宰相様に報告を」
「はっ」
部下の1人が走って行き、それを見送った人物はフードの奥で薄く笑う。
女王は完全にこちらの味方だ。これで左宰相派は女王の暗殺に動くしかない。動けば最後だ。必ず迎え撃ち……そして女王は宣言する。『今後宰相を1人とする』と。
左右の宰相制は廃され、現右宰相が宰相となりこの国を支配する。
《そうすれば後は死ぬまで甘い蜜が吸えると言うことだ》
だからこそあの敗北の日からずっと右宰相の駒となり必死に藻掻いて来たのだ。
それもこれもこの日の為。
《現役を退き、あとは死ぬまで豪遊して生きる》
約束された未来だ。右宰相の裏切りは無い。何故なら自分が全てを暴露してしまえばこの国は国として維持が出来なくなる。女王の秘密を知る者を右宰相は殺すことができない。
《何より私が望む豪勢などたかが知れている。国家予算の少しを消滅させるくらいの額だ》
それで未来永劫、秘匿すべき秘密を覆い隠すことが出来るのであれば問題無いはずだ。
「……様。クレオ様」
物思いに老けていた人物は、部下の声に顔を上げた。
どうやら寝る前にと飲んだワインが良くなかったようだ。
「何か?」
「はい。それが……」
困った様子で部下が微かに頬を引き攣らせた。
「言え。私はもう帰宅する予定なのだ」
「はい」
覚悟を決めた様子で部下の1人が重い口を開いた。
「アブラミの街を脱出し、途中ペガサス騎士たちを退治しながら都まで来たという者が接触して来ました」
「……はっ?」
クレオと呼ばれた人物は思わずフードを外して聞き返してしまいそうになった。
実行しなかったのはフードが邪魔で聞こえにくかったわけでは無いと気付いたからだ。
「もう一度はっきりと正しい言葉で報告しなさい」
「はい」
片膝を着いている部下は上半身を起こし背筋をピンと伸ばした。
「クレオ様が考え込みだして直ぐにその者たちがやって来ました。聞けば自分たちは『アブラミの街を脱出し、途中ペガサス騎士たちを退治しながら都まで来た』と言うのです」
「……」
本格的に聞き間違いでは無いらしい。
どうしてそのような者たちが自分たちを追っている者に接触を図ろうとするのだ?
「どうして投降して来たのかは聞いたのか?」
「はい」
「言いなさい」
「でしたら失礼をして」
何故か部下の前置きの意味が分からなかった。
「何でも『美人に追われるならまだ我慢は出来る。でもあんな筋肉に追い回されるのは勘弁して欲しい。神聖国はあれか? あんな筋肉集団を野放しにするほど治安が末期なのか? ちょっと女王陛下に文句の1つでも言いたいから案内しろ』とのことです」
「……」
また言葉を失った。
そんな理由で投降したのか? 正気なのか?
「それと」
「まだあるのか?」
「はい」
本当に申し訳なさそうに部下は口を開いた。
「自分たちは『ユニバンス王国の王弟とその妻とその妹である。もしこの国がまだ国として機能しているのであれば女王陛下が招いた客人をもてなすぐらいはしてみせろ』と」
「……そう言うことですか」
ようやく相手の意図を理解した。
きっと都まで来て左宰相派だったハウレムの伝手で彼らに会い、そして話し合いが決裂したのだろう。戦いになり今夜の出来事となった。
「それと怪我人が居るので治療をする者を求めています」
「ふむ」
怪我人とは……きっとアーブの攻撃を防いだ者だろう。それが妻なのか妻の妹なのかは分からないが、裏を取ることの出来ないこちらとしてはその言葉を受け入れるしかない。
例えドラゴンスレイヤーの一撃を防げる“護衛”であっても、相手が妻や妹だと言うなら仕方がない。
「面倒だね……ですね」
地が出てしまったことに気づき、クレオと呼ばれた人物は言い直した。
「今夜はどうやら眠れそうにないですね」
本当に厄介だ。
「右宰相様に報告を」
「はっ」
「それと王宮にも使者を」
「はっ」
それぞれ部下を走らせその人物は大きく息を吐いた。
そもそも今回の件は女王の独断だ。彼女が勝手に動き周りの馬鹿共がそれに便乗した。結果として後々厄介になる者たちの始末が出来たので問題はない。
大変スムーズに政権の移譲が進むことだろう。
《あの宰相様は……最終的に女王をどうする気なのかね?》
相手の思惑を知らないそれは、口元だけで微かに笑い歩き出した。
まずは相手と会う必要があるからだ。
~あとがき~
それとかあれとか呼んでいた右宰相のドラゴンスレイヤーさん。
クレオというのは名前の断片でして…本当はもう少し長いです。
で、この人実はその昔スィークと戦っていて…詳しい内容は本編で
© 2022 甲斐八雲
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