リグは何処かしら?

 神聖国・都のとある路地裏



 ランリットたちは無事に逃げられたのだろうか?


 まあノイエの姉たちに無能な存在は居ないと僕は信じている。少なくとも姉を名乗るのであれば何かしら最強であって欲しい。


 そう願うのは僕の間違いだろうか?


「で、悪魔よ」

「へ、へるぷみ~」

「助けてやりたいのは山々だが」


 しかしノイエが折角やる気を見せているのだ。

 少なくともそのやる気を奪うのは夫としてどうだろうか?


 現在ノイエはポーラを抱えたままで一生懸命カエルを探している。そうカエルだ。


 おしっこは薬にはたぶんならないから代用品として僕が捻り出したのがガマの油だ。

 何故カエル如きの油が薬になるのか謎だが、でもウチの近所に住んでいた爺さんは、何にでもガマの油を塗っていた。つまりポーラの背中もそれで治せると冗談半分で言ったわけだ。


 そうしたらノイエはカエルを探し始めた。


 文字通り飛び起きた悪魔が涙目でこっちに向けて救いを求めている。

 大丈夫だ。きっとこの時期にカエルなど、


「いた」


 ごめん。居たらしい。

 ノイエが発見したそれは丸々と太った立派な……ネズミだよね?


「ノイエ。それ違う」

「……」


 クルっと体勢を入れ替えこっちを向いたノイエの目が雄弁に語っていた。

『もう探すのは飽きた』と。


「まあカエルでも馬でも油が取れれば薬になるっぽいからネズミでもいけるかも?」

「はい」

「いけないから~!」


 絶叫する悪魔が必死に足を延ばしてノイエの手を蹴る。

 衝撃でノイエの手からネズミが逃げ出し、クルクルと不機嫌そうに彼女のアホ毛が回りだした。


「これこれ悪魔よ。姉の優しさを蹴るでない」

「優しさが重すぎるのよ~!」

「と言っても薬なんてないしね」

「あるから~!」


 だったら最初から出せと言いたい。


 悪魔は僕が持っていたバックを受け取ると、その中からドレスを取り出しスカートの内側に手を入れる。

 何をしているのかとツッコミを入れる前に小瓶を掴み取り僕の目の前に運んで来た。


「軟膏だから塗って」

「へいへい」


 受け取りそれを確認しようとしたら僕の掌の上から小瓶が消えた。


 ホワイ? 手品をしていないのに消失したのですが?


「これを塗れば良い?」

「……みたいです」

「はい」


 僕の掌の小瓶を掻っ攫ったノイエが蓋を開いて中身の軟膏を手に取る。


 言うことだけ告げて姿を消したのか、悪魔を失ったポーラの体はグッタリ継続だ。

 その軟膏を塗ったら服を着せてやって……ブラは必要ないかな? うん。形が崩れるとか心配するほどの大きさでもないしね。ただどんなに小さくても年を取ると垂れるということは聞いたことがある。ケアは大切だぞ?


「塗る」

「ノイエさん?」

「こう」

「っ!」


 ノイエのひと塗りでぐったりしていたポーラが手と足をピンと伸ばして起き上がった。


「ねえさっ」

「こう?」

「ふがっ」

「こう?」

「あふっ」

「こう?」

「もうっ」

「こう?」

「やめて」


 何故だろう? ポーラの言葉が暴行を受けて絶望のどん底に居る女性を思わせる感じになって来たぞ?


「ノイエ」

「はい」


 僕の声にノイエは手を止めずにこっちを見る。

 ごめんポーラ。ノイエはまだやる気だ。


「もう少し優しく」

「優しく?」


 掌全体でノイエがポーラの背中を力強く撫でる。

 声にならない悲鳴を上げたポーラは……本当にごめん。お兄ちゃんは君を救う気満々なんだよ?


「ノイエ」

「はい」

「力加減が強いです」

「力加減?」


 初めて聞きましたと言いたげな感じで首を傾げないの。


「もう少し優しくこう」


 そっと手を伸ばしてノイエの頬を優しく撫でてあげる。

 こんな感じでソフトタッチで撫でてあげれば良いのですよ?


「むう」


 だから何故不満げな声を出す。


「何か不満でも?」

「薬は確り塗るもの」

「……誰の言葉よ?」

「お姉ちゃん」


 だからどの姉よ?


「2人の人」


 どんな姉だ? 2人だと?


 少なくとも薬の塗り方を教えたということは医療の心得があるはずだ。

 リグは確定か。あとは誰だ? あっ違う。ノイエの中だとリグは小さいけど大きい人だ。

 つまり別に2人居る。2人? ああ。あの人なら1人で2人に成れたな。


「パーパシ?」

「……」

「こう2人に分かれる人」

「たぶんそれ」


 何となく両手で何かをかき分けるようなポーズを取って見せたらノイエが認めた。


 それで良いのかお嫁さん? と言うかパーパシが見てたらマジで泣くと思うよ?


 まあ彼女は魔眼の中枢と呼ばれる場所に来ない人だから大丈夫だと思うけどね。


 大丈夫だよね?




「パーパシ落ち着いて」

「平気よ。すごく落ち着いているから」

「……そうね」


 ただそれを見ることができないセシリーンとしては、相手の気配を感じているだけだ。

 感じている気配としては……絶望を通り越して今にも死んでしまいそうな感じがする。


「アイル。パーパシはどんな感じ?」

「……」

「アイル?」

「うん。たぶん私は新しい何かを見ていると思うわ」


 動揺した魔女の声は違った意味で落ち着きを払っていた。

 変な意味で一周し、動揺しているのに声音は落ち着いてしまった感じだろう。


「見えない私に説明してくれるかしら? パーパシは何をしようとしているの?」

「うん。自分で自分の首を絞めようとしてる」

「……」


 セシリーンの脳裏に思い浮かぶのは自分の手を自分の首に掛ける……そう言えば彼女は不思議な祝福の持ち主だった。自分の分身体を作り出せる祝福だ。

 それだったら脳裏の映像が一新される。向かい合ったパーパシ同士が自分で自分の首を絞め合っているのだ。確かに今まで見たことの無い斬新な何かだろう。


「止めてアイル」

「……」

「アイル?」

「えっと……魔法を使っていいなら止めるけど?」

「……」


 何処かの魔女の両腕がまだ回復していないことに気づいてセシリーンは軽くため息を吐いた。


「本当は嫌なのだけど、アイル。耳を塞いで」

「だから」

「それか鼓膜が破けるかだけど」

「ちょっと!」


 ワタワタと慌ててアイルローゼは魔眼の中枢を飛び出した。


 気は乗らないがこれ以上この場から戦える者を失うのは良くはない。そう判断しセシリーンは、意識を集中し軽く舌打ちした。


 音の反射でパーパシの居る場所を自分の脳裏に立体的に思い浮かべる。

 本当に自分同士で向かい合って首を絞めていた。


「あ」


 それで十分だ。

 相手の耳の奥に狙いを定め放った声は、中枢の壁を反射し増幅してパーパシの鼓膜を破いた。


「あがっ!」


 声を上げてパーパシが倒れるのをセシリーンはその耳で聞いた。


「落ち着きなさいパーパシ。ノイエが……鼓膜が破れて聞こえないかしら?」


 相手から返事はない。まあ鼓膜なら一日もしないで回復するはずだ。


「ねえセシリーン」

「何かしら?」


 不本意なことをして言いようのない不快感に眉をしかめる歌姫は、魔女の声に顔を向ける。

 目は見えないが相手の声を正面からとらえた方が色々と分かる気がするのだ。


「絶対に鼓膜以外の部分も破いてない?」

「……」


 問われて歌姫は軽く舌打ちをした。

 床に伏せているパーパシは1人に戻っている。ただ心音は聞こえない。完全に停止している。


「あら?」


 これは予想外だった。

 何処で間違えたのか歌姫にも分からない。


「えっと……リグは何処かしら?」

「たぶんリグでも無理だと思うわよ? 耳から出ちゃいけないものが溢れているし」

「あらら?」


 本当に困っているのか分からない歌姫にアイルローゼは何も言えず軽く頬を引き攣らせた。




~あとがき~


 うっかりミスでパーパシはちょっと死体にw


 実は歌姫さんってその気になれば室内限定で最強の技があるんですよね。

 ただし屋外だと反響が使えませんが




© 2022 甲斐八雲

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