勝手に盛り上がるな

 神聖国・都のとある路地裏



「あの~ランリット様?」

「様なんて要らないけど、何?」


 名も知らない少女を背負い先頭を進む小柄な女性にアテナは声をかけた。

 ついつい何度も後ろを振り返ってしまう。


「アルグスタ様たちと本当に離れても大丈夫なのでしょうか?」

「分からない」

「えっと……」

「正直に言えばあっちに居た方が安全は安全だと思う」


 何せ自慢の妹が居る。


 施設に居た頃は元気に走り回り何もない所で躓いて転げ回っていた少女だったが今は違う。

 もともと大陸屈指の魔力と首を断たれてもしばらく生きているとも言われる治癒力の持ち主だ。そんな妹には数多くの“魔法”が宿っている。控えめに言って最強だろう。


《三つ目の祝福を擁しているのかを疑いたくなるほどだけどね》


 あれはたぶん色々な意味でズルをしているのだろう。

 ノイエは昔から要領の良い……はっきり言えば天才的な横着者でもあった。

 魔女ですら思いもよらない方法で魔力と魔法を使い分けている可能性がある。


「その分圧倒的に狙われやすい。ノイエはどうしても目立ってしまうからね」


 その行動もだが、生まれ持った容姿は反則級に妹を美人へと押し上げた。

 あれはズルい。それにあの胸もズルい。腰回りも細いし足もスラッとしていて長くて綺麗だ。


《ノイエに嫉妬するようになるなんてな》


 いつも自分の元に来ては祝福をせがんでいた存在だった。

 もう祝福の研究から情熱を失っていたのに……その気持ちに再度火を灯したのは間違いなくノイエだ。


 亡き妹のように甘えて来ては祝福を見せてとせがんで来る。だからついつい見せてしまった。

 するとあの少女は自分でもそれを真似ようとして、失敗して怪我を負った。対応に困るランリットの前で、ノイエはその怪我をあっさりと治してみせた。


 その瞬間からランリットの研究心に再度の火が宿った。

 もう止まらなかった。毎日のようにノイエの実験を繰り返した。


 全裸に剥いて隈なく確認しながら祝福を使わせる。最終的にノイエの保護者が飛んで来て壮絶な争いに発展したが、それも今になれば良い思い出だ。


「ノイエの祝福は確かに最強だ」

「だったら」

「だがどんな最強であっても弱点は存在する」

「……」


 足を動かし続けるランリットはその事実に気づいていた。


「あの子は優しすぎる。優しすぎるんだ」

「それが?」


 どうやらこの同行者は妹の弱点に気づいていないのだろう。


「自分は何をされても生きていられるノイエでも、あの子の傍に居る彼や彼女はどうだ?」

「あっ」


 アテナはようやくそれに気づいた。


 確かにずっと一緒に旅をしてきたが、あの無表情の美人は妹に対してどこか冷たげだった。

 それなのにさっきの様子は違う。普段は相手にもしていない存在を抱きしめていた。そもそも彼女の危険を察知し飛び出して迎えに行ったのだ。


「ノイエ様は大変不器用な方なのですか?」

「不器用か……」


 そう言われるとランリットとしては素直に頷けない。


「あの子は基本怠け者なのだよ」

「怠け者?」

「そう。とんでもない怠け者だ」


 食べること以外全く自分からやらない存在だ。服を着替えるのですら怪しい。それがノイエだ。


「何か理由があるのかもしれないが自分は生憎とその理由を知らなくてね」

「えっと……姉さんなのにですか?」

「ああ。恥ずかしいことにね」


 自分はノイエの姉と名乗っているが、その実何も妹にしてやれていないのが現状だ。

 あの子を幸せにするという誓いですら他人任せになってた。でも……それでも良い。


「自分のような馬鹿な姉を見てあの子が正しく育てばそれで良い」

「反面教師というものですか?」

「その通りだ」


 何せ大半のノイエの家族がろくでも無い人間ばかりなのだから。


「ノイエは自分たちを見て賢く育てば良いのだよ」

「……それだとどんどん怠け者になってしまいそうですが?」

「それでも良いさ」


 別に構わないだろう。ランリットは心の奥底からそう思う。


「あの子にはそんな怠けを許容する夫が傍に居るのだ。ならば問題はない」


 本当にあんな夫を良くも見つけて来たものだとランリットは変な方向に感心していた。


「あれは貴重だぞ? 君も結婚するのであればあのような夫を見つけると良い」

「えっと……私としてはもう少し普通の人が良いです」

「そうか? 確かに言動は怪しいが、でも妻を愛し一途らしいぞ?」

「でも突然他所から別の女性を……」


 チラチラと自分に向けられる視線にランリットは苦笑する。


「自分は彼と何ら関係はない。何より可愛い妹の夫だぞ? 普通誰がそんな相手に手を出すというのだ?」

「えっと……ポーラ様が」

「あれは自分の管轄外だ。彼女に関しては彼に直接苦情を申してくれ」


 あっさりとポーラのことを切り捨てランリットは足を止めた。

 後ろをついて走って来たアテナも足を止め……それに気づいた。


 ワラワラと逃げ出している筋肉集団と出くわしてしまったのだ。


「1つ聞いて良いか」

「何でしょうか?」


 ランリットの問いにアテナは疲れた様子で口を開いた。


 前に居た筋肉集団が自分たちに気づき、全員が振り返ってこちらを指さしているのだ。

 間違いなく逃げることはできない。


「人から運が悪いと言われたことは?」

「ありません。ただ最近は若干不運かな……と思うことは多いですが」

「そうか。ならば私の運が悪いらしい」


 軽く背負っている少女の位置を確認し、ランリットは片手を自分の前に突き出した。

 握ったままのリスの毛に祝福を与えて宙に放つ。


「武器が足らなくなったらそのリスの尻尾を切って寄こしてくれ」

「流石に全力で嫌がると思いますが?」

「ならばこの場所で捕らえられ、辱められてから死ぬかね?」

「……」


 そっとアテナは自分が抱えている存在に目を向けた。


 苦楽を共にして来たリスという生き物は、クリリとした目を潤ませて真っ直ぐ自分を見つめている。その目は『自分を裏切らないよね? 見捨てないよね?』と言いたげにも見えた。


「ごめんなさい。やっぱりできません」

「そうか」

「だからこの子ごと投げ渡すので貴女がむしってください」

「……」


 一瞬『優しい子だな』と思ったランリットだったが、あっさりと何かを打ち砕かれた気がして言葉を失った。

 どうやら他種族との友情よりも自分の命が大切らしい。まあそれが普通だとも言えるが。


「まさか……そう言うことだったか」


 先ほどまで対峙して居たリーダー格の男性が仲間に肩を貸した状態でランリットの前へと来た。

 小さく息を吐きランリットは覚悟を決めた。


 と、迎撃するために武器を放つ前に筋肉共が一斉に片膝を着いた。

 余りの展開にランリットは振り上げた手の行き場を無くし目を白黒させる。


「そう言うことだったのか! 同志ハウレムよ!」


 暑苦しい筋肉が肩を貸していた仲間を地面に投げ捨てた。


「これで我々の勝ちは確定しぞ!」

「……勝手に盛り上がるな」


 とりあえずで暑苦しい筋肉に向けやり場を失っていた手を振り下ろした。




~あとがき~


 姉としてノイエに何もしてやれていない…ランリットは常にそう思っています。

 まあノイエからすれば姉たちが消えずにずっと傍に居てくれればそれで満足なんですけどね。


 で、逃げた先に逃走中の筋肉たちが。

 勝手に盛り上がる相手にランリットは慈悲など無いのです




© 2022 甲斐八雲

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