この革袋をそのリスに

 神聖国・都のとある路地裏



 それは握った拳をジッと見つめていた。

 確実に屠ったと思ったが、まさか氷で坂を作り上空に逃れるとは思わなかった。

 あれは卑怯だ。何より仲間が飛んで迎えに来るなんて聞いていない。


「アーブ様」


 呼ばれそれは視線を向ける。

 自分を呼んだのは捜索と調査をしている都の衛視だ。強くは無いが真面目な者たちだ。自分より遥かに年上の男性が片膝を着いて頭を下げていた。


「どう?」

「はい」


 宿の者から得た情報では飛び込みの客だったらしい。

 都に来た理由は多く語っていなかったが、とにかく金払いは良い客だったという。


「商人?」

「のようには見えなかったと」

「そう」


 軽く頷きアーブと呼ばれた者は辺りを見渡す。

 その上客を何者かが襲ったらしい。


「襲撃者は?」

「それが……」

「なに?」


 アーブの視線に報告している衛視が震え上がった。

 覚悟を決めた様子で軽く息を吐く。


「客を襲った者たちは皆、鋼のように体を鍛え上げていたそうです」

「鋼?」

「はい。左宰相様たちのよう、ひぃ」


 言い過ぎたことに気づき衛視は慌てて下を向いた。

 自分の前に立つ小柄な存在から怒気を越えて殺意にしか感じられない気配を覚えたからだ。


「調べて」

「はい」

「直ぐに!」

「はっ!」


 慌てて立ち上がり衛視は駆けて行く。

 その背を見送ったアーブは小さく息を吐いた。


「……」


 呟きかけてそれを止める。


 どうするかなど最初から決めていた。

 もし宰相が、左宰相が、女王陛下に弓を引くというのであれば、それを許すことはできない。


「有言実行……何処の言葉だっただろう?」


 それだけを発しアーブは歩き出した。




「良し決めた」


 と言うかもう選択肢がない。


「ランリット」

「何よ?」


 服を汚して不機嫌そうな表情をしているノイエの姉は、僕の声に睨み返してきた。失礼な姉だ。


「ちょいと頼みがあるんだけど?」

「……」


 睨むな睨むな。


「アテナさんとその子を連れてとりあえず何処か宿でも借りてくれない?」

「……それで?」

「で、帰るまで2人の保護をお願いします」


 これ以上アテナさんを連れ回せないし、連れて来た女の子は……今更元居た宿にも戻れないしな。

 元気になったら現金を渡して家なり職場なりに戻って貰おう。


「それでノイエたちはどうするの?」

「うん」


 ぶっちゃけポーラも怪我をしている。このまま連れ回すのも辛かろう。


「次来た人たちに捕まってみようかと」

「……」


 だから睨むな睨むな。


「最悪ノイエが居れば逃げられるし、何よりポーラの治療をしたいしね」

「それで捕まると?」

「捕まると言うか女王様の所へ案内してもらおうかと思ってね」


 僕の言葉にアテナさんが全力で頷いている。


「そうです。アルグスタ様。ここは平和的に、」

「案内してもらって女王様に大魔法をぶっ放すのも有りかなって」

「無いですから!」


 何故かアテナさんが全力で否定してきたよ。


「それで自分にこの2人の警護と?」

「うん。あとそこの家畜も」


 こっそりとついて来ているリスのニクも押し付ける。


「問題はそいつが尻尾でバランスを取っている宝玉なんだけどね」


 器用に尻尾の上に宝玉を乗せているニクがこっちの様子を伺っている。

 現状は1個だけど、ランリットが元に戻ると2個になる。持ち運ぶのにも荷物になるしね。


「うふふ。そんな時はこれ」

「見事な棒読みだな」

「煩い」


 背中に大怪我を負っている悪魔が震える手をスカートに突っ込んで……だから何処からそれを取り出した? とうとう着ていない服のスカートの中から取り出したぞ?


 何よりお前はいつまで全裸で居る気だ? 服を着ろ。露出狂か?


「この革袋をそのリスに」


 面倒臭そうに悪魔が取り出したのは革袋だ。袋と言うか革製のリュックサックにも見える。


「それは?」

「宝玉入れよ」


 若干怪しいけど受け取り確認する。


 搾っている口を開くと……どう見てもこの中に宝玉が入りそうには見えないんですけど?


「そこのニクが持っている宝玉を入れてみなさい」


 言われるがままにニクを呼んで尻尾の上に乗っている宝玉を手にして押し込んでみる。ビックリするほどスルンと中に入った。

 なのに袋は膨らまないだと?


「どんな四次元ポ〇ットかと!」


 ちょっと本気で欲しいんですけど?


「それは無理よ」


 疲れた感じで悪魔が息を吐く。


「それはあくまで宝玉専用よ。ずいぶん時間が掛かったけどようやく出来たわ」

「……」


 何て技術の無駄遣いな?


「それと」

「はい?」


 ノイエに抱かれている悪魔がその手をタクトを持つ指揮者のように振るう。


 宙に文字を描いてそれを軽く手で押し、作られた文字は真っ直ぐアテナさんの元に飛んでいき彼女に直撃した。


「……ふぇ? あれ?」


 一瞬全身を震わせたアテナさんは、慌てて辺りを見始める。


「可愛いでしょう?」

「えっ? あっはい」


 何も理解している気配を感じないが、アテナさんは悪魔の言葉にコクコクと頷く。

 恐ろしい魔法でも使ったのか? この悪魔は普通に有害な魔法とか使いそうで怖い。


「後でその子に着けてあげて」


 その子ってこのニクか? この家畜のことか? 最近誰が主人か分かっていない様子だから、この家畜には躾が必要だと思っているのだが?


 何故かそんな家畜は肩を竦めて僕を見ている。


 ほほう。喧嘩を売っていますな?


「お前をこの袋の中に押し込んでやる~!」


 ニクに手を伸ばし誰が主人か調教することとした。




~あとがき~


 ポーラを迎え撃ったのは神聖国のドラゴンスレイヤーの1人、アーブっぽいです。


 そして主人公は逃げることを止めた様子です。まあポーラが怪我してますしね。

 この主人公の性格だと治療を優先しますか




© 2022 甲斐八雲

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