王宮に向かいましょう

 神聖国・都のとある路地裏



 それをランリットは両足をプルプルさせながら聞いていた。


 と言うかそろそろ腰を地面に降ろしたい。様子を見ながらゆっくりと降ろそうとするが、その度に妹が絶妙なバランス感覚を披露して邪魔をする。

 おかげでずっと自分の体は弓なりだ。もう足が限界だ。


 けれどそっちはまだ我慢できる。今は我慢する必要がある。

 何故なら妹の夫である人物を見くびっていた。

 ここまで国民寄りの王族は居ない。自分が知る限り貴族の中にも居ないだろう。


「ノイエ」

「もむ」


 骨付きの肉を口に含んでもぐもぐしている妹の様子に呆れもするが、そう言えばノイエは施設に居た頃常に言っていた。『いつかお腹いっぱい、口いっぱい、お肉を食べる』と。

 今の様子を見ればあの頃の夢が現実になっているとも言える。もしかしたら律儀にその様子を自分に見せているのかもしれない。

 また野菜を口に押し込まれ……どうやら幻の類か元とランリットは思いもしたが。


「君の夫は大層な噓つきか」

「……」

「とんでもないお人好しなのだろうね」

「はい」


 フルフルと触角のような髪の毛を揺らし妹がまた肉を口に運ぶ。

 何処かその様子が自慢げで……そして誇らしげにも見え、ランリットは内心で軽く笑った。


「それにしても」

「もむ?」


 合いの手は要らないからちゃんと咀嚼して欲しいと思いつつも、ランリットは息を吐く。


「今後についての話し合いをしなくても良いのかね?」

「もむ?」


 妹が首を傾げる様子にランリットはまたため息を吐いた。

 ある意味でこの2人は良い夫婦なのかもしれない。




「外野からの指摘で思い出しました。どうする?」


 アテナさんに正しい滅亡からの復興を語る僕に対しブリッジ女……ランリットが『この後に付いて考えなくて良いのか?』とか至極まっとうな質問をして来たのです。


 本当に失礼な姉だ。これはあれです。別の話をすることによって自分の中で考えを纏めるという高度かつ不可能な思考によって……はい。ただの脱線でした。済みません。

 ですがそれを認めるのは無性に腹立たしいので、ランリットのお尻の下付近に水を撒いて地面をドロドロにしてやった。


 や~い。それでお尻を汚したら『お漏らし女』って呼んでやる。


 そう告げたら『殺す殺す』の連呼です。本当に一部ノイエの姉たちの口の悪さには辟易します。あれですね。今度マナーの先生的な人物にマナーを叩きこんで貰った方が良い気がします。

 誰が適任だろう? 叔母様か?


「考える時間は十分だったでしょう? アテナさんから発表どうぞ」

「えぇぇ~っ!」


 何故そんなに驚くのかね?


「わたし、部外者ですし」

「いえいえ。十分当事者です」

「だからってその……」


 見る見る肩身を狭くしていく彼女は、ポツリと『どんなに悪くても都を破壊するのは……』などと言いだした。

 だから何度も言っているでしょう? 都の破壊は最終手段です。もしそれをするなら住民を逃がしてから実行します。


 ついでに帝国の時みたいに火事場泥棒とか出来ないかな?


 ふと視線をノイエに向ける。


「先生。神聖国って珍しい魔道具とかあるのかな? ただの質問だから深く考えなくて良いけどね。うん。何となくの世間話だから」

「何ですかっ! その絶対に危ない雰囲気のする言葉はっ!」


 こんな時だけ察しの良い女は嫌われるぞ? アテナさん。


「廃墟に……高価なものが残っていても泥棒されるだけだと思うんだ。僕は」

「だから廃墟を目論む人が……って火事場泥棒まで考えているんですかっ!」

「違います」


 そこそこ。本当に人聞きの悪い言葉は使ってはいけません。


「保護です」

「うあ~!」


 ゲシュタルト崩壊を起こしそうな勢いでアテナさんの中で何かが色々とお壊れになっている。


 おかしいな? ユニバンスだと良くあるノリなんだけど……神聖国だとこの手の軽いノリはダメなのかな?


「冗談だって」

「どこまでがですがっ!」


 本気で噛みついて来るな。


「ちゃんと住人を逃がしてからやるから」

「廃墟にはする気なんですね!」

「それに保護だから後で返すよ。何年後かは知らないけど」

「泥棒までする気なんですね!」

「と言うのが一連の冗談で」

「絶対に私は信じません!」


 そんな頑なに否定しないでよ?


「神聖国の方が喧嘩を売って来なければ、そこまでのことはしないって」

「本当ですか?」

「本当だって。ただもうウチの国に攻め寄ったりしているから喧嘩売ったという認識だけどさ」

「やっぱりやる気なんだ~!」


 頭を抱えてアテナさんが大絶叫だ。

 しばらく声を上げて叫び続けていると……不意に僕らに対して薄暗い目を向けて来た。


「……この人をこの場で亡き者にすれば?」


 これこれ。思考が危ないぞ?


「ウチのノイエに勝てるならどうぞ」

「絶対に無理~!」


 とうとう泣き出し……僕は遊び過ぎだと後悔する。

 リアクションが楽しい人ってついつい楽しみたくなるんだよね。


「ノイエ」

「はい」

「君の夫は酷い人だな」

「はい」


 これこれ。そっちの姉妹よ? 僕を悪者にするでない。


「尻の下で焚火するぞ?」

「本当に酷い夫だな」

「はい」


 そしてノイエさん。適当に頷いていないでください。

 ボディーブローのように君の言葉でダメージを受けている夫がここに居ますからね。


「まあ真面目な話、神聖国の上層部に真面目に国を立て直そうとする人が居るなら手助けしてあげて良いんだけど……どうも上から腐っている感じだしな」

「そんなことありませんっ!」


 涙ながらにアテナさんが吠えて来た。


「女王様は昔から大変に優しい人だと聞きます。きっと女王様に……そう言えばアルグスタ様は女王様に呼ばれてこの国に来たのでしょう? それだったら女王様にお会いして今回のことを説明すれば、きっと分かっていただけます」


 そんな話もありましたね。


「おたくに喧嘩売られたから高額で買いに来た。ちょっと一発大魔法をぶっ放すから住民全員都の外に逃がして欲しいって?」

「だーかーらーっ!」


 胸を張り偉そうに力説していたアテナさんがまた泣きながら叫んだ。

 色々と崩壊してるアテナさんがかなり面白い。


「魔法は無しで! きっとアルグスタ様の国を攻めたのも女王様の知らない話です!」

「そっかな~?」


 そんな話あり得ないでしょ?


「そうです。きっとお話しすれば女王様は分かっていただけます。もしかしたら宰相様とか大臣様とかが暴走してて……そうです。きっとそうです!」

「そっかな~?」


 今の神聖国って第二次世界大戦時の日本みたいな状況なの?

 女王様に良いことばかりの事後報告で、宰相たちが暴走中?


 無くもないとは思うけど、ただ多少なりとも話は耳に届くでしょう?

 それが無理ってことはその女王様には何ら権力が残っていないことになるよ?


「王宮に向かいましょう」

「そこで一発ぶっ放す?」

「放ちません! 話し合いです!」


 立ち上がりマジ説教モードのアテナさんに対し肩を竦める。


 そもそも論なんだけど……女王様とやらが僕らの敵ではないって保証が何処にあるの?

 優しい女王様? そんなのラストで黒幕でしたっていうパターンのヤツじゃん。


「出来たら別の」


 ドゴーンッ!


 とんでもない破壊音が響き渡り、都の夜空い氷しぶきが舞う。

 水じゃないのは間違いない。たぶんポーラの祝福だろう。で、何したのあの子?


「ダメ」

「はい?」


 ノイエの声に視線を向けると、彼女は抱えていた姉を僕に向かって投げて寄こし……迷うことなく地面を蹴って宙に舞った。


 そして僕はランリットのうっすい胸の下敷きになり、ラッキースケベについて深く考える。

 うん。弾力の無い胸はただのまな板だな。


「役得が無いっ!」

「失礼なっ!」


 僕から離れたランリットが両腕で自分の胸をガードする。

 ただその両腕で完璧に隠れ、余ることの無い存在に対し僕の視線は冷たいのです。


「もう少し頑張れ」

「重ねて失礼だなっ!」

「ノイエの大きさを知ってしまうと」

「あれはっ!」


 言いかけてランリットが意気消沈した。

 妹のことは悪く言えないし、何より事実大きさでは負けているのだ。もう何も言えねえ状態だろう。


「で、ノイエはどうした?」

「はいっ」


 別に呼んだわけではないけれど、ノイエが僕の隣に姿を現す。

 その腕の中にはぐったりとしたポーラが抱えられていた。




~あとがき~


 投稿の時間まであと少しって時に限って興が乗って長くなるのは何故?

 で、結果として投稿の時間が18時を過ぎる訳です。作者馬鹿なの?


 ぐったりポーラを回収してきたノイエさん。ポーラの身に一体何が?


 そして思い通りにキャラたちが進まないことで、作者中では冷や汗が止まらない。

 どうしてこの子たちは思いもしない方向に転がって行くのでしょうか?




© 2022 甲斐八雲

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る