閑話 34
ユニバンス王国・王都内下町
「ふぎぎぎぎぎぎぎ」
軋む全身に鞭を打ち女性はベッドから這い出し廊下を這って進む。
「ふぎぃ~!」
板張りの廊下は常に清掃されているから綺麗だ。
何でも最近はある貴族家に仕えているメイドがやって来ては毎日掃除をしている。
ただそのメイドたちは何故か怪我人の世話までしているから良く分からないが。
「……何をしているんですか?」
その声に床を這う存在は動きを止めた。
違う。決して逃げ出そうとしたのではない。
「……お手洗いに」
「そうですか」
必死の言い訳に相手は平たんな声で応じた。
そして足首を掴まれズルズルとベッドの方へと戻される。
「お医者様が患者にそれって……いたた。痛い。胸がっ」
「それほど大きくない胸ですから削れたりはしませんよ」
努めて冷静な声で伝えられ、自分の胸にそっと視線を向けた人物は色々と諦めた。
ズルズルとベッドまで引きずられ相手の手によりベッドの上へと戻される。
確りと布団を掛けられ……ベッドの住人である人物は涙目で相手を見た。
「ナーファさん」
「治るまでの辛抱です」
「でも辛いんです!」
ボロボロの自分の体を治すためとはいえあの治療は酷すぎる。
長いこと受けて来ているが慣れることはない。毎日が拷問生活だ。
「リリアンナさん」
医者見習いである少女の声にベッドの上の人物……リリアンナはその潤んだ目を向け直す。
「たぶんあと少しで向こう側に行けますから」
「どっち側ですか?」
「アルグスタ様が言うには、人間の限界には向こう側があるそうです」
「そっちに行ったらどうなるんですか?」
「……完治するか、変態に堕ちるかの……」
「対象が酷すぎます」
ずっとこんな日々だ。
ボロボロの自分の体が確かに悪いと分かっている。
分かってはいるが、
「あの治療はどうにかならないのですか?」
「無理です」
「本当に?」
「はい。完治を諦めれば治療しないで済みますが……」
それは医者としてはお勧めできない。
「辛いと思いますが、ウチの家計のためにも頑張って治しましょう」
「何か今本音が出ませんでしたか?」
「気のせいです。リリアンナさんがここに居る限りドラグナイト家から多額の寄付が寄せられるだけです」
「本当に貴女は医者なの?」
「医者でも生きるためにはお金が必要なので」
それからしばらく会話をしナーファは病室を出る。
廊下で立ち止まり少し待機してからこっそりと戻って扉の隙間から相手の様子を観察する。
もう逃げ出そうとはしていない。ただソワソワとして髪の毛を整えだしたり、手鏡を手にして自分の顔を見つめたりしている。
どこからどう見ても女性が居た。女性と言うか“女”が居た。
「何をしているナーファ?」
「リリアンナさんがまた逃げ出そうとして」
「そうか」
静かに廊下を歩いて来たのはこの治療院の主だ。
ナーファの義理の父親であり、医療の師でもある人物だ。
「辛い治療だからな」
「……」
お互いがそう言っているのだからそうなのだろうと、ナーファは曖昧な笑みを浮かべて誤魔化した。
「見学するか?」
「いいえ。私は包帯の煮沸でもしてきます」
「そうか」
軽く頭を下げてナーファは改めて診察室へと向かう。
しばらくすると病室から女性の艶やかで生々しい声が響いて来る。
ここは娼館かと言いたくなるほどにいやらしい声だ。
「もう完全に変態の領域に両足突っ込んでいると思うんだけど……」
診療の準備をしながらナーファは嘆息した。
そもそもあれの治療を受けて恋心を抱くような人物が悪い。
何処にあの拷問染みた治療にときめく要素があるのか?
「あれは絶対にただの変態だ」
そう結論を出し少女は黙々と準備を進めるのであった。
~あとがき~
時間が無かったか…あの人は今!
リリアンナのことをどれほどの読者様方が覚えているのか?
リグの従姉さんですよ~w
© 2022 甲斐八雲
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