まず耳から削り取ることにしましょう

 神聖国・都内の路地裏



「仲間はどうした?」

「誰のことでしょうか?」

「惚けるな娘」


 先行したポーラは待ち構えていた黒ずくめの男たちを見てため息を吐いた。


 別に相手に甘える必要など無いので舌足らずな口調は止める。

 むしろこんな相手に聞かせたくもない。あれは兄さまや親しい人たちと仲良くするための物なのだから。


『どうしてこの手の襲撃者って黒い衣装を着たがるのかしら?』


《師匠?》


『前から疑問に思っていただけよ』


 内なる声に思わず内心で苦笑いする。


 相手の数は10人程度。

 実力は手を合わせなければ分からないが、ハルムント家のメイドレベルの実力者がゴロゴロと居るとは思えない。たぶん自分なら護りに徹すれば十分時間が稼げるはずだ。


「1つ質問があります」

「何だ?」


 だからポーラは口を開いた。


「どうして黒い衣装なのですか?」


 質問の趣旨は簡単だ。単なる嫌がらせと時間稼ぎ。

 嫌がらせの方に深い意味は無い。しいて言えば相手を怒らせ冷静さを失わせた方がミスが増えるというだけだ。


 今回の趣旨は相手が会話に乗りさえすればそれで良い。

 それで十分時間を稼げる。


「この服の意味か?」


 だが相手は軽く両手を広げ武器を取り出した。

 刃の部分が黒く染まった短剣を両手に持っている。


『毒よ毒! きっと痺れ系の毒であれを食らうと身動きが出来なくなってその間に衣服をはぎ取られて……大変よ~! 弟子の大切な純潔がこんな路地裏の一角で集団の手により散らされてしまうわ! それはそれでハァハァね!』


《師匠?》


 慣れているとはいえ自分の中に居る住人は本当に厄介だ。性格的に色々と。


 そもそも毒など食らわなければ良い。

 何より自分の純潔は兄さまに捧げると決めている。他所で散らすわけにはいかない。


 内なる声に意識を持っていかれたポーラはどうにか踏ん張り、外の声に耳を傾ける。


 どうやら相手は自分を強く見せるポーズを模索しているような……あくまで観察しての判断だから正解かは分からないがそんな気がした。


「黒い衣装とは古来より闇に紛れる。故に今日のように暗い夜には適している」

「……」

「次いで黒い服は汚れが目立たない。返り血を浴びていてもすぐ気づかれない」

「……」

「そして最後にっ!」


 囲んでいる男たちが一斉に各々ポーズを決めた。


「カッコイイからだ!」


 内なる師匠の笑い声が煩い。

『戦隊物か!』という言葉の意味何なのだろう? 後で合流してから兄さまに質問するのも悪くない。きっとご褒美がてら頭を撫でてくれながら教えてくれるはずだ。


 現実逃避終了。


「……は?」


 色々と頑張ったが出たのはその一言だった。


 きっと兄ならもっとこう相手を笑わせるか怒らせるかする言葉を放つだろうが、自分にはこれが限界だった。

 本当に兄さまは凄い。どんな相手でも分け隔てなく会話できるのだから。


「黒はカッコイイ! 黒は強い! 黒は最強! これは世の鉄則である!」

「……」


 カッコイイはさて置き、相手の言葉にポーラは一瞬頷きかけた。


 そう言えばメイドの師である先生は普段から黒を好んで着ている。

 ユニバンスのメイド服が黒を基調としているのは……そう言うことなのか。納得した。黒は最強だから普段から着ているのだ。


 兄さまがピンク色のメイド服を作り、姉さまに着せていたのは姉さま自身が最強だから色に頼る必要が無いということだ。

 流石兄さま。この世の全てを把握しているのかもしれない。


「だから我らは黒を着るのだよ」

「分かりました。わざわざの説明に感謝します」


 軽くスカートの端を摘まんでポーラは一礼をした。


 そして手の中に仕込んでいた卵サイズの銀色の球体に魔力を流す。

 形状を変えたそれは銀色の棒となり、そして先端には氷で作った刃を付ける。


 何故かこの鎌を兄さまは『死神のようで悪くないんだけどポーラが持つには……とりあえず“〇解”して形状が変わるのに期待だな。出来るな妹よ?』などと言って来る。


“〇解”が何かは分からないがそれを知る師匠は、『貴女の兄様も中々に鬼ね。妹を修練のどん底に叩き落とすだなんて……辛い修行になるけど受ける?』と言ってくれたので二つ返事で応じた。

 色々と学ぶことが多いが今は“〇解”に至るための修行中だ。武器の声が聞こえてくるようになるまで武器と対話しないといけないらしい。だからほぼ毎日のように銀色の卵を常に握っているようにしているが、未だ声は聞こえてこない。本当に道は長いらしい。


「何だその武器は……美しいな」

「……」


 ただ周りの反応は良い。

 現にこうして自分を囲っている集団はうっとりとして自分の鎌を見つめている。


「気に入った。娘よ」

「何か?」


 ずっと会話をしている男がにたりと笑う。嫌な笑みだ。


「お声をこの“毒牙”で動けなくさせてから色々と楽しもうと思っていたが、その武器を寄こすのであれば今夜一晩可愛がるだけで許してやろう」

「……」

「ただしここに居る全員の相手はしてもらうがな」


 嫌な笑い声が四方より聞こえて来る。


『四面楚歌……四面嘲笑か。どうする弟子?』


《決まっています》


 だから何度も言っている。それは決定事項だ。


「なら私の方も予定変更です」

「ほう。どうする? 仲間の居場所を吐いっ!」


 口煩い男の鳩尾に鎌の柄の尻を押し込みポーラは相手を黙らせた。


 もうこれ以上の会話は無意味だ。何より十分な時間は稼いだはずた。


「軽く叩きのめすはずでしたが、気が変わりました」


 ここまで不快なことを言う男たちだ。今日が初めてその言葉を口にしたとは思えない。

 つまり普段から彼らはそのような行為をしているのだ。


 自分ではない誰かを……少女に対して。


「徹底的に掃除します。その性根も」

「何を偉そうにっ!」


 襲い来る者の攻撃をステップのみで回避しポーラは手の中で鎌を回す。


「その存在自体も……徹底的に掃除します」


 何故なら自分はメイドだから。


 メイドとは汚い物を見つけたら徹底的に掃除をしなければいけないのだ。

 もし綺麗にならないのであれば、その存在が消え失せるまで削り取るなりなんなりしても良いと師である先生は言っていた。


《最初は耳や鼻から削ぐのが良いんですよね?》


『私に聞かないでわよ。ユニバンスのメイド道は圏外よ』


《そうですか》


 軽く鎌を振るって確認する。


 狙った二人の標的からは、耳と……鼻は失敗した。

 相手の顔に大きな傷を作ってしまった。大失敗だ。


「まず耳から削り取ることにしましょう」


『好きにしたら~』


 ポーラは好きにすることにした。




~あとがき~


 時間稼ぎを命じられたポーラは…だから絶対に弟子入りさせる場所を間違えたでしょう?

 ポーラは真面目なメイドさんなので一生懸命掃除するのさ!

 そうこれは掃除であって一方的なあれではありません。あれでは無いのです。




© 2022 甲斐八雲

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