なら一発行こうかしら?

 神聖国・都のとある宿の外



 酷いなり。

 助けてあげたのに尻を蹴られるとは何たる無礼か?


「お前はもう少し礼儀って物を覚えた方が良いと思うぞ?」

「自分を『変態』などと言うお前にだけは言われたくない!」

「おいおい。そろそろ自分が変態だと認めなさい」

「あん?」


 物凄く凶悪な視線でランリットがこっちを見て来る。厳密に言うと睨んで来る。


「はい。良いですか~。貴女は相手が祝福持ちだと知れば直ぐに服を脱がせたがる変態です~。それを変態と言わずに何を変態と言うのか説明なさ~い」

「だから違う! あれは観察の範囲内だ!」

「はっ」


 僕は露骨に肩を竦めてみせる。


「変態って言い訳ばかり上手なんだよね」

「殺す~!」

「うわ~。変態が逆上した~」


 とりあえず出しっぱなしのハリセンを元に戻し、ついでにノイエに視線を向ける。

 彼女は僕と姉が一緒になって遊んでいるように見えるのか、ずっとこっちを観察している。ならば呼ぶのは簡単だ。


「ノイエも一緒に」

「はい」


 女の子の介護に飽きだしていたのか一瞬でノイエが移動してきた。


 本当に規格外の移動速度だ。

 おかげで周りに居るマッチョたちが過剰反応を見せて僕らから離れた。


「何して遊ぶ?」

「ん~」


 まずそっちの凶悪な姉をどうにかしないと。


「ノイエはそのお姉ちゃんを抱きしめてあげなさい」

「はい」

「で、だ」


 ランリットの祝福で相手は数を減らしている。

 まだ死人は出ていない様子だが……死んで無いのね。筋肉って意外と装甲厚いのか。


「ウチの姉の戦闘力もある程度把握したんで、そろそろ終わらせたいんだけど良い?」

「終わらせる?」

「ほい」


 リーダー格のマッチョが僕の声に怪訝な表情を浮かべる。


「だってあの変態、僕らの中だと一番弱いよ?」

「弱いだと……?」


 衝撃の事実を聞かされたと言いたげにマッチョが思わず頭を抱えた。

 頭を抱えたんだよね? 何かしらの筋肉ポーズじゃないよね? 本格的に筋肉酔いしそうだ。


「そ」


 ランリットの攻撃と言うか祝福は確かに凄いけど羽毛を武器にしている限りは人を殺せない。

 的確に急所を狙えば無理じゃないかもだけど、ランリットはその手の攻撃は行わない。たぶん根が優しいのだろう。それか人を殺せない理由でもあるのか。


「だから僕らがオッサンたちを全員殴り飛ばす前に話だけでもと思ってね」

「……殴り飛ばす?」

「ほい」


 何故ビックリしているのですか? 僕の中では決定事項ですよ?

 と言うかね。


「そろそろ大人しく会話しているのが面倒になって来たんだけど?」


 腰の剣に手を置いて僕は正面から相手を睨んだ。


「お前らの覚悟なんぞ知るか!」


 はっきりとそれだけは告げる。


「弱い者を斬り捨てないと達成できない時点でお前らは戦うべきじゃないんだよ」


 必死の覚悟? ふざけるなだ。


「必死の覚悟って言うのは自分の身を投げ捨てる覚悟だ。周りを巻き込んで何かをする覚悟じゃない。それは単なる自爆だ。自爆だったら他所でやれ!」

「……」


 僕の声に相手の表情がみるみる赤くなる。


「知ったような口を叩くな! お前に我らの何が分かる!」

「分かんないね! でも分かりたくもないね!」

「何を?」


 ああ。知りたくもない。


「お前らの考え方は僕の信念と大きくかけ離れたものだ。百の言葉で説明されても理解なんてできない! 出来る訳がない!」


 一度息を、呼吸を整える。


「僕らは弱者を踏み台にしてことをなそうだなんて絶対にしない! そんなことをすればノイエが絶対に悲しむからしない! つまりアンタらは僕らの敵だ!」


 交渉決裂でも何でもいい。ぶっちゃけあんな小さな女の子を殴り飛ばしてでも何かをしようとする人たちとは一緒に何かは出来ない。はっきりと告げよう。


「今すぐ逃げるなら見逃してやる。でもまだ戦うって言うならウチの本気を見せるけど?」

「本気? その女性の“祝福”がお前たちの本気であろう!」


 だから違うって。ランリットはこの中だと僕の上ぐらいの実力何だった。

 最下層なのは僕ですけど。


「その祝福以外に何があるという!」


 ありますよ? と言うかよく我慢してるな。


「……キレた魔女」

「は?」

「だからキレてるであろう魔女」


 怪訝そうな相手に僕は額に手を置いて頭を振る。

 この馬鹿者たちはそろそろ逃げるべきだ。何よりあの魔女が良くここまで我慢したとも言える。


「ウチには根が優しすぎる魔女が居ます。たぶん僕に迷惑をかけるからとか、後々面倒なことになるとか、そんなことを頭の中で考えて自分の感情に蓋をする大変不器用な魔女です」

「何を言っている?」


 理解はできないよね。だってこの言葉はマッチョに言っている訳じゃない。


「と言うか僕的に女の子を殴るとか絶対に許さないのです。小さな子は頭の1つでも撫でてあげて笑顔にしてあげるのが大人の使命であり、治世者の使命だと思います」

「治世者の?」

「はい」


 だから、


「弱い僕の代わりに一発やって貰っても良い?」

「……それで人を呼び出すのが許せないわね」


 冷ややかな声にマッチョの視線が動く。

 抱えていたランリットを足元に落とした赤毛のノイエが無表情でその場に居た。


「責任なんて取らないわよ?」

「範囲指定で」

「面倒ね」


 そうしないと周りに被害が出るでしょうが?

 軽く睨むように視線を向けたら先生……軽く息を吐いて微かに笑った。


「なら一発行こうかしら?」


 あの表情は……たぶんキレている。




「怪我人を連れて引け!」


 その現象にムッスンは迷うことなく退却を命じた。


 有り得ない。あんな魔法……本当に魔女だとでも言うのか?


 だがあの赤毛の女性が放った魔法は辺り一面を腐敗させた。

 石も木も何もかもを融かして見せたのだ。


 敵対などできない。あれは絶対に敵に回してはいけない存在だ。


「ムッスン様!」

「何だ!」

「衛兵がこちらに」

「ちっ!」


 部下の報告に彼は激しく舌打ちをする。

 想定の範囲内だ。だが相手の動きが早すぎる。たぶん自分たちに監視が付いていて……つまり彼らのあれも全て見られていたということになる。


《拙い。これでもし右宰相派が彼らを味方にでもしようものなら?》


 自分たちとの友好は絶望的だ。完全に敵対関係になってしまった。

 こうなるのであれば宰相陛下に出向いてもらっていれば……それは無理だ。彼が動けば右宰相は軍を差し向け鎮圧を計る。そうなれば劣勢な我々の負けは確定だ。


《こんな時に知恵者であった同志ハウレムが居ればっ!》


 左宰相派で唯一の知恵者であった者はもう居ない。

 残るは知よりも武を誇る者たちばかりだ。


「衛兵が隣の区画まで!」

「急いで退却する! 退路は!」

「然り」

「なら」


 傷ついている仲間に肩を貸しムッスンは命じた。


「退却だ」


 迷うことなく一斉に彼らは逃げ出した。

 持ち運べない証拠になりそうな物は、あの赤毛の女性が作り出した腐敗の沼に投げ込んでだ。




「ノイエ」

「なに?」

「空腹で」

「はい」


 抱えて運んでいる姉の口に食べ物を押し込む妹の姿……どうして感動ではない違った涙が?

 ランリットの口にブスブスとノイエが食べ物を押し込んでいるのが悪いとも言えるが。


 僕らはポーラを先頭に退却を選択した。


 確かに外部との接触を願ったがあれはダメだ。見ている景色が別次元だ。

 こうなると色々と辛い。また別の接触を待つべきか?


「つかこの都の派閥とか謎なんですけどね!」


 思わず声にして不満を吐き出す。


「アルグスタ様。吠えてないで確り持ってください」


 へいへい。人使いが荒い。


 担架の片側を預かる僕にアテナさんが文句を言って来る。しかしこれは仕方ない。あのまま女の子を捨てて行くことはできない。よって事前に担架を作って準備していた悪魔に感謝しつつ、僕らは完全に尻尾を巻いて逃走中だ。


「にいさま」


 今度はポーラか。


「なに?」

「このままだとかこまれます」

「本気で?」

「はい」


 ポーラが言うからには事実か。だがこのまま素直に捕まってしまっても良いのか?

 現状僕らには色々と荷物が多い。多すぎる。


「考える時間を作れる?」

「すこしなら」

「宜しく!」


 ポーラに時間稼ぎをお願いし、僕らは走っていた路地裏の通路を曲がって停止した。




~あとがき~


 主人公は相手が交渉に値しない相手と判断しました。

 まあこの主人公の性格を考えればそうだろうね。



 今週末はもしかしたら休載するかもです。

 執筆時間が全く確保できません。確保出来たら書きますが、現状リアルが多忙過ぎて、何時間残業になるか分からず何時間の早出になるのかも謎なので…落としたらごめんなさい




© 2022 甲斐八雲

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