お姉ちゃんの凄いのを!

 神聖国・右宰相屋敷



「失礼します」


 嬌声が支配する室内に無骨な声が響いた。


「無礼であろう?」


 ベッドの上に居た屋敷の主は、行為を止めて室内に姿を現した秘書官に目を向けた。

 優秀だが融通の利かない男だ。だが優秀だからこそ我慢して使い続けている。


「お楽しみのところ申し訳ございません。我が主よ」

「なに用か?」

「はい。左宰相派に向かわしていた“目”が大至急お目通りとのことです」

「……時間を考えぬ馬鹿のばかりだ」


 お楽しみの最中に邪魔をされ、秘書官に呼び出された屋敷の主人はすこぶる機嫌が悪い。

 彼はイライラした様子で寝室を出て応接室へと移動した。


 報告に来た部下たちが控えている横を過ぎ、椅子に腰かけ近習の者が持って来たガウンを肩にかけ足を組んだ。


「それで何だ? つまらぬ用であれば……」


 許さないという言葉はあえて使わない。

 自分の部下がそこまで馬鹿では無いという自信もある。


「左宰相派が動きました」

「……ほう」


 それはここ数日で最も心躍る報告であった。


「あれが直接動いたか?」

「いいえ。ですが腹心のムッスンの他に主だった者たちが」

「ほほう。それは思い切りの良い」


 向こうは元から数の少ない派閥だ。あれが左宰相に成れたのもしいて言えば自分が『敵』になりえる存在を処分し過ぎたからに他ならない。そのおかげで宰相に成れたというのに……その幸運を忘れ余計な欲など持たなければ長生きも出来たはずだ。


「ならば兵を差し向けよ」

「宜しいのですか?」

「構わんだろう。理由など後から何とでも出来る」


 今は敵の実働部隊を潰す方が先決だ。


「ムッスンとやらの首を持って来い。それとあれらの仲間の首もだ」

「はっ」


 部下はその指示を受け一礼し場を後にする。

 気分を良くした彼はゆっくりと立ち上がり、悠然とバルコニーへ向かい足を進めた。


「何を焦って動いたのかは知らないが馬鹿なことを」


 本当に愚かしい行為だと彼は思う。

 こうして退治されることも分かっていただろうに……何故長生きする道を選ばないのか?


「人の命は時が決まっているのだ」


 誰もが知る事実だ。人間とは生まれ出でた瞬間から死に向かい突き進んでいく生き物だ。否。生物の大半がそれに該当する。

 だからこそ長生きを望み少しでも残された時間を引き延ばそうと努力する。


「何故それが分からんのか?」


 本当に理解に苦しむ。

 自分の時を延ばす為であればどんな努力を惜しんではならないのだ。

 それが他者の時間を奪うことになろうとも、自分の時間を延ばす為なら諦めるしかない。


「何故それを理解しない。本当に愚かな者たちだよ」


 彼は笑い慌てて自分の口元へと手を運んだ。


「風呂だ。まず風呂に入る」

「はっ」


 近習の者に声をかけ彼はバルコニーを離れる。


「それから先ほどの続きをする。準備させておけ」

「はっ」


 肩に掛けていたガウンを近習に渡し、彼は全裸で廊下を進む。


 何にせよ今宵は大いに楽しめそうだ。

 何せ気分は良い。気分はとても良いのだから。




 都のとある宿の外



「軽い脳震盪ね。このまま安静にして冷やしてあげて」

「はい」


 同行者の女性は布を水で冷やし患部に当てている。今できる処置としては最良だ。足らないのは冷たさだけだから……ため息交じりに“詠唱”し、氷塊を何個か作り出した。


「それと姉さま」

「なに?」


 怪我した少女をその背中から抱え込んでいる姉は、ある意味でいつも通りだ。

 色々な意味で徹底している。完璧だ。 


「抱えてたら寝かせられないでしょう? だからって抱えたまま姉さまが横にならない。胸を枕にしない。ぴったり収まって良い感じとか自慢げに見せつけない。このっ!」


 無自覚な姉の行為に内なる妹が全力で涙している。

 流石にそんな状況では刻印の魔女も呆れるしかない。


 ただこの姉はやること全てが破天荒であるが、その実愛情が詰まっているから文句は言っても行動自体を止めるのは少なからず抵抗を覚える。

 不器用と言うか……何と表現すれば良いのか悩まされる。


「せめて添い寝する程度になさい」

「はい」


 正しい姿勢を伝えればその通りにはする知能もある。

 本当に色々と間違っているだけで決して馬鹿では無いから厄介なのだ。


「なら私はあっちに行くから」


 立ち上がり刻印の魔女は開いている片眼を同行者へ向けた。そしてポンとその肩に手を置く。


「姉さまが暴走しないように見張ってて」

「えっと」

「見張ってて」

「……はい」


 十分すぎる圧をかけて説得をした。これで大丈夫だ。


「さてと。あっちはどんな具合かな?」




《面白くない》


 相手は決して馬鹿では無いらしい。

 仲間を潰しての情報収集……下策ではあるが現状効果を発揮している。おかげこちらの手札は暴かれ攻撃を当てにくくされている。


 ならこちらも?


 一瞬視線を動かし掛け、ランリットはそれを我慢した。

 それは安易だ。安易すぎる対応だ。それをすれば確かに楽になる。ただそれだけだ。


《……本当に馬鹿ね》


 今更何に対しての自戒なのかとランリットは胸の内で苦笑する。

 そんなことなど気にせずに楽に走れば良いものをとも思う。


《人間楽ばかり望めば不幸になるのよ》


 だからこそ努力は必要だ。

 そう言って要領よく手抜きをする妹を戒めていたのだ。


 でももうそれを言う相手はいない。


 自分が間違って殺してしまった。殺してしまったようなものだ。

 ただ妹は遊び盛りだった。そしてそれは時間など関係しない。朝であろうと深夜であろうと。


 あの日も祝福の研究をしていた。

 自分が持つ力が、どうして自分が持って妹には無いのかが不思議だった。


 夜も遅く両親も寝静まっていた。

 あの日は確かに寝ていた。3人目の子供をとは考えていない様子だった。


 ただ妹は違った。

 昼寝をしすぎた妹は深夜に目を覚ました。

 彼女は寝静まっている両親の元には向かわず、離れ……と言っても古臭い道具置き場を改造して自室にしていた自分の所へ遊びに来ようとしていたのだ。


 運悪くその日は新月だった。

 月明かりは辺りを照らすこともなく、小さな庭も薄暗いままだ。


 普段の妹なら迷うことなく言いつけを守っていただろう。

 でも真っ暗な庭が彼女には“怖い”場所に映ったのだ。


 言いつけを守らず妹は“真っ直ぐ”に小屋へと向かった。

 庭に仕込まれた落とし穴……祝福を持つ自分を付け狙う貴族たちの強引な勧誘に対する脅しのために仕込んでおいた自分の祝福込みの落とし穴の上を通過して。


 大きさを大人用に作っていた。

 だから幼い妹は間をすり抜け……大人なら軽く足を怪我する程度の罠も妹には化け物が口を開いたかのような効果を発揮した。


 悲鳴が聞こえ慌てて小屋を飛び出し、崩れている地面の底でそれを見た。

 自分の祝福の上で無残に横たわっている妹の姿をだ。


 誰もがあれを事故と言った。

 でも違う。認められなかった。

 あれは自分が犯した罪だ。悪行だ。だからこそ許せない。


 死のうとして首を吊ったが縄が切れて助かった。

 それからはベッドの上でゴロゴロし……気づけばあの施設に居た。


 死にたいという気持ちよりも何もしたくないが勝っていた。

 もう本当に何もしたくなかった。


『お姉ちゃん。すごいの見せて』


 我が儘な天使が自分の前に姿を現すまでは。




 クスリと笑いランリットは顔を上げた。敵は少数だ。


「見せてあげるわノイエ!」


 軽く息を整えランリットは自身の周りに存在する羽毛に祝福を流す。


「お姉ちゃんの凄いのを!」




~あとがき~


 ランリット自身は人を殺していません。殺していませんが、




© 2022 甲斐八雲

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