マッチョは撮るのにっ!

《何処が自慢するほどのこともない祝福よ》


 パーパシは自分の膝を抱きしめそれを見ていた。


 妹の目を介し覗く世界……外の様子は昔と変わらずに酷い物だ。

 力の無い少女が暴力によって頬を張らせている。それを介護する者たちとてまた女性だ。


 戦いは昔から男性の物であり女性たちはその戦いに巻き込まれ涙する。昔から続く悪しき流れはいつの間にかにその様子を変えていた。今では力ある者が弱者を一方的に攻撃するのが主流だ。

 現にああしてランリットは一方的に弱者を攻撃している。


《何処にでもある他愛もない祝福ね》


 あれの何処が他愛も無いのか?


「ねえワンコ魔女」

「……」

「冗談だから涙目でこっちを見ないでよ」


 若干扱いが面倒臭くなって来た術式の魔女は『ワンコじゃないもん』とずっと拗ねてはいるが、それでもその目は外の様子に向けられている。涙目のままだけれども。


「あれってどんな祝福だと思う?」


 パーパシが問うた理由は簡単だ。自分の知識ではあのような祝福が思い浮かばない。

 しいて言えば昆虫の女王にも見える。蜂の女王だ。羽毛を兵士に見立てれば説明できる。

 ただあくまでランリットが扱っているのは『羽毛』だ。何処にでもある羽毛だ。


「……たぶんだけど」


 拗ねながら魔女は口を開いた。


「ランリットは2つの祝福を持っているのよ」

「……」


 思いもしない声にパーパシは軽く目を見開いた。


「たぶん1つ1つは大した祝福じゃないのかもしれない。でも2つを同時に扱えば」

「それがノイエの眼前のあれと?」

「かもしれない。あくまで仮説よ」


 拗ねる魔女は立てている自分の膝に頬を預けた。


「私はランリットが死にそうな体験をしたとか知らないしね」

「そうね」


 確かにそうだ。パーパシもそれを認め自分の膝に頬を預ける。


 自身も祝福を持っているパーパシだがそれはあくまで1つだ。決して強くもない使い勝手の悪い祝福だ。

 その1つを手に入れたのはただの偶然だ。祝福を持って生まれただけでしかない。


 そしてそれ以外に祝福をるためにはもう1つだけ方法がある。

 死の淵から蘇った者が極稀にその力を手に入れるのだ。


 つまり祝福を2つ持つ者は、その2つの出来事がその身に起きた者とも言える。


「前にだけれども……」


 ポツリとセシリーンがそう切り出した。


 アイルローゼとパーパシはその声に顔を動かす。

 何も見えない……盲目の歌姫はいつものように目を閉じ、それでも妹の視界に顔を向けていた。


「施設で誰かが呟いているのを聞いたことがあるわ。『私は妹を殺した。だから自分も殺した』と」

「それがランリットでも?」

「さあ」


 軽く肩を竦めて歌姫は苦笑する。


「あの頃の私はそこまで周りの人たちに関心なんてなかったから」

「それもそうね」


 魔女の呆れたような声音にパーパシも苦笑した。


 そうだ。あの施設に居た頃なんて誰もが他人に何て気を配っていなかった。

 唯一の存在はノイエだ。彼女はあの場に居た者たちと接点を持ち愛されていた。


「でもそれがランリットだと言うのなら納得できるわね」

「どうしてアイル?」


 魔女の声に歌姫は問うた。

 アイルローゼは軽く背伸びをすると、治りかけでブニブニとしている自身の両腕に眉をしかめる。


「もしノイエがあんな姿にされたら貴女たちはどうする?」

「「……」」


 余りにも簡単な問いかけに逆に答えに困る。


「少なくとも私だったら腐海の1つでもぶっ放してから話し合いかしらね?」

「それって話し合う相手が残っているの?」

「さあ」


 軽く肩を竦めて魔女は笑う。


「そんな些細なことを気にするほど正気を保っていられるとは思えないしね」


 最も過ぎる言葉に歌姫もパーパシも苦笑するしかなかった。




 神聖国・都のとある宿の外



 あれはズルいな。

 見てて心底思う。あれは何てチートだろう? どうすればあんな力を生み出せるのだ?


「ヘイ解説!」


 パンパンと手を叩いて待つと、荷物を抱えたポーラが宿から飛び出してきた。

 一瞬ランリットに視線を向けてから迷わずこっちに来る。


 あっちのあの暴力はスルーですか?


「およびでしょうか?」

「悪魔に解説を頼もうと思ってね」

「って、今から観戦の私に無理を言う」


 でも若干嬉しそうな声は何だろう?

 抱えていた荷物を地面に下ろし、悪魔を宿した妹様が僕の横に立った。


「ん~。たぶん祝福2つの同時使用ね」

「同時?」

「ええ」


 足元に落ちている羽毛を摘まみ上げ、悪魔はそれを指で挟んでクルクルと回す。


「この羽毛を支配する祝福とこの羽毛を武器にする祝福かしら? 具体的な名前は分からないけれど見ている限りそう判断するしかできない」

「無い胸を張って自慢げに言う割には根拠の薄い」

「薄い胸は余計よ~!」


 プンスコ怒りながらも悪魔の視線は動かない。

 ランリットたちの……と言うかマッチョさんたちに向けて熱い視線? さっきからゴソゴソと何を取り出そうとしている? まさかの録画道具ではあるまいな?


「落ち着け変態!」

「なっ!」


 慌てて悪魔を後ろから抱きしめ制する。


「どこ触っているのよ!」

「夢も希望も詰まっていないうっすい胸」

「妹がマジ泣きしてるわよ~」


 全くポーラは、胸の大きさなんて気にしなくても君には良い所しかないんだから。


「ポーラにはアイルローゼを見習って胸の大きさなんかに動揺しない淑女になって欲しい」

「あの魔女が一番気にして動揺すると思うんだけど?」


 大丈夫だって。ことあるごとに先生のちっばいを褒めて来たから、もう彼女が小さいだの薄いだの言われても怒ったりはしない。


「ウチの先生を甘く見ないで欲しい」

「……ワンコ」

「何よ?」

「うん。ちょっとした嫌がらせ」


 僕に抱えられて悪魔がニマニマと笑っている。時折ワンコと呟き……ワンコ?


「で、あの祝福って?」

「ん~」


 撮影を諦めた悪魔がランリットを凝視する。

 また1人打ち倒したね。


「魔法での再現は可能だと思うけど?」


 別にそんな気持ちでの質問では……可能なの?


「どのレベルの魔法使いなら?」

「おたくのワンコ魔女」


 だからそのワンコって何よ?


「アイルローゼクラスなら他だと無理じゃない?」

「ん~。この大陸で再現できるのは数人ぐらい?」


 それってほぼ不可能なのでは?


「うち3人は伝説クラス?」

「それだと大陸に1人か2人レベルやん」


 つまりアイルローゼじゃないと再現不可ですか?


「出来なくはないわよ。ただ研究に膨大な時間を要するってだけで」

「……」

「あのワンコならきっとあれを見ながら頭の中でどの魔法を流用して再現できるのか考察ぐらいしてるわよ」

「なるほど」


 本当に先生は頼りになる。


「で、そのワンコって何よ?」

「後で本人に聞きなさい」


 本人って先生に?


 先生と犬とがうまく結びつかないんですが……そう言えば前に先生に犬耳と尻尾を付けてワンワン言わせたことがあるな。あの時はノイエも一緒に犬になって実に楽しい時間でした。


 今回の一件が終わったらまた別荘に行って……僕は学んだ。まずはホリーだ。ホリーを呼んで、ファシーを呼んで、後は順番を間違えると厄介な人は居ないか?

 それと体力を残しておかないと死ぬ相手はレニーラか。

 この3人を最優先とし、それ以降先生とか比較的穏やかな人を呼ぼう。そうしないと僕が死ぬ。


「で、あの研究家は何をあんなにブチギレているの?」

「ん?」


 抱えている悪魔の質問に簡単に説明すると、悪魔は僕に屈むよう指示をする。

 軽く抵抗したら踵で脛を蹴られたので大人しく従う。


「その子の様子を見て来るからあれの様子を撮影しておきなさい」

「録画していたのかっ!」


 頭の上に何かしらの何かを置かれた。見えない録画装置だと? 何てチートなっ!


「後でこの魔道具を貸してくださいっ!」

「……何に使うのよ?」

「えっと」


 あれとかそれとかこれとか?


「レポートにして提出しなさい。私の心の琴線を揺らしたら貸してあげるから」

「マッチョは撮るのにっ!」

「当り前でしょう」


 ノイエたちの元へ向かおうとしていた悪魔は立ち止り振り返る。


「私の趣味よ!」


 うわ~。この悪魔、心の底から腐ってやがる。




~あとがき~


刻印さんは腐っているから刻印さんなのですw




© 2022 甲斐八雲

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