人を殺すには最も適した祝福だからね

 神聖国・都のとある宿の外



「アルグ様」

「ほいほい」


 マジギレしているランリットと彼女の背後に展開されているあれにマッチョたちが全員臨戦態勢になっている。


 腰のベルトから下げている剣を手に……何故だろう? マッチョだったらそんな普通サイズの剣では無くて大剣を持って欲しい。

 ウチの馬鹿兄貴を見習えと言いたい。アイツはその辺だけは理解している。


 皆の視線がランリットに向いている隙にノイエが預かった少女を抱えて僕の元へ来た。


 少女を受け取り……放しなさいノイエ。放す気が無いのね? ならちゃんと抱いてなさい。

 傷ついた顔を確認するが、何回か殴られているのか両頬が腫れている。ちょっとどころかかなり酷い怪我だ。どれほどの力で殴りつけたのか。


「大丈夫?」

「分からない」

「むう」


 僕は医者じゃないから拗ねられても困る。


「でもきっと大丈夫だよ。リグが居るからね」

「ん?」


 貴女は少し自分の姉を理解しなさい。思い出すようにしてあげなさい。泣くよ?


「小さいのに大きい人」

「はい」


 そう言うと思い出すのね。ノイエのリグの認識はそれなの?


「ノイエから見て小さくて大きい人ってどんな感じ?」

「お姉ちゃん」


 少女を抱え直しノイエが相手を片手で持つ。空いた手は自分の胸元に運んで行き、


「胸がこんなお姉ちゃん」


 大きさを強調した動きであったとだけ言おう。

 ぶっちゃけ大玉スイカを越えてバランスボールですかというほどの大きさであったけれど、やはりノイエはリグのことを胸の大きさで把握しているみたいだ。


 僕らが遊んでいる隙に2つの動きが発生していた。


 1つはアテナさんがバケツを抱えて跳んで来た。布を浸して少女の顔を冷やしだす。

 うむ。ならこの子の面倒は貴女たちに一任しよう。僕ですか? 決まっています。


 体ごと位置を変えてそっちを見た。


 あれの何処がインドアの研究職かと言いたくなる。


「あれってチートだろう?」


 笑えないレベルの暴力的な祝福がマッチョたちに襲い掛かっていた。




 ランリットは部屋を出てからのんびりと廊下を歩いていた。


 借りた部屋から拝借した枕を抱え辺りの様子を見ながら進む。

 大きな物音が鳴り響いているはずだが他の宿泊客は部屋に籠っている様子だ。この辺はこの国のお国柄なのかもしれない。危険を前に挑むのではなくて守りに徹する。

 嫌いでは無いが激動の時代を知る身としては何て悠長なとも思う。


「ん?」


 感覚で廊下を進み、階段を降り切った場所でランリットは足を止めた。

 自分の進行方向の先……階段の踊り場にそれは居た。まだ幼い少女だ。


 少女はこの宿の従業員だったはずだ。確か部屋に食事を運んでいた。ノイエが底なしの食欲を見せて追加で注文した食事を笑顔で運んで来てくれた。

 そんな少女が踊り場の床の上で捨てられた人形のように転がっている。転がっていた。


「あっくぅ……」


 軽く眩暈を覚えランリットは自分の額に手を置いた。


 大丈夫。これは違う。これは違う。これはあの日の出来事じゃない。


 グルグルと頭の中を目まぐるしく回る画像を拒絶し、震える足で相手に近づく。

 床に片膝をついて少女の首元に手を伸ばす。脈はあった。


「……そうか」


 言いようのない安ど感から大きく息を吐き、軽く相手の肩を揺すってみる。

 大きく腫れた頬が邪魔をし、少女は僅かにしか瞼を開くことができない。


「大丈夫かね?」


 努めて優しい声を発する。コクンと頷いた少女は震える唇を動かし伝えて来た。

『逃げてくださいお客様。自分が襲撃者たちに部屋の場所を伝えてしまいました』と。


「それを伝えるために?」


 ランリットの声に少女は泣きながら頷いた。


 自分が襲撃者の暴力に屈して客室の場所を告げてしまったことに責任を感じ、朦朧とした意識の中でここまで来て力尽きたのだという。


「そうか。頑張ったね」

「で、も」

「大丈夫だ」


 微笑みかけてランリットは少女を背負った。


 こんな風に誰かを背負うのは幼き頃のノイエ以来だ。

 それよりも前は……自分が殺めた妹だけだ。


「案ずるな。自分の妹は強い」

「……」

「だから寝てればいい」


 ゆっくりと立ち上がりランリットは運んで来ていた枕を掴み乱暴にそれを割いた。

 中から大量の羽毛が溢れる。


「それにノイエの手を借りる必要もない」


 眼前の羽毛に対しランリットは自身の祝福を与えた。


「自分の祝福は他愛もない物だが……」


 本当に他愛もない能力だ。


「人を殺すには最も適した祝福だからね」




「ガガガガガっ!」


 仲間の1人が声を上げて崩れ落ちた。


 マッチョリーダーことムッスンは、その様子に戦慄しながら手にした剣を固く握る。

 恐怖の余りに掌の汗が止まらない。


《化け物か……》


 そう言わざるを得ない。


 あの様な魔法をムッスンは知らない。

 異国の魔法という可能性もあるが、ただ相手は詠唱など一度として発していない。何よりその服装からして魔道具を隠しているとも思われない。つまりはそれ以外の力だ。


《……あれがそうなのか》


 右宰相派が血眼になって探し求めている存在。

 孤児の救済を訴え行っている人の所業とは思えない非道な事業。


 その全てがあのような人物を探し出すための物であると……その情報をどうにか得た。


《確かに欲するわけだ》


「うがっ!」


 また1人悲鳴を上げて崩れ落ちる。

 不用意に相手の間合いに飛び込んで返り討ちにあったのだ。


 ただ部下の蛮勇にも理由がある。相手の間合いが分からないのだ。


《羽毛だよな?》


 そのはずだ。相手の背後に蠢いているのはただの羽毛のはずだ。

 たぶん布団や枕に使われている類の羽毛だ。それを武器にしている。


《なるほど。同志ハウレムよ》


 ムッスンは理解し口角を上げた。


《この場をやり切り彼女を仲間にせよということなのだな》


 亡き同志の課題をムッスンは理解した。そんな事実など無いのに勝手に理解した。


「我らの底力を見せろ! この程度に屈するようでは大願など果たせぬぞ!」

「「おお!」」


 声を上げ彼らはまた剣先を相手に向け直した。




~あとがき~


 ランリットの祝福に付いては後々説明します




© 2022 甲斐八雲

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