筋肉の鎧が無かったからだ!

 神聖国・都のとある宿の外



「おぉう……」

「どうだ? この素晴らしい大胸筋は?」


 どうだと聞かれてどう返事をすれば良いのだ?

 僕の辞書に筋肉の良しあしを記載したページは存在していない。


 助けて変態!


 後ろを振り返ってみたが……アテナさんは恥ずかしそうに両手で顔を覆っている。

 ただその指の隙間から弾む大胸筋を凝視しているのは間違いない。


「変態令嬢! 貴女の好きな筋肉です!」

「誰が変態ですかっ! 誰がっ!」


 あん?


「露骨に指の間から筋肉を見ているお前だお前!」

「違います!」


 手で顔を覆ったままでアテナさんが叫ぶ。


「確認です!」

「何のだっ!」


 最近この娘も随分と開き直るようになって来たな。マジで。


「私のことを悪く言うなら隣で凝視している奥さんはどうなんですか? 私以上に見つめているじゃないですか!」

「あ~」


 その事実を指摘するのか?


 チラリとノイエに視線を向けると、確かに彼女は見つめている。

 いつも通りの無表情でジッと見ている。


「呆れて身動き一つとれない状況なだけです」

「違いますっ! 絶対に奥さまもそちらの筋肉に興味を持ってます!」


 何て恐ろしいとを言うのかな?


「ウチのノイエはそんな女じゃない!」


 断言しよう。ウチのノイエは筋肉の類に興味など、


「アルグ様?」


 まさか……?


 恐る恐る顔を向けたらノイエは僕のことをジッと見ていた。


「気持ち悪い」

「よっしゃ~! それでこそ僕のお嫁さんだよ!」


 思わずノイエを抱きしめて頬擦りする。

 本当に僕のお嫁さんがマッチョラブ派なとでなくて良かった。


「ほれ見たか変態。や~い変態」

「ぐぬぬぬぬ~」


 勝敗は完全に決した。僕の勝ちである。


 結果として筋肉ラブ派なアテナさんの1人負けだ。お前などあっちのマッスル祭りに参加して油まみれにでもなって来るが良い。


「ふはははは~! どうかね客人よ!」


 リーダーっぽい人がバキバキの背筋を披露して来る。

 ごめん。出来たら止まって話し合いを求む。


「どうやら貴殿はこの筋肉の本当の意味を理解していない様子だな!」


 暑っ苦しくてグロ画像な部分は認識していますが?


 愛しいお嫁さんを抱きしめ頬擦りしながら、マッスル自慢をしている人たちに冷ややかな視線を向ける。例え異世界であっても筋肉を自慢するポーズは地球と似たり寄ったりらしい。見覚えのあるポーズが次から次へと披露され、筋肉酔いしそうです。


「我らは戦士である!」


 はあ。


「一度戦場に赴けば頼れるモノは自分の体のみ。故に鍛える!」


 間違ってはいない気がするけど……何か大きく間違っていない?


「それに貴殿は知らんであろう!」


 何が?


「この国ではふくよかな女性が好まれるのだ!」


 何故か全員がビシッと動きを止めてポージングして来た。

 それが各々の一番いい筋肉の見せ方ですか?

 ノイエさん。判定をどうぞ。


「気持ち悪い」


 ですよね~。

 だが相手は屈しない。ノイエの無表情ツッコミにめげない。

 また次のポーズを決めて見せた。


「この程度の肉体が無ければ妻を抱けんのだ!」

「……」


 大変静かに僕らはアテナさんに視線を向けた。

 諦めず両手で顔を隠しながら筋肉を凝視しているこの国出身の令嬢は、僕らの視線に気づいて……露骨に慌てだした。


「大丈夫です。愛があれば!」

「愛など重量の前に押し潰される!」

「それでもです! それでもウチの場合は父様が母様を抱えて……」


 何かを思い出したのかアテナさんの動きが緊急停止した。


 言いなさい娘よ。旅の恥は搔き捨てと言います。旅の恥にしてしまいなさい。


「……腰をやってしばらく歩けませんでした」

「「然り!」」


 マッチョたちが息を吹き返した。つまりそう言うことだろう。


「故に我々は体を鍛え続けて来た。これが本来この都に住む者の嗜みである!」


 あれ? でも今日この場所に来てから見かける男性は全体的に細いよ?


「それはそうであろう! この肉体を作り上げるのにどれほどの月日が必要か分かるか?」


 分かりたくありません!


「あの者たちは己を鍛えることを止めて楽な方へと突き進んだ……つまり堕落したのだ!」


 マッチョじゃなければ堕落って極端じゃない?


「その証拠に神聖国の精鋭部隊がとある小国を攻めて返り討ちにあったという」

「……」

「何故負けたか分かるか!」


 えっと……。


「「筋肉の鎧が無かったからだ!」」


 違う! 絶対に違うぞそれ!


「だから負けたのだ!」


 意地でも筋肉で片付ける気か?


「だがそれは好機である」


 ん? 何か風向きが変わったか?


「我らが大願を果たす好機である」


 相手はマッチョマッチョしているけれど一応会話が成立している。

 つか君らは筋肉を見せつけないと会話ができない生き物なのかね? 傍迷惑だよ?


「この国の女王陛下を暗殺する!」

「はい?」


 余りの唐突な展開に流石の僕もビックリだ。


「何度でも言おう!」


 言うのは良い。胸のピクピクを止めて。


「この国を弱体化しおぞましい儀式を繰り返す女王陛下を暗殺する!」

「……」


 どうやらこの人は、この人たちは本気らしい。

 こんな街中で声を大にして言えば後で調べを受けて下手をすれば首ちょんぱでしょうに。


「で、僕らに何をしろと?」

「手を貸して欲しい!」


 バクンバクンと大胸筋を揺らしながら彼はそんなことを言って来る。


「ふむ……どうして?」

「決まって居よう。今回の小国攻め……その被害者である君らはその恨みを晴らすためにここに来たのであろう? 我らはこの国の者ではあるが小国攻めにはかかわっていない。だからこそ手を結べるはずだ」

「……」


 敵の敵は味方理論か?

 ぶっちゃけ関わってなくてウチを攻めた国の人ってだけで一発は殴り飛ばしたいところだけどね。


「君らはこの国で何をする!」

「……とりあえずこの都を廃墟にでもしようかと思ってたけど?」

「「はい?」」


 流石に筋肉が止まった。


「だからこの都をね、廃墟にしようかと」

「「……」」


 突然円陣を組むなって。

 この手の無茶振りは交渉の場の武器だろう? 君たち交渉の類はしないの? 全部その筋肉通話で済ませているの?

 嫌な通話だな。


「それは困る!」


 胸を張りリーダーっぽい人がはっきりとそう告げて来た。


「なら交渉決裂かな?」

「何故だ!」


 何故って仕方ないやん。話し合いは平行線だしね。


「君らは同志ハウレムが遣わした切り札であろう!」

「はい?」


 思いもしない名前に僕は慌てて後ろを見る。

 そっちも何も想定していなかったのか、アテナさんが若干顔を隠していた手を降ろし……それでも顔の下半分を隠している。もう丸見えやん。


「故にあの服を! あの少女に服を着せ、みぎゃっ!」


 絶叫していた筋肉が筋肉の下敷きになって筋肉サンドを披露する。硬くて食べにくそうだ。


「ねえ……ちょっと良いかな?」


 話し合いをしていた僕らの元に冷ややかな声が響いて来た。

 良く見ればそれはランリットだ。あれ? 何でランリットが宿から出て来るの? 僕と一緒に荷物のように抱えられて……ノイエを見ると珍しく慌てた感じで辺りを見渡している。想定外と言いたげだ。


 ただ彼女は初めて見る表情をしていた。

 冷たくて今にも人を殺しそうな……そんな目だ。


「この子はこの宿で働いていた少女だと思うんだけど?」


 ランリットは静かに歩いて来る。

 彼女が背負っているのは確かに少女だ。確か僕らの部屋に山のような食事を届けてくれた少女の1人だろう。ポーラから受け取ったチップに凄く驚いていた子だ。

 愛らしい表情が将来有望の……ただひと目でその顔が殴られ膨らんでいるように見えた。


「誰が殴り飛ばしたか教えてくれるかしら?」

「「……」」


 禍々しいまでのランリットの圧にマッチョたちが押し黙る。が、


「必要なことだと判断し部下にさせた」


 リーダーマッチョは怯まなかった。

 乗っていた筋肉を退かし立ち上がるや、正面からランリットを見据える。


「少女を殴り飛ばすのが貴方たちのやり方なの?」

「そうだ!」


 彼はギュッと拳を握りしめた。


「我々は勝つためならどんな罪でも犯そう! 必要であればその少女を殴るし拷問にもかける!」

「……」

「それが我らの覚悟だ!」


 うん。何て都合の良い言葉だろうね。


「そう」


 ランリットはノイエを呼ぶと背負っている少女を預けた。


「なら私も本気でやるわね」


 そして僕はそれを見た。


 ランリットの背後に現れた無数の……数えきれないほどのわさわさとした存在をだ。




~あとがき~


 自分たちの大願成就の為なら手段は択ばない。

 それも一つの正義なのでしょうけど…それを見過ごせない正義もあります。

 マジギレしたランリットがヤバい状況です。


 そして枕が消えて…何が起きたのか?



 作者さん無理が祟って風邪気味です。

 ぼちぼち投稿を落とすかもしれませんがその時は生温かな視線を向けるだけで許してください。

 全身がギシギシして頭が痛いです




© 2022 甲斐八雲

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