努めていたら太らない?

 神聖国・都近くの街



 窓際に置かれているテーブルセットを占領し、アテナは飲み物を楽しんでいた。


 テーブルの上では『ニク』と呼ばれている生き物が皿に顔を押し付けて木の実を食い漁っている。恐ろしいほどの食欲だ。あの細君のペットだけはある。底なしのような食べっぷりだ。


 軽く息をついてティーカップをソーサに戻し、アテナは椅子の背もたれに背を預けた。


 平和だ。本当に平和だ。こんな平和はいつ以来か?


 考えたら涙が出そうになる。


 あの夫婦は義理の妹を連れ『ちょっとそこまで』とだけ残して姿を消した。

 残されることとなったアテナは、街の最高級宿で1人優雅に過ごすと言う好待遇を満喫している。あの夫婦が事前に大金を宿屋に預けて行ったらしく、『それで足らなかったら戻って来たら払うんで』と言って大金を預けたと言う。


 店の人に聞いた話だと普通に10日は過ごせる金額だと言っていた。

 宿の最上級サービスをすべて満喫しても6日は過ごせるとか。


 でもアテナは信じなかった。


 あの夫婦の親切など気っと恐ろしい出来事の前振りだ。

 長くは無いが密度の濃い旅をして来た。そして骨の髄から学んだ。あの人たちは絶対に信じちゃいけないと。


「アナタものんびりできて良かったわね」

「?」


 テーブルの上に座り込み木の実をこれでもかと頬袋にため込んでいるリスと言うこの生物は……ためた木の実をどうするのだろうか?

 店の人に言えば大皿に山盛りで木の実など出て来る。それなのにため込んでしまうのは生物としての本能なのか、それともこのリスも危険を事前に察しているのか?

 そう考えたら自分も食料を保存しておいた方が良いのだろうか?


 軽く悩んで……アテナはとりあえず現実逃避を継続した。


 こんな生活はそうは出来ない。

 アブラミ領主の両親は基本節制に努めていた。努めていたはずだ。努めていたと思う。努めていたのか?


「努めていたら太らない?」


 ハタと気付いてその可能性に思考を巡らせる。


 食事以外は質素だった。服などは傷んだら手直しをし使い回した。家具なども新品を買うのは夫婦喧嘩で破壊した時ぐらいだ。それだって最高級品など買わない。ちょっと高いぐらいの物だった。

 装飾品はたまに領主として購入するぐらいだ。


 贅沢とは無縁だったが……アブラミの街は決して貧しい街では無かった。

 神聖国と他国の交易の窓口として存在する街だ。

 都から見れば僻地であるが、それでも商業に栄えた都市だった。


《なら貯蓄されたお金は?》


 もしかしたら倉庫に残されたままかもしれない。それを狙っての襲撃だったのか? それとも本当にあの夫婦を狙って……だったら何て命知らずな人たちなのだろうか?


 この場所に来るまでにあの夫婦、特に細君の想定外の活躍は吐き気を催すほどに見て来た。

 あれはもう人の領域の外に居る存在だ。あんな化け物が普通に他国に行けるユニバンスと言う国は絶対に敵対してはいけない国だ。

 自分が国の中枢に伝手があるなら全力で『友好を結ぶべき』と進言する。


「そんな伝手も何も無いんですけどね」

「?」

「何でもない」


 こっちを見つめて首を傾げる生物の頬を突いて……頬袋の中の木の実の感触に何とも言えない面白さを覚えた。

 これは凄い。本当に凄い。


「アナタは本当に面白いわね」

「?」


 言葉は通じないが色々と苦労を共にして来た仲間ではある。


 ただそんな仲間であるがこのペットは今回留守番を命じられた。いつも持って歩いている不思議な球は彼らの義理の妹がスカートの中に押し込んでいた。

 何をどうしたらあれが収納できるのか疑問に思うが未だに謎は解けない。

『女性は秘密がいっぱいなのです』と言っていたが……そんな女性な自分ですら謎だ。まったく分からない。どうしたらあんな大きな球が?


 そう考えたアテナは顔を真っ赤にして自分の手を頬にあてた。


 あれと言えばあれは凄かった。良くもあんなものが……そう考えれば確かに女性のあそこは秘密でいっぱいだ。

 自分と対して背丈の変わらない細君があんな立派なものを受け入れるのだから。


「いつか私もあんなな立派なモノを?」

「……」

「何ですか? その蔑んだような目は? どうして肩を竦めるんですか?」


 ひと通りの反応を示したニクは限界まで頬袋に木の実を詰め込んでいた。もうパンパンだ。一体どこに運んで隠すのだろうか? この場に巣穴は無いはずだが?


「ところでアナタの飼い主は」

「帰ったで~」

「……」


 バタンと扉が開き荷物を抱えた……どれほど抱えているのだろうか?

 細君など荷物を背負い過ぎで入り口に引っかかっている。何をそんなに……今『モォ~』って声がしたのは気のせいだろうか? まさか生は無い。無いはずだ。


「あれ? アテナさんだけ?」

「はい?」


 あっさり部屋の中に入って来た人物……アルグスタはひと通り見渡した。


「てっきり男娼でも呼び込んで」

「何を言うんですかっ!」

「興味津々でしょ?」

「そりゃ……って何を言わせるんですかっ!」


 プンスカ怒るアテナをアルグスタは静かに両手を向けて宥める。


「複数の男性を呼んでハーレムが出来るように大金預けておいたのに」

「あのお金はその為だったんですかっ!」

「それ以外に何が?」

「色々とありますよね!」

「つまりまだ呼び込む男娼の吟味が終わっていないと?」

「吟味なんてしません! って私を何だと思っているんですかっ!」

「ムッツリ娘の覗き魔?」

「……はうっ」


 自分の胸を押さえてアテナは卒倒した。

 反論が出来なかったのだ。仕方ない。事実だからだ。


「ふむ……で、ノイエ?」

「大丈夫」


 強引に荷物を室内に入れ込んでいるノイエに彼は呆れた様子で肩を竦めた。




~あとがき~


 ニクと一緒に留守番をしていたアテナさんは平和な時を過ごしました。

 とても平和です。ここ何日と味わえなかった平和でした。


 まあ平和って終わるものなんですけどね。

 ってことで、ユニバンスの問題家族が神聖国に戻ってきました




© 2022 甲斐八雲

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