あの子は甘やかすと図に乗るわよ?

 神聖国・都近くの街



「もう少し」

「ノイエ?」

「大丈夫」


 大丈夫って……ただ横着を止めれば一件落着な気がするんですよね? 旦那さんとしては。


 部屋の入り口で引っかかっている荷物をノイエがグイグイと引っ張っている。

 その荷物の反対側では呆れ果てた様子を見せているであろうポーラが全力で押しているはずだ。時折『も~』と牛のように不満げに鳴いているから間違いない。


「荷を解いて部屋に入れたら?」

「……」


 壁とかが壊れる前にそのことを告げると、ノイエの動きが止まった。


「……片付けるのが面倒」

「今一瞬何かを飲み込んだよね?」

「気のせい」

「ノイエさん?」

「疑うアルグ様は嫌」


 うほっ! 僕の心に大ダメージだ。


 一発KOされたので僕はそのまま椅子に座り込んで真っ白な灰になる。

 燃え尽きちまったんだよ……真っ白だ。


「あの~アルグスタ様?」

「……」

「大丈夫ですか?」


 空気を読んで出来たらタオルを投げ込んで欲しかった。

 そんなギャグが通じないケツ顎娘ことアテナさんがこっちを見つめている。


「なに?」

「はい。えっと買い物をしに出ていたのですか?」

「まあね」


 結果としてそんな風になった。


 ただ今ノイエが部屋の中に入れようとしているのはその辺の露店を巡って買い漁った物だ。

 厳密に言えばこの宿に向かう道中、バザーと言うか掘り出し物市的な会場と遭遇した僕らはそこに立ち寄った。買い物をした。全力でだ。


 悪魔が出て来て買い漁ったのだから仕方ない。大半が壊れた魔道具……ジャンク品のようにも見えたが悪魔が言うには『だからこそ良いのよ。壊しても精神的なショックは少ないし、何より中身は生きている物が多いから』とだけ言って暴走だ。


 荷物持ちをしてくれたノイエが居なかったら輸送が出来ずに終わっていただろう。

 代わりに僕が飲食の露店を何往復もしてノイエに食料の供給をし続けることになったが。


「でしたら昨日からはどちらに?」

「ちょっと家に戻ってました」

「……はい?」


 アテナさんがカクンと大きく首を傾げた。

 何故理解しない? 君の頭はお飾りか?


「ユニバンスに戻って情報収集と現状報告。それとノイエが消化した食料補給などして……どうしたアテナさん? 目を白黒させて?」

「えっと……なら1日でここからゲートまでの距離を往復したんですか?」


 そっちの意味で驚いていたのか。納得しました。


「流石にそれは無理だね」

「ですよね。もういくらなんでも冗談が、」

「だから転移魔法でこの街の外から一気に」

「……」


 アテナさんの動きが凍り付いた。見てて面白いな。


「転移魔法?」

「はい」

「それはあれですか?ここから私が知るアブラミの街に移動できる魔法なのですか?」

「ここからユニバンスまでだね」

「……」


 顔から血の気を失いアテナさんが卒倒しかけている。


「何をどうしたらそんな伝説のような魔法がっ!」

「ノイエが居れば出来ちゃう感じ?」

「なんて化け物なっ!」

「失礼だな。ウチの可愛いお嫁さんに対して」


 絶叫するアテナさんは中々に、人格が崩壊してきたな。


「ウチの国って召喚の魔女が残した魔道具とか沢山発掘されているんだよ」

「召喚の魔女“様”の?」


 ん?


「様?」

「はい?」


 僕の問いにアテナさんが首を傾げる。


「今、召喚の魔女様って言ったよね?」

「はい」

「どうして?」

「それは……」


 軽く視線を巡らせたアテナさんが、室内を一周するほど頭を巡らせてから僕を見た。


「長い話になりますよ?」

「短くしようとして諦めた?」

「そんな感じです」

「なら物凄く簡単に言うと?」

「えっと……」


 また視線を巡らせてアテナさんが考え込む。

入口の方では廊下側からポーラが部屋の中に突進し続けている音が聞こえる。たぶんこっちの会話に興味を持った悪魔が暴走しているのだろう。で、ノイエさん?貴女はどうしてそこで荷物を押さえて外からの突進を防いでいるのですか?


「挑まれたら戦う」

「戦わないの。早く荷物を部屋の中に」

「むう」


 拗ねる理由が謎過ぎる。

 それでもノイエは荷物を引っ張り入れて……勢い余ってポーラが部屋の中に転がりこんで来た。クルクルと綺麗な前転で僕の足元まで来て停まる。

妹よ。どうしてそんなに綺麗に開脚をして下着をアピールしているんだい?


「お兄様のエッチ。スケッチ。ワンタッチ」

「悪魔よ去れ!」

「のほ~」


 テーブルの上に存在していたティーカップを掴んでその中身を足元の悪魔に振りかけた。


「兄様のせいで濡れ濡れよ!」

「間違っていないが言葉が足らないっ!」

「兄様に濡らされたわ!」

「確かにな!」

「兄様にけがされたわ!」

よごしはしたな!」

「本当に人の屑ね」

「屑の人に言われたかないわ」

「なるほどなるほど。お前の血は何色だ~!」

「お前と同じ色だ~!」


 テンションアゲアゲで悪魔と掴み合いの喧嘩をする。

 とりあえずベアークローで僕が勝ちを治め……で、何の話だっけ? 今日も寝不足で途中から深夜テンションに突入してたよ。


「そうそう。召喚の魔女だ」


 三大魔女の中で一番伝承の少ない存在……それが召喚の魔女だ。

 僕が思うにどこぞの馬鹿従姉と同じで引きこもっていたに違いない。召喚魔法を使う奴なんて大半がボッチで友達の居ない寂しい生き物に決まっているからだ。




「ヘクチッ」

「どうかしたんですか?」

「たぶん気のせい」


 小さく鼻を啜ってグローディアは軽く自分の体を震わせた。


「風邪なんてひくわけないしね」

「そうですね」


 軽く頷いてマニカもまた手にしている鏡に視線を向けると魔力を流し込んだ。


 本当に有意義な会話が出来た。

 何より自分は『王女』と言う存在を勝手に神格化していたことに気づいた。


 故に今のマニカから見てグローディアは“元”王女ではあるが畏怖の対象ではない。

 しいて言うなれば実は意外と話しやすい同じ年頃の女性だ。


「またノイエ?」

「ええ」


 相手の言葉に素直に応じ、マニカは可愛い妹分の視界に目を向けた。

 大量の食べ物が視界を埋め尽くしている。


 流石我が妹だ。本当に底なしだとマニカは感心すらした。


「あの子が困っているなら手助けぐらいしてあげたいですから」

「ほどほどにね」


 苦笑しながらグローディアは髪を掻き上げる。


 十分に気晴らしは出来た。

 今なら行き詰った部分を突破できそうな気がする。


 壁に書いている魔法式に目を向け、肩越しにマニカを見る


「あの子は甘やかすと図に乗るわよ?」

「知ってます」

「そうよね」


 2人して笑い、それぞれの作業へと移った。




~あとがき~


 三大魔女の中であまり語られていない存在…それが召喚の魔女。

 だって彼女は色々と問題がありまして、人前に出たがらなかったから。


 ですが神聖国には彼女の伝承が伝わっています。

 最初に本編で書きましたが、神聖国を作ったのが召喚の魔女ですからね。

 で、手伝ったのが刻印さんです。でもあくまでお手伝いです。お手伝い




© 2022 甲斐八雲

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