閑話 32

《本当にあの馬鹿は魔女で遊ぶのが好きね。兄様は》


 それは椅子に腰かけ眼前に浮かぶ外の様子に目を向けていた。


 幾重にも浮かぶ映像を一度集めて整理する。

 簡単に言えば並べただけだが……普通ならこんなに大量に呼び出すことなどできない。魔力が足らない。

 本当に便利な体だ。食事を与えていれば無尽蔵で魔力が湧いて来るのだ。

 魔法を操る者としてこれ以上便利な存在はいない。おかげでこんな無茶が出来る。


 幾重にも投射している映像をスクロールし、今一番確認しておきたい人物を探す。


 居た。


 相変わらず鏡を手にして妹の目を介し外の様子を見つめている。

 ただ時折自分の髪に手を伸ばし回復具合を確認している様子は間違いない。

 監視と休養を兼ねているのだろう。


《あの王女様の突飛な発想は使えるから研究の邪魔をされないようにと人避けの魔法をあの周辺に展開しているから、もうしばらくは見つからないと思うけれど……》


 一番の脅威は黄色いフワフワと舞姫と言う存在だ。

 あの2人は人が良いのかお節介なのか、魔眼の中を巡回し皆の様子を確認して回る。

 つまり王女の所へ辿り着く可能性が最も高い。


 現状黄色は液体となり身動きは不可能だ。

 そして最強の封印魔法の使い手を失った中枢の防衛は魔女と舞姫が担っている。移動することは考えにくく、またその場に居る魔女がそれを許さないだろう。

 魔女は前回の“自分”が使った魔道具に触発され、この所ずっと頭の中で何やら考えている様子が見て取れる。行き詰っている様子だったから気分転換に外へ出るように誘導したが、違うモノを“外”に撒き散らすとは思わなかった。何事もやりすぎは厳禁だ。


 何よりあの魔女は才能の塊だ。

 新しい魔法が魔道具か……本当に天才なのだから、出来たら同時に両方作って貰いたいものだ。


《天才と言えば》


 映像をスクロールしそれを見つける。


 魔剣を作り出すふざけた存在は、必死にその場から逃げ出そうとして痺れていた。

 毒発生装置が傍に居るから仕方ないが、いつの間にやら2人とも上半身が回復していた。下半身がまだグロ画像だから歩きまわれないが……ボチボチ“自分”を出向かせて腕の骨を折っておく必要があるかもしれない。


 痛覚は切ってあるから問題ないだろう。

 ただ偽りの体でも本来あるべきものが欠損していると認識するだけで痛みを感じるのだから、本当に人の体や精神とは謎多きものだと教えられる。


《それにしてもここの住人と来たら……本当に自分たちが何で生きているのか理解しているのかしらね?》


 内心で愚痴りそれはまた映像をスクロールする。

 深部と呼ばれている場所は阿鼻叫喚の死体の山だ。何人か生き残ってコソコソと過ごしているが……あれ? あれは何だ?


 動かしていた手を止めてそれは確認する。


 突進を繰り返す女性の腰にしがみ付く存在。必死に何処かへ向かおうとしている小柄な女性を制している様子が手に取るように見て取れる。

 確かあの腰に抱き着いているのは祝福持ちのはずだ。『分身』だか『分裂』だか少し見てみたくなる類の祝福のはずだ。

 そんな人物が必死に制しているあの小柄な人物は誰だろう? 見たことがない。


 本当に魔眼の深部はブラックボックスの類かと疑いたくもなる。

 が、理由は明らかだ。監視の目が届かない。

 膨大な魔力による干渉が、現魔眼保持者の唯一無二の問題とも言える。


「誰か」

「何よ?」


 呼べば誰かしらの“自分”がやって来る。

 本当に面倒臭そうに……仕方ない。相手は自分なのだから。


「この小さいの知ってる人って居る?」

「……知らないわね」


 自分がそう言うならそうなのだろう。

 つまりあのマニカとか言う面白存在と同じで深部に隠れていた人物の可能性がある。


 一度深部に侵入して全てを確認するべきか?


 うん。無理だ。そんな面白くない面倒なことをする“自分”など居ない。


「どう見る?」

「面白そうかな?」

「よね?」


 自分との相談は終わった。

 この小柄な人物は観察対象に決定だ。暇な“自分”の誰かが観察し始めるだろう。


 やって来た“自分”とついでに軽く手を叩き合って情報を共有し……『何をしているんだ自分?』とツッコミを入れたくなった。

 本当に好き勝手に暴走と呼んで良いくらいに各々が衝動的に行動している。少しは秩序というモノを……そんな物を理解する“自分”じゃないことぐらい“自分”が一番良く分かっている。

 言うだけ無駄だ。従う訳がない。流石“自分”だ。腹立たしい。


「と言うか宝玉を使って外に出れば良いんじゃないの? 何で使わないの? 馬鹿なのあの魔女?」

「私もそう思う」

「そうよね? 姉様の痴態なんてもう珍しくないんだから、出来たら魔女自身が噴きなさいよ」


 不満と愚痴が口から溢れた。


 ここ最近彼女らは宝玉を使わない。

 理由は確認する必要もない。何かの時に備えているのだ。


 もしここで『もう数日は大丈夫だ』と確証を得れば舞姫辺りが飛び出しそうだが、確証が得られていない現状ではあり得ない。

 何だかんだで善人の集まりなのだ。この場所は。


「本当にここに住んでいる人たちってお人好しばかりよね」

「だから魔眼に入れたんじゃないの?」

「それもそうね」


“自分”の言葉に納得しそれは片足を抱き寄せた。


「ねえ?」

「何よ」


“自分”の問いに椅子に座る人物が答えた。


「あの馬鹿が言う通り……誰かが壮大なシナリオを描いていると思う?」

「どうかしらね」


 その問いかけに座って居る人物は苦笑した。


「あの馬鹿姉妹は策謀の類なんて絶対に用いらなかった」

「姉は脳筋だし」

「妹は病んだし」

「なら犯人は“私”かしら?」

「違うわよ」

「そうよね」

「だって私は」

「怠惰だし」


 つまりそう言うことだ。


「そうなると第三者の可能性が出て来るんだけど?」

「はん。あの青髪巨乳に匹敵する、もしかしたらそれ以上の知恵者?」

「相手にしたくない存在ね」

「私に同意」


 そんな厄介な相手など構ってはいれない。


「あくまで私の狙いは始祖よ」

「あの馬鹿を殺さないと」

「この世界が終わる」

「そう言うことね」


 やれやれと呆れながら立っていた“自分”が肩を竦めて立ち去ろうとする。


「ねえ?」

「何よ?」

「……勝てるかしら?」

「知らないわよ」


 立ち去ろうとしていた人物は足を止めて振り返る。


 椅子に腰かけ“全て”を観察している“自分”は……いつからあの場所に留まり続けているのか分からない。下手をすればこの魔眼が出来てからずっとかもしれない。それはつまり、


「負ければこの世界が無くなるだけよ」

「そうね」

「それとも今更“自分”の罪を、あの行いを後悔しているの?」

「どの行いよ」

「そうね……」


 反省し懺悔すべき事柄は大量にあり過ぎて絞れない。


「しいてあげれば『神殺し』かしら?」

「あれは始祖の馬鹿がやったことよ」

「でも手を貸した」

「そうね」


 その通りだ。

“自分”の言う通りだ。


 あの時はあれが正しいと思い手を貸した。貸した結果はどうなった?


「ある意味で賛成しなかった“冥府”の魔女が正しかった」

「そうね。でも仕方ないわよ」

「確かにね」


 止めていた足を動かし“自分”が立ち去ろうとする。


「彼女は、始祖は……馬鹿な“神滅”の魔女はその名の通り神を滅する存在なのだから」

「ええ。だから私は手を貸した」


 また立ち止まり彼女は、魔女は……振り返りニタリと笑う。


「だったらその名の通りこの世界に厄をばら撒けば良い。そうでしょう? “厄災”の魔女」

「その通りよ」


 それが自分の本来の通り名だ。

 名が示す通りこの世界に厄をばら撒けば良い。


「どうせ世界を亡ぼすことに抵抗なんて無いでしょう?」

「抵抗はあるわよ」

「どの程度?」

「……作り直すのが面倒だと感じる程度には」

「そうよね」


 クスクスと去ろうとしている“自分”が笑う。


「貴女はそんな女よ。麻衣。だから魔女になった」

「そうね。その通りよ」


“自分”が立ち去り、1人残った存在はまた画面に目を向ける。


 何も変わらない。何も変わらない。


 過去から続く出来事の延長……終わりの始まりがまた始まるだけなのかもしれない。


「でもね」


 ポツリとそれは呟いた。


「もういい加減リセマラにも飽きたのよ。だからスタートしたいの。いい加減ね」




~あとがき~


 今回に関してはノーコメントでよろ!



 それと『第3回HJ小説大賞前期』の結果が出ました。

 力及ばず最終選考止まりでした。応援して下さった皆様には本当に感謝です。

 これからも応募はしていくので、完結するまでに書籍化されれば良いなw


 執筆は続けていきますので変わらないご声援を頂ければと思います。




© 2022 甲斐八雲

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