高速詠唱はらめ~!

 ユニバンス王国・王都郊外ドラグナイト邸



「……ぐすっ」


 膝を抱え……られていない先生が、立てた両膝に顔を押し付けて泣いている。

 あの姿を見て『可愛い』とか思っちゃう僕も大概なのかもしれない。姿形が愛しいノイエだから特にそうなる。こればかりは仕方ない。


 諸悪の根源たる悪魔は掃除を終えると部屋から去って行った。

『明日はお昼に出発の予定だから夜更かし厳禁よ? 兄様も姉様もね』と余計な言葉を残してだ。


 その気はない。

 はっきりと明言しよう。今夜の僕にその気はない。

 何故ならもう眼福状態だ。負けん気の強い先生と怪しげな魔道具が重なり合うと恐ろしい化学反応が……大変良い物を見ることが出来ました。


 調子に乗って対ホリー用の拘束魔道具まで使い先生の自由を奪ったのが特に良い。あれですね。強気な女性が陥落する様子って見ててゾクゾクしてしまいます。

 悪魔のヤツが今夜の全てを録画していることに期待しよう。


「先生?」

「……ぐすっ。来るな。ばか」

「はいはい」


 近づこうとすると怒るので距離を取ってベッドの上に座る。

 別に相手に近づく必要はない。今夜はただの相談だ。会話が出来れば問題ない。


 座った姿勢のまま背中を後ろへ倒すと、先生の傍で横になる格好となった。

 相手の足が届く距離だ。機嫌を悪くしたら蹴られる可能性がある。まあ蹴られるぐらいなら甘んじて受けよう。それほどに良い物を見せて貰った。


「実は今日フレアさんも相談したんだけどね」


 そう前置きをして僕は今日お城で話したことを先生に伝えた。

 途中で先生が『聞いてたし』とか言い出したが、それでも最後まで語る。

 ただ時間を稼いでるだけです。先生が自身の恥ずかしい出来事、やってしまった失態を飲み込んで消化するまでの時間を作りたかっただけです。


 全てを語って……さてどうするかな。


「僕としてはこのまま神聖国で暴れて良いのかちょっと考えちゃったりしているわけです」


 もし誰かが壮大なシナリオを描いていて、僕がそれに従い行動している……どこぞの異世界転生な物語かとツッコミを入れたくなるけどね。

 でも一度そう思ってしまうと気になって仕方ない。


「……疑ってるんでしょ?」

「はい?」


 普段のトーンで先生が声をかけて来た。


「そんな壮大なことができる人物は私たちが知る限り3人くらい。その内1人を私たちは良く知っている」

「うん。まあね」


 3人……それは伝説に存在する三大魔女のことだろう。


 確かに彼女たちならそれぐらいの壮大シナリオを描けるはずだ。

 何よりその中の1人を僕らは良く知っている。


「でもね先生。僕はあの馬鹿が主犯とは思ってない」


 一番の容疑者とも言えなくはないけどね。基本あの悪魔は愉快犯だ。


「……理由は?」


 何と言えば良いのやら。


「あれは策を用いるタイプの敵じゃない。僕らが育ち切った所で姿を現して『どちらかが滅びるまでやりあおう』とか馬鹿なことを言って喧嘩を売って来る類の阿呆だと思う」

「……そこまで馬鹿じゃないと思うけれど?」

「そっかな~」


 僕としてはあの悪魔はラスボスになりえる存在だが、『突撃だ~!』と突っ込んで来る脳筋タイプだと思っている。

 何と言うか精神的な脳筋だ。精神が脳筋だ。志が脳筋なのだ。


「何よりあの馬鹿が策を用いるなら自分が楽しめる方向で、それもすべて観察できる場所で行うはずだよ。……先生。爪先で頭を突かないで」


 グリグリもダメです。観察で何かを思い出しましたか? 大丈夫です。あれは結構可愛かったから僕的には満点です。先生ってば本当に乙女なんだから。


「だからたぶんだけどもし何かを企んでいるなら……」


 残りの2人になる。始祖と召喚の魔女だ。悪魔が言うには双子の姉妹らしい。


「下手をすればその2人の協力だってあり得る」

「そうね」


 あの~先生? グリグリは止めて貰えて助かるんですが、足の指の裏で僕の頭を優しく踏み踏みするのも止めて貰えますか? 新しい何かしらの性癖が目覚めてしまいそうです。


「でも馬鹿弟子」

「はい?」

「本当に良いの?」


 膝に顔を押し付けていた先生が体を起こしこっちを見た。

 何処か冷ややかで……出会った頃の術式の魔女を思い出す。あの頃の先生は本当にツンツンで大変だったな。


「良くはないよ」


 だからこそ悩んでいるんです。


 僕らがここで引けば……神聖国から一番近いゲートはユニバンスが押さえている。

 そう簡単に兵を派遣することはできないし、また攻めて来たとしても返り討ちは楽だ。


 悩みはあの国が子供を奴隷にしていることだ。

 その理由は祝福持ちを探しかもしれないが、奴隷となった子供らの未来は決して明るくはない。絶望よりも深い闇だろう。人生が終わるのだから。


「貴方は本当に優しすぎるのよ」

「そうかな?」

「そうよ」


 フッと先生が鼻で笑って来る。


「他国のことなのだから無視すれば良いのよ。そうすれば少なくとも貴方が苦しまなくて済む」

「それは~」


 知らなければ無視できたんだけど知ってしまったからね。出来ません。


「だから甘いって言うのよ」


 と、膝を横に倒し先生が立ち上がろうとしてバランスを崩し……頭突き~! 鳩尾に頭突き~!


「もう! 腕が使えないって本当に不便ね!」

「先生。怒る前に謝罪は?」

「謝罪? 弟子の癖に生意気よ!」


 何ですと?


「私のクッションになれたんだから、って馬鹿弟子! そこはまだダメ!」

「素直に謝れない人にはお仕置きです」


 ここか? ここが良いの……うわっ? マジか?


 僕のお仕置きに先生の顔が見る見る真っ赤になった。そしてポロポロと涙を落とす。


「もう死ぬ~! 貴方を殺して私も死ぬ~!」

「早まるなアイルローゼ!」


 ブンブンと両腕を振り回し暴れるアイルローゼを抱きしめて制圧する。

 ふう。危ない危ない。


「落ち着こうアイルローゼ」

「ぐすぐす」

「大丈夫。そんな時もあるって」

「ぐすっ」

「あ~。それにその体はノイエの物だから先生とは違うかもだし」

「……」


 ヤバい。慰めの言葉が尽きそうだ。

 こういう時は男らしく相手の全てを受け入れてあげれば良いんだ。そうに違いない。

 嘘偽りない気持ちで、相手の目を見て真っ直ぐな言葉で。


 先生の両肩に手を置き先生の顔を真っすぐ見つめる。

 彼女も泣き顔を落っこちに向けて来た。


「大丈夫だよ先生。たとえ鯨のように噴いたとしても僕の気持ちは変わらない!」

「……死ね~!」

「何故に~!」


 真っ直ぐ気持ちを込めて告げたのにアイルローゼが暴れ出した。


 どうして僕の気持ちが伝わらない? たとえ先生が特殊な性癖に目覚めたとしても僕は変わらずに愛すると……高速詠唱はらめ~!




~あとがき~


 アイルローゼの身に何があったのかは…ご想像にお任せしますw


 壮大な何かを企んでいるとしたら誰が行っているのか?

 主人公たちは伝説の三大魔女を怪しみます。当たり前です。1人を知っているから。


 ただあの3人ってそこまで頭は良くないのよね~




© 2022 甲斐八雲

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