家族思い

「にゃあぁ~!」

「……」


 まただ。また前を行く猫が狂いだした。発狂して壁に突撃を繰り返している。

 猫の習性にそのような行為があるのかは知らないが、目の前の猫は猫の格好をした人間だ。人間なら壁に向かい突撃することもあるだろう。


「ねえ猫?」

「シャーっ!」


 激突した壁に弾かれ床の上を転がる猫が激しく暴れている。

 床を叩いて自分の中の感情を発散しているのだろう。最近までは魔法を壁に叩きつけていたが、回数が増えて魔力の消費が激しくなってきたことに気づいたらしくそれはしなくなった。

 代わりに物理的に感情をぶつけている。


「そろそろ自分が人間だと思い出したら……ファシー?」

「ニャー!」


 猫の姿をした人……少女のような背丈の人物の名をファシーと言う。

 ユニバンス王国においては恐怖の代名詞『血みどろファシー』と呼ばれ恐れられている殺人鬼だ。


 ただ彼女が殺人を犯したのには理由がある。精神的に操られ暴れたのだ。

 公にはそう言うこととされ、ファシーは一応『被害者』と云うことになってはいるが、彼女に殺された者たちの家族や親戚らがそれを納得するわけがない。

 ただ相手が悪すぎるから復讐に発展することもない。


 暴れる子猫のように床を叩いているファシーを呆れながら見つめるのは、ユニバンス王都で名の知れた殺人鬼だ。長い青髪を持つ胸の大きな美人……名をホリーと言う。

『死の指し手』ホリーと言う完全犯罪を実行していた殺人鬼だ。彼女の場合精神支配など関係なく自分の意思で罪を犯していた。むしろ精神支配のせいでその罪が露呈したのだ。


 知と美に優れたホリーは豊かな胸を支えるように腕を抱いて眼前の猫を見る。

 暴れてる。まだ暴れている。


「闇雲に捜索してるから見つからないのよ」

「ニャー!」

「だから私の指示に従って捜索すれば」

「シャー!」

「……本当に駄猫ね」

「フゥー!」


 駄目だ。何を言っても聞く耳を持っていない。

 猫は気ままで自由だと聞くが、目の前の猫は……ある意味間違っていない。


 問題は捜索に適していない今の状態だ。


 軽くため息を吐いてホリーは手近な壁に背中を預けて腰を床に下ろした。

 落ち着いてしまうと空しくなるから……はい。空しくなって来た。


 何で自分はこんな場所でしたくもないマニカ捜索の手伝いをしているのだろうか?

 そもそもこの猫が1人で探せば良いものを強制的に手伝わされている。と言うか延々と引きずり回されている。おかげで魔眼の色々な場所に足を向け、今まで知らなかった通路などを知ることも出来た。


 生活をしているうえでそれほど気にしていなかったが、この魔眼は本当に広い。

 たぶん一周と言うか隈なく歩き回るとユニバンス王国が丸ごと入ってしまいそうなほど広大だ。


 でも実際はノイエの眼球でしかない。可愛い妹の左目だ。


「人の目玉がこれほど広いだなんて……」


 呟きながらホリーは思考する。


 実際は自分たちが小さくなっているのだろう。そう考えなければこの魔眼の説明が付かない。

 妹の異世界召喚のように別の場所に広大な空間が存在していて……と言う可能性も拭いきれない。だがそんな効率の悪いことをあの性悪な魔女がするとは思えない。

 小さくした自分たちを右目の中に飼っている方が楽なはずだ。


「実際は違うのでしょうけどね」


 自分たちの本体はノイエの右目に存在している。こっちの場合はたぶんとしか言えない。

 そしてその右目で眠る本体と今の自分たちが何かしらの魔法で繋がっている。故にどんなに死んでも潰されてバラバラにされても生き返ることができる。時間はかかるが生き返るのだ。


《だって死んではいないのだから》


 壊れた魔道具が自動で直る……そんな感じでしかない。異世界の知識がなし得る何かだろう。


 考えれば考えるほど馬鹿らしい話だ。

 ここまで来ると自分たちが一体何の実験をさせられているのかとすら思えて来る。


 でもあの魔女はそれをする。

 理由など分からないがそれをする。

 人を人とは思わないような感じで実験を行うのだ。


《実際私たちのことなんて人と思っていないんでしょうけどね》


 あの魔女ならあり得ることだ。


 と……静かになったので視線を向ければ、床の上で転がっていた猫が動きを止めていた。

 ジッと自分の方を伺っている。


 ゆっくり顔を動かし背後を見るが、当たり前だが壁しかない。

 背後の壁を再確認し、視線を戻せば猫が目の前まで移動していた。


 無音で素早くだ。


「何よ?」

「なぁ~」


 フードと前髪で顔を隠している猫の表情を見ることはできない。

 ただ甘えたような声を発する存在に……ホリーは言いようのない感じに襲われた。


「嫌よ。私は家族以外に甘えられるのが最も嫌いなの」

「にゃ~」

「だったら中枢にでも戻って歌姫に甘えなさい。もうそろそろ生き返っているはずだか、」


 言葉の途中で猫はホリーの胸に飛び込んで来た。

 慌てて抵抗するが、この猫は変に動ける猫なのだ。本当に魔法使いなのか疑いたくなるほどすばしっこくて、あのカミーラと接近戦をしてしばらく生き残れるのだから十分に狂っている。


 対して戦いに不向きなホリーは接近戦に向いていない。向いてはいないが自身の魔法は別だ。彼女の持つ魔法は彼女自身が自分のために既存の魔法をアレンジしたものだ。

 長い髪の毛を刃にして相手を切り刻む。

 故に飛び込んで来た猫は射程範囲内だ。この距離なら殺せる。


 ザワッと動いたホリーの髪が、胸に顔を埋めて甘える猫に狙いを定めた。


「おかあ、さん」

「……」


 胸元で声がした。猫語以外で聞く久しぶりのファシーの声だ。


「絶対に……許さない……」

「勝手にしてよ」

「許さない……」

「はいはい」


 肩を竦めてホリーは諦めた。


 本当にこの猫は自由で気ままで……何よりも『家族思い』なのだ。


「寝ないでよね」

「……」

「それと吸うのは絶対にダメだから」

「……」


 フニフニとホリーの胸を押していたファシーの手が、残念な感じで離れて行った。




~あとがき~


 魔眼の中を未だ捜索中の2人は…どうして発見できないのかはもちろん理由があります。

 現状マニカが隠れるにベストな場所に居るからです。あの場所はちょっと特殊でして。


 このコンビってどっちも家族思いと言う共通点があるんですよね。

 ただ甘えたいファシーと塩対応のホリーなのでこれ以上の関りは難しそうですが。



 執筆する時間が欲しい…




© 2022 甲斐八雲

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