次のメイド長の座を……

 ユニバンス王国・王都王城内アルグスタ執務室



「しつれいします」


 綺麗に一礼をして小柄……と言うよりも幼い感じのするメイドが入って来た。

 ドラグナイト家の令嬢メイドであるポーラだ。


 何故かいつもと違い若干胸を張って誇らしげに歩く少女メイドに周りの目は大変暖かい。

 後ろで控えるように歩いている先輩メイドなど終始『ほふっ』と熱いため息を吐きだしている。

 ある意味で平和だ。平和過ぎる。


 だがポーラは兄の執務室に入るなり足を止める。

 まず現状の把握が必要だと判断したからだ。


 利き腕以外を残し拘束されている兄が机に嚙り付いて延々とサインを書いている。仕事が溜まっているのだろう。ただそれだったら判子型のサインをポンポンと押すはずだ。

 次いで姉はソファーに座りだらけ切っている。満腹になってからお風呂に入って……そんな感じだ。触角のようなひと房の髪が緊張感とは無縁なほど垂れ下がっている。

 後は兄の部下であるクレアが床に伏して痙攣している。いつも通りだ。


 そろそろ現実を認め、ポーラは部屋の中心に居る人物に目を向ける。


 先輩であるメイド長のフレアが静かに掃除をしていた。

 本当にメイドの鏡のような人物だ。いつでも箒を手に掃除している。

 ただ放っている気配が大変宜しくない。殺気交じりで攻撃的だ。


『貴女のお兄様が何かした方に今夜のおかず全部』


《師匠。賭けが成立しません》


『よね』


 ケラケラと笑う師の声に内心でため息を吐きながら、ポーラは覚悟を決めて止めていた足を動かした。


「フレアさま」

「何でしょう?」


 この場を支配しているのは間違いなく現メイド長だ。

 絶対の自信を抱いてポーラは冷たい感じのする美人のメイドに目を向けた。


「あにやあねたちがもうしわけありません」

「……良いんです。いつものことなので」


 何処か諦めた様子でフレアは清掃を終えて箒を片付ける。


「それで何か御用でしょうか?」

「はい」


 ポーラは部屋にやって来た理由を語った。

 本当なら屋敷に戻ろうとしたが、兄たちが北の門を通過していないと知り城へと来たのだ。


「そうでしたか」


 話を聞いたフレアは納得し、ポーラをソファーに座るよう促す。

 大人しく従いポーラはソファーに腰かけた。


「それでポーラさん」

「はい」


 紅茶の準備を進めながらフレアは後輩メイドに話しかける。


「実はアルグスタ様の承諾を得たのでお伝えしますが、私は貴女が成人したらメイド長の地位を譲ろうと考えています」

「そうですか」


 コクンと頷くポーラの前にティーカップが置かれる。

 芳醇な香りを漂わせるのは流石だ。紅茶の淹れ方に関しては現メイド長の方が遥かに巧い。


 そっと香りを楽しんでからカップを手に取り軽く味わう。

 本当に美味しい。この味がなかなか出せずに日々鍛錬を繰り返しているのだ。


「おいしいです」

「それぐらいでしたら貴女なら直ぐですよ」

「まだまだです」

「頑張ってください」


 少女と向かい合うように……邪魔な元上司が居たのでフレアはエプロンの裏から干し肉を取り出し彼女の夫が居る方へ放り投げる。

 猫もビックリな反射神経を披露しノイエは干し肉を咥えて自分かの夫にそのまま抱き着いた。


「それで私は貴女に次のメイド長の座を……ノイエ様。旦那様の抵抗を止めてください。宜しいです」


 書類を丸めて投げて来るアルグスタをフレアは彼の妻の手を借りて封じ込める。

 本当に納得しない人だ。そもそも先代メイド長が今日明日にでも死ぬと思っているのか?

 あの人は絶対に長く生きる。そう言うタイプの化け物だ。


「わたしがですか?」

「ええ。何度も話には出ていると思いますが」

「……」


 直接言われてはいないが間接的に何度もポーラはその話を聞いていた。

『三代目のメイド長はドラグナイト家の令嬢に決定だ』と。


「うわさばなしでは?」

「噂になると言うことは何かしらの下地があるからです」

「そうですか」


 有無を言わせない先輩の声にポーラはコクンと頷く。


「ですので貴女が成人を迎えたらこの地位を譲りたいのです」

「……」

「どうでしょうか?」


 静かに目を閉じポーラは暫し思考した。


 現時点で13歳の自分に残された時間は約1年半だ。その残された時間で自分がメイド長としての実力を身に着けることはできるか? 無理だ。もう少し時間が欲しい。


「ふれあさま」

「何でしょう?」

「ひとつおねがいがあります」

「……聞きましょう」


 向かい合うように腰かけるフレアに対し、ポーラは静かな目を向ける。

 一度口を開きかけ、ゆっくりと閉じる。軽く唇を舐めてから改めて口を開いた。


「現時点で私の実力ではとてもメイド長を引き継ぐことはできません」


 いつもの舌足らずな口調では無く本来の口調でポーラは答えた。


 その様子にフレアは目を細める。

 もしかしたら拒絶して来るかと思っていただけに相手の反応に少なからず驚きを抱く。


「それで?」


 少しだけ好意的にフレアは相手の言葉を促す。


「はい。出来れば成人してから猶予を頂きたいです」

「猶予ですか?」

「はい。出来れば1年……願わくばフレア様の下に付いて学びたいと思っています」

「なるほど」


 小さく頷いてフレアは思考する。


 本当に目の前に居る少女は賢く、そして自分のことを理解している。

 もし抵抗をしたとしても……それこそこの国から逃げ出したとしても『メイド長』の地位からは逃れられない。下手をすればハルムント家を全て敵に回す。


 それだったら大人しく従う。従い必要な知識を得るまでの盾として自分を使う。


 あのお気楽夫婦の妹とは思えないほどの利発さだ。

 先代であるスィークが欲しがる理由が良く分かる。もしこの子がもっと早くにユニバンス王都に来ていたら二代目メイド長は……それはない。先代はもう現役を続けられるほどの頑強さが無い。


 満身創痍なのだ。


「宜しいです。貴女がメイド長に相応しいと私が判断するまでの間……最低1年は私の元で学ぶことを許します。それでしたらどうでしょう?」

「はい」


 スッと立ち上がりポーラは恭しく頭を下げた。


「宜しくお願いします」




~あとがき~


 何故かフレアとポーラの会話って少ないのよね。

 まあフレア自身自分が次のメイド長への繋ぎだと思っていますし、ポーラとしてはフレアは尊敬すべき人物なので。


 で、とうとう三代目就任の話が出ました。既定路線ですが…正式に就任要請です。

 アルグスタは嫌がりますがポーラとしてはメイドは天職なので拒否る理由がありません。

 だから自分の実力が水準に達していればと…




© 2022 甲斐八雲

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