来て

 ユニバンス王国・王都内商区



「どうでしょうか?」

「まるまるとしていいです」


 繋がれている豚を一目してポーラは自分が抱えている木製のボードに視線を戻した。

 久しぶりのメイド姿となったポーラの前には、前もって買い付けてある豚がズラリと並んでいる。なにぶんドラグナイト家にはお肉大好きな人が居るからだ。だから豚や鳥は生きたまま買い取り餌を与えて育てて貰っている。


 こうしておけばいつで購入できるからだ。

 ただお肉は絞めてからしばらく放置した方が美味しくなる。それが出来ないのは自分たちが現在大陸西部に遠征しているからだ。交渉だったはずが、気づけば戦闘メインだ。

 兄や姉がそれを望んでいるのなら全力で手伝うだけなのがポーラだ。


「とりは?」

「あちらに」


 普段は肉商人でしかない相手に連れられ移動する。

 小屋の中には鶏が放し飼いにされていた。どれも丸々と太って姉が見たら喜ぶだろう。


「ぜんぶです」

「はい?」

「ぜんぶです」

「畏まりました」


 商人は部下に向け小屋の中の鳥を全て、


「ぶたもです」

「……」

「ぶたもです」

「畏まりました」


 ドラグナイト家の専属と化している商人は、現在預けられている商品を全て絞めるように部下に命じた。

 これでまた仕入れて預かり肥えさせておかなければいけない。面倒だが全てドラグナイト家が買い取ってくれるからロスは少ない。

 何より必要経費は全てドラグナイト家が負担してくれる。


「ん~」


 ただポーラは頬に指を当てて少しだけ悩んだ。

 やはり色々と不便だ。


「何か?」


 商人はドラグナイト家の令嬢の様子に恐怖を感じる。

 相手はこの国で有数の大金持ちだ。もし取引を停止されればその損害は大きすぎる。


「うしもおきたいです」

「それは……お客様……」


 少女の悩みはそれだった。

 姉は特に牛を好む。けれど牛の体は巨大でこの商店の庭に置ききれない。

 豚や鳥を諦めれば牛を置けなくもないが……何より牛は巨躯であり、馬と同様にドラゴンが餌として狙うのだ。


 故に庭にそれを置きたがる者は少ない。

 馬などは馬小屋に隠しドラゴンから見れないようにするのが普通なのだ。


《屋敷の近くに小屋を建てて……》


 何度も考えては実現に程遠いことをポーラは思案する。


《問題は姉さまが居ない時ですか……》


 ドラゴンの天敵となる姉が居なければ、屋敷の傍に小屋を建てれば逆にドラゴンに狙われることとなる。


《何か対策を立てられればですが……》


 特に思いつかないので仕方ない。この手の質問に対し師である人物は何も教えてくれない。

『悩みなさい。弟子よ』とだけ告げて来て放置だ。本当に酷い師である。


『どっちが? 学ぶ機会を奪うは師として失格だと私は思うのだけど?』


《何か少しでも手がかりを》


『甘えないの』


《はい》


 師の命令は絶対だ。


 ポーラはため息を吐いて、絞めた豚と鳥を屋敷へ運ぶようにお願いする。

 牛は……ミネルバが商区を走り回り買い付けをしているはずだ。何頭買えるのかは運任せになってしまうが仕方ない。


《姉さまが牛を食べたがらないように願うばかりです》


 補給物資の大半が肉となるポーラの買い付けはいつもこのような面倒が付いて回る。




 王都王城内アルグスタ執務室



「む~!」

「ん? 何ですかこのお漏らし娘? 無駄な抵抗をする気ですか?」

「もむ~!」


 椅子の背もたれに縛り付けられ、猿ぐつわを噛まされているクレアが全力で暴れている。

 ある意味いつものことだ。ウチの執務室だと……これこれメイドさんたち。掃除道具を持ち出すのは早すぎるでしょう?


 まだこの小娘はお漏らしをしていない。

 僕らが来る前にケーキとジュースを楽しんでいたから時間の問題かもしれないが。


「で、クレア君? どうして僕の机に書類の山が?」

「もふ~!」


 僕が向けた手の先には山と積まれた書類が鎮座している。

 今はノイエが僕の代わりにポンポンと判子型のサインを押し書類を処理している。ケーキをパクパクと食べては判子をポンポンだ。左右の手を器用に使って……本当に器用だな。


 本来この部屋に来たのは少し考えたいことがあったからだ。

 馬鹿兄貴との会話と言うか報告を終えて真っ直ぐ……隣のアイルローゼの工房に入ったのは気のせいだ。ノイエがお姉ちゃんの匂いを求めたのです。きっとそうです。ただ先生の工房は日々掃除が入っているので匂いなど全くしませんでしたけどね。

 これは屋敷に戻って下着の匂いでも嗅いだ方が……僕は変態か?


 仕方ないからノイエをバックハグして匂い成分をフル充てんした。


 満足してから改めて僕の執務室に入れば机の上には書類の山。ソファーではクレアが座ってケーキとジュースを楽しんでいる。

 つまりお仕置き案件だ。早速躾です。

 ノイエに命じて馬鹿娘を捕縛してから椅子に縛り付けた。


「僕が留守中はあの判子で書類を処理しても良いと言ったよね?」

「もひゅ~!」

「あん? 判子係が居なくなったと?」


 ブンブンと全力でクレアが頭を上下に振るう。

 そんな気がした。この安全志向なお漏らし娘は決して無理をしない。そのせいでイジメに遭ったりして結婚するをする足掛かりを得たのだ。


 あれ? 何故か一瞬イラっとしたぞ?


「もみゅ~!」


 クレアが間抜けな悲鳴を上げる。

 理由は僕が彼女の靴を脱がせて羽根ペンを装備したからだ。


「ここか? ここが弱いのか?」

「あふっ……にゅふっ」

「ノイエさんノイエさん。そっちの引き出しに」

「これ?」

「正解」


 新品の羽根ペンを束で掴み取りノイエが無表情でピコピコとアホ毛を揺らす。

 何となく視線を感じていたが、やはりノイエってこの手の悪戯が好きっぽい。


「一緒に、」

「する」


 瞬間移動で僕の横に来たノイエがクレアの足を取り、


「もひゅう~!」


 ノイエさんノイエさん。貴女ってたまに情けと容赦を何処かに捨ててきますよね?

 足指の間全てに羽根を入れてくすぐるとは……はい?その視線は?もしかしてクレアの足を……了解です。

 迷うことなくクレアの両足を抱え込んでしっかり固定。それを確認したノイエが羽根ペンの束を両手に装備した。


「行く」

「も、ひょ~!」


 クレアが失禁しそうな勢いで声をあげだした。




「何をしているのですか?」

「えっと……」


 クレアの躾を終えた頃にフレアさんがやって来た。

 妹の方は世間的にアウトな表情で全身を痙攣させてソファーで伸びている。


 妹の様子を一瞥したフレアさんの冷ややかな視線がこっちに向いた。


 本日も全く隙のない完璧なメイド姿です。流石メイド長様。よっ! メイド長!


「それで?」


 言い訳までの時間稼ぎも塩対応。

 本当にメイド長って人種は心臓に毛でも生えるんですか? このままだとウチの可愛い妹も?


「フレアさん」

「何でしょう?」

「どうしたらウチの妹が三代目メイド長を回避できるか知恵を拝借したいのですが?」

「それは……」


 少しだけ視線を遠い位置に向けたフレアさんが何故かフッと笑った。


「先代が亡くなってからならば色々と可能性がありますが現状は不可能だと?」

「ならフレアさんがその地位に嚙り付けば?」

「はて? 私はとある人物が成人を迎えたらこの地位を譲り」

「ノイエ~」

「はい」


 僕の声にノイエがニョキっと姿を現す。


「妹さんだけが虐められるのは可哀想だから」

「はい」


 ノイエが刹那の速度で動いてフレアさんを縛り上げる。


 と言うか現メイド長は無抵抗だ。これが人妻の余裕なのか?

 あっさり椅子の背もたれに縛り付けられ……それでも動じないのか?


「それで?」

「「……」」


 椅子に拘束されている人物の睨みに僕とノイエの動きが止まる。どうしてだ? 


「ノイエ」

「はい」


 羽根ペンの束を装備したノイエが、フレアさんのロングスカートを膝ぐらいまで巡って固定する。


「んっ……んんっ」


 ノイエの全力攻撃をフレアさんが大人対応をする。

 何だろう? この人妻系なエッチいのを見ているような……それも本物人妻なヤツだ。


 妖艶な声を発する様子に待機しているメイドさんたちの方が顔を赤くする。

 確かに見ているこっちが恥ずかしくなってくる。何故だ? これが大人の余裕なのか?


 ノイエの猛攻が続き……しばらくしてお嫁さんが羽根ペンの束をポロっと床に落とした。


「アルグ様」

「ほい?」

「負けた」

「そうか」


 耐えたフレアさんと敗者のノイエ。

 仕方ない。大人しく負けを認めよう。


「それで……隊長?」

「はい」


 彼女を縛っていたはずの縄を解いてフレアさんが立ち上がった。

 何よりノイエの元部下だった彼女が『隊長』とお嫁さんを呼ぶときは良くないことが起きるような?


 退却を考えたが、自分の周りに黒い何かが姿を現した時点で色々と諦める。

 まずはノイエが黒い何かに掴まり拘束された。


「では隊長」

「はい」


 迷うことなく椅子に座ったノイエが自ら足を持ち上げた。


「来て」


 どうしてノイエさんはちょっと嬉しそうにしているんだろう?




~あとがき~


 ポーラは次なる移動に備えて食料の買い込みです。

 普段から肉商人に豚やら鳥やらを預けているので…全回収ですw


 主人公たちは何がしたいんでしょうね?

 何かあって執務室に移動したはずなのに…




© 2022 甲斐八雲

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