肉に手が届かない

『おお勇者よ。逝ってしまうとは情けない。本当に情けない。それでも男か? 恥ずかしくないのか? 私だったら余りの恥ずかしさで自死を選んでしまうかもしれない。それほどに勇者は恥ずかしいことをしたのだ。だから改めて言おう。勇者よ……突っ込まれたぐらいで逝ってしまうとは恥ずかしすぎるから死ね』




 神聖国・街道の脇



「逝ってねぇしっ!」


 良く分からんが目の前の何かを全力で殴ったら……ニクが尻を押さえながら遠くへ飛んで行った。

 クリティカルヒットだったらしい。結構な滞空時間からニクが野生の何かを思い出して無事に着陸してこっちに戻って来た。

 向かう先はアテナさんの元だ。最近すっかりあっちに馴染んでいる。


 そんなアテナさんは普段ニクが運んでいる宝玉を背中にあてて地面との間でゴリゴリと何らかしらのマッサージをしている。

 その齢でマッサージが恋しくなるなんて疲れているんだね。


「あれ?」


 気づけば寝ていたのか?


 視界には満天の夜空だ。大陸西部の雨期はユニバンスより遅いと言うしね。


 体を起こして辺りを見渡すとノイエがいつも通りにフードファイトをしていた。

 って僕のご飯は残ってる? お腹空いてるんだけど?


「お~。ツッコんだら逝った人だ」

「誰が逝くか馬鹿者め」

「あはは~」


 笑いながら悪魔が僕の分らしい料理を届けてくれた。

 肉とスープとパンだ。今夜の献立だ。それに何故かワインが付いていた。


「お詫びよお詫び」

「安くない?」

「十分でしょ? ちょっと鳩尾に青痣作ったくらいだし」

「……」


 服を捲って確認したら確かに円形の青痣が出来ていた。


「妹に傷物にされたわ」

「うふふ。お兄さまの初めての場所を抉ってあげたわ」


 抉ったとか酷いな?


「謝罪の言葉を求める」

「だったら体で支払うわ」

「それは断る!」

「妹が膝から崩れ落ちて泣き出したわ。謝罪を求める」

「何てふざけたブーメランっ!」


 斬新ないじめに泣きそうだ。


「で、何で僕ってば怪我したの?」

「あ~」


 立ち話も何だからと悪魔が僕の横にちょこんと座った。


 ちなみにご飯は? もう食べたと? あっちのアテナさんは? ああすると胸が育つと嘘を言ったらずっとしていると……あの人も貧乳をどうにかしたいという気持ちはあったのね。


「で、何故に怪我をした?」


 自分の記憶を探るとノイエの虫団子を阻止した辺りで途切れているんですが?


「あん? アンタ馬鹿?」


 レジェンドなセリフをありがとうございます。


「僕ってば身内から攻撃されないはずでは?」

「あれは姉さまとその姉たち限定でしょう? 私は何よ?」

「あ~」


『ノイエの妹』と普段から言い聞かせていたせいか、ポーラも同じ力が働く物だと思っていた。

 でも実際にはそんなことは無い。ポーラはポーラだしね。


「それに感謝しなさいよね」

「何が?」

「私がもう少し手首を捻り込んでいたら即死だったんだからねっ!」

「ツンデレキャラに言われたくないセリフだなっ!」

「私が本気を出したら直ぐに逝ってたんだからねっ!」


 逝かないし~! ポーラの本気ぐらいでこの歴戦の雄たるアルグスタさんは逝かないし~!


「まあそんな訳で少しは気を付けなさいよ」


『よいしょ』とわざとらしく声を上げて悪魔が立ち上がる。


「貴方のあれはあくまでお姉さまの“願望”でしかないの。その意思を突破すればあの姉たちですらその体に傷付けることはできる」

「あら怖い」

「ええ。でも今回の“事故”で確信したわ」


 何故か悪魔が呆れながら肩を竦めた。


「本当にこの馬鹿をどうしてウチのお姉さまはこんなにも愛しているのかしらね?」


 ノイエが僕を愛している理由ですか?


「えっと……僕の魅力?」

「そんな冗談あっちの馬糞置き場にでも捨てて来てくれる?」

「酷いっ」


 もう一度呆れながら悪魔はこっちに背を向けて僕らの元から離れて……クルっと振り返り顔を真っ赤にして怒った表情を見せた。


「にいさまっ!」

「はい?」


 妹様がポーラに戻ったらしい。


 それより月のあれはもう終わったの? 男の人にはそのスタートからゴールまでがさっぱり分かりません。ですからいつ終わったのかもわかりませんが、ポーラは柳眉を逆立てこっちへ向かい走って来た。


「わたしのせいちょうをみてくださいっ!」

「って、スカートをたくし上げないっ!」

「さあ! さあ!」


 座ってたから反応に遅れた。


 ポーラの捲し上げられ晒された秘密の三角地帯が眼前にっ! そしてなおも踏み込んで来るのか妹よっ!


 相手の両方の太ももをワシッと掴んで遠ざける。


 が、掴んだ角度と言うか掴んだ自体が悪いのか、親指が秘密の三角地帯に存在する中心部分にっ!

『んっ』とか言わないで妹様! 顔を真っ赤にして視線を逸らさないで! だからって熱っぽい目を向け直さないで! 何もしないからそんなに期待した顔を向けないで!


 対応に窮する僕に救世主が現れた。ノイエだ。


 ワシッと妹様の頭を掴んでブンッと上に向かい放り投げる。

 発射されたポーラは、氷を作り出してそれを踏み台にし空中で体勢を変えると無事に着地した。


「ねえさま!」

「ん」


 流石のポーラも投げ捨てられたことにお怒りか?


「もうすこしほうるかくどをかんがえてください!」

「はい」


 そっちなんだ。


「それとあたまはだめです!」

「ん?」


 どうやらポーラの怒りは収まらない、


「くびがすこし、くきってなりました」

「はい」


 少し鳴る程度で済んじゃうんだ。


 それよりもポーラさん。背骨に付いているお肉に夢中なノイエさんに説教しても右から左だと思うよ?


「もうっ!」


 ポーラも自分の注意が無意味だと気づいたのか、プリプリと怒りながらノイエが食い散らかした羊だったモノの骨の掃除に向かった。


 まあ何にしても助かった。


「アルグ様」

「はい?」


 ポスッとノイエが僕の膝の上に座り抱き着いて来る。

 グイグイと体を密着して……そうか。怪我した僕のことを心配して。


「お腹空いた。そこのお肉を食べても良い?」

「僕よりお肉かいっ!」


 彼女が密着してきた理由は、対角線上に存在する僕のご飯に手を伸ばす為だったらしい。


「アルグ様」

「何よ?」


 動きを止めたノイエが僕の顔を見て、何故か鼻の頭にキスして来た。


「退いて。肉に手が届かない」

「キスの意味はっ!」


 返事など無くノイエは立ち上がると僕を飛び越えて……お肉は諦めるからせめてスープとパンだけはお許しをっ!


 心優しいノイエはワインも残してくれました。




~あとがき~


 実はこの物語の最大の謎…どうしてノイエがアルグスタを愛しているのか?

 この辺を掘り下げると色々とネタバレが発生するので今はこれぐらいで。


 アルグスタが姉たちの攻撃から無事なのあくまでノイエの願望と言うか何と言うか…刻印さんってば本当に嘘つきですからね。

 つまり彼女は事実を語っていません。まあ事実はここでは語られない訳ですけど




© 2022 甲斐八雲

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