喧嘩はよしなさい

 神聖国・街道の脇



『夜盗って?』などとずっと首を傾げながら呟いているアテナ親分が今夜も肉を焼いている。

 ちゃんと代金を払い購入した羊だ。僕らは夜盗……決して法に触れるようなことはしないのだ。そう考えるとアテナさんの気持ちは分からなくはないが、ただ僕らが悪事に手を染めるとそれはそれで面倒なことになりそうだ。


 具体的に言うとノイエの姉に正義感の強い人が居ないことを切に願う。

 真っ先に出てきて文句を言いそうな候補は馬鹿従姉か? だが奴が出てきたら最後だ。悪魔から得たこの黒いカサカサの虫を投げつけてやる。虫の正体は知らないがな。


 アテナさんは都に向かい移動している僕らの今夜のご飯を1人で作っている。

 今夜もノイエのリクエストで丸焼きとスープとパンだ。丸焼きのおかげで僕らの移動時間が短くなるが急いで移動する必要もない。


 現在ユニバンスは雨期だ。この時期なら王都近郊に出るのは雨から逃げ遅れた小型ぐらいだ。おっぱい砲台とおっぱい変態が待機しているユニバンス王都がドラゴンにより陥落は考えにくい。

 ただし中型や大型がフラッと湧くこともあるから、都に到着しそうになったら一時帰国もありだな。


『転移先をメモしておけばあっちからこっちへの移動は出来るわよ。魔道具が1つ死ぬけど』などと悪魔も言っていた。


 あの悪魔は悪魔の癖に有能だから困る。困るのだが……やはり説明はアイルローゼ先生のように腕を組んで『アンタ馬鹿?』って雰囲気を漂わせつつ高圧的な感じで説明して欲しいものだ。


 ちなみに悪魔にそれを告げたらポーラの体で腕を組んで僕を見上げ、ツンキャラを演じてみせた。

 けれど小さな子がしても生温かな視線を向けて頭を撫でたくなるだけだ。

 実際に撫でたら悪魔がキレたけどね。


「もう直ぐですよ~」

「はい」


 ご飯係のアテナさんの言葉に肉を眺めていたノイエがコクンと頷いてその場を離れた。

 肉がまだ焼けていないと知って別の食べ物を漁る気だろう。どんな時でも食い気が先行するお嫁さんだな。


 それよりアテナさんや? もうすっかり料理することに抵抗が無くなったね?


 丸焼きに慣れた領主の令嬢って……そう言えば普段着がメイド服の令嬢も居ましたね。

 神聖国だとユニバンス系のメイド服は着ているだけで罪になりかねないのでドレス姿だけど。と言うかアテナさんの幼い頃のドレスを着れるポーラの……ちょっと悪魔さん。ちょっとちょっと。


「何よ?」


 出来たらそのすり鉢を置いて来てくれますか? 先ほどまで僕にくれたカサカサと音を立てていた何をその中に入れてすり潰そうとしてましたよね? あのカサカサの全てはどこに消えた?


「全部潰して現在はあっちで乾燥中よ」

「で、そのすり鉢の中には?」

「全ての粉を回収するために小麦の団子を入れて」

「ノイエ~! その団子は食べちゃダメな団子です~!」


 マーブル色した団子を手にアホ毛をクルクルさせていたノイエの手が寸前で止まった。

 危ない危ない。お嫁さんがもう少しで昆虫食に目覚めてしまうところでした。


「美味しい、よ?」

「もう食べてたんか~いっ!」


 彼女が手にしていたのはおかわりの団子でした。そして口がモグモグとっ!


「らめ~! ノイエさん! ペッしなさい」

「……ごくっ」

「飲んだ~!」

「……苦くて美味しい?」

「そして卑猥な疑問形っ!」


 際限なくノイエが食べそうなので残りを回収して遠ざける。

 悪魔も『薬の材料なのに……』と言いながらノイエから遠ざけるのに手を貸してくれた。


 で、だ。


「ポーラって成長してるの?」

「は?」


 薬の材料を回収して戻って来た悪魔が呆れ果てたような表情を浮かべている。


「何処かの妹が『兄様に私の成長を知ってもらう。脱いで晒す』と騒ぎ出したんだけど?」

「ああ。言葉が悪かったか」


 そういう意味で言ったわけではない。


「何と言うか今のポーラの身長とアテナさんとの身長がね……」

「あ~」


 悪魔が僕の言わんとすることを察してくれた。


 アテナさんとポーラの身長は頭何個分だ? 結構違う。と言うかポーラはこの中だとダントツで低身長だ。それは良い。そんなポーラがアテナさんのドレスを、子供の頃のドレスを着ていると言う。ぶっちゃけようか?


「アテナさんが何歳児だった頃のドレスかなってね?」

「アンタって本当に勇者ね? 妹が烈火の如くに怒っているわよ?」


 そんなに怒るようなことを言った気はしないのだが?


「身長の類ってある日突然ニョキっと伸びることがあるから」

「そうなの?」


 僕の場合は平均して伸びた感じなので自覚が無いのです。


「ノイエはどんな感じだったの?」

「……ふっ」


 何故かノイエさんが無表情なままで妹に視線を向けて鼻で嘲り笑った。

 たぶん蔑んだはずだ。そんな雰囲気が半端ない。


「流石にイラっとしたんですけど?」


 喧嘩を売られた悪魔が額に青筋を浮かべる。

 気持ちは分かるがどうしたノイエ? らしくないぞ?


「頑張れば背は伸びる」

「ほほう」


 胸をこれでもかと張ってノイエ先生が踏ん反り返る。


「そして胸も大きくなる」

「……」


 そのことに関してはコメントが出来ない。

 不確定多数に喧嘩を売るような行為はノイエにしかできない。もし僕がここで頷けば貧乳派を敵に回す。それは危険だ。僕は死に急がない。


「姉さま? 流石にカチンと来たわよ?」

「小さな子は小さいまま」


 ぽむぽむとノイエが悪魔の頭を叩く。

 はっきりと額に青筋を浮かべた悪魔がゆらりと動き出した。


「ちょっと姉さま? ご飯前の運動でもしようかしら?」

「小さな子は弱いから」

「その喧嘩買った!」


 シャキンと悪魔が銀色の棒を呼び出しノイエに襲い掛かる。

 対するノイエも軽く拳を握って……もうこの2人は仲が良いのか悪いのか。そか。悪魔が相手だとノイエとの仲も悪くなるのか?


「はいはい。喧嘩はよしなさい」


 2人の間に割って入り、まずノイエの拳を片手で受け止める。

 どんな仕掛けか知らないがノイエは僕を攻撃できない。


 そして悪魔が繰り出す棒を軽く受け流して、ゴリッと何かが体内に突っ込まれる感触を得ながら僕の視界が一瞬でブラックアウトし……




~あとがき~


 夜盗という名の集団は移動しつつも優雅だね~。

 で、刻印さんは黒い何かしらの虫をゴリゴリしています。たぶんGではないです。


 些細なことから始まった姉妹喧嘩に割って入った主人公。

 結果ゴリッと…おひ?




© 2022 甲斐八雲

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