あんあん魔女が怖い
「ば~か」
「ば~か」
「……煩いわね! 貴女たちも融かすわよ!」
出迎えの言葉に腹を立てて魔女は、恥ずかしさを誤魔化すように立ち上がり牙を剥く。
ただ外の様子を見て聞いていたリグとセシリーンにはその声は右から左だ。怖くない。
「耳元で囁いて欲しいのね」
「愛してるが良いの? アイル?」
「あ~! も~っ!」
頭を抱えてしゃがみたかったが魔女の腕にはまだ肘から先が無い。
故にただしゃがみ……自分が作り出した床の上のシミに気づいた。
「片付けてくれたの?」
「うん」
「ありがとうリグ」
「うん。それに臭うしね」
「……そうね」
妹のような存在が時折見せるこの手の反応に魔女は若干頬を引き攣らせた。
「それにしてもアイルも凄いわね。ノイエの体だからってあんなに頑張るなんて」
「本当に煩い」
髪色にも負けないほど頬を赤くし魔女は中枢の壁際へと移動し、背中を預けて床に座り込んだ。
「ただ少し変な感じはしたわ」
「いつも以上に燃えた?」
「リグ!」
妹分な少女はわざとらしく歌姫に抱き着く。
「歌姫。あんあん言ってたあんあん魔女が怖い」
「リグっ!」
増々顔を赤くしてアイルローゼは歌姫に甘えているリグを睨み飛ばした。
ただ睨んでいても視線の先の2人はニマニマと笑うだけだ。
何を言っても効果を成さないと感じアイルローゼは深くため息を吐いた。
「変な言い方になるけど、力がずっと湧いて出て来た感じがしたのよ」
「だから一晩中彼と?」
「夜が明けなければまだ続行できたと?」
「2人して!」
怒る魔女は2人の丁度良い玩具でしかない。
何を言っても揶揄われるから、色々と諦め魔女は目を閉じて背中の壁に頭を預けた。
「変な言い方かもしれないけど、ノイエに体を乗っ取られていたような……そんな感じかしらね?」
「乗っ取っているのは私たちでしょう?」
「ええ」
歌姫の言葉は間違っていない。魔眼に住まう者たちは普段ノイエの魔力を使いその体を乗っ取っている。それが魔眼の中枢に刻んで作った術式の魔女の魔法だ。
けれどセシリーンはクスリと笑いリグを抱きしめ彼女の頭に顎を乗せた。
「でもノイエだから一緒に混ざりたかったのかもしれないわね」
「それは……」
想像したアイルローゼは苦笑する。
可能性としてはそれが確かに高そうだ。高そうだが、ちょっとと言うかかなり嫌だ。
出来れば妹には彼を前にして乱れる自分の姿など見て欲しくない。
「のは~。私は帰って来た~!」
苦笑するアイルローゼの前に全力で駆けこんで来た人物が急停止した。
が、足元の染みに滑り体勢を崩すが倒れない。
それが天才の名を欲しいがままにした舞姫レニーラの実力だ。
「何よこの染みは?」
「シュシュだったモノ」
「そっか~」
リグの落ち着いた声にうんうんと頷いたレニーラは軽く悲鳴を上げてその場から飛びのいた。
「何したのあのフワフワ?」
「アイルをずっと」
「リグ」
警告と魔力の高まりにリグは素直に口を噤んだ。
その様子に魔女が関係していることだけを理解しレニーラはその目をノイエの視界へと向ける。
何故か愛しい我が愛弟子は、自分の夫に抱き着いてその頬にキスしていた。
『ご飯』と言う単語が聞こえて来るから、
「お肉を出さないと襲うぞって脅している感じ?」
「近しいわね」
唯一外の会話を完璧に聞いている歌姫がその事実を認めた。
「それでレニーラは何してた?」
「修行!」
迷いのない即答だ。
真面目にそれをしていたと言いたげな舞姫はその場でクルっと回り……視線を魔女に向けた。
「そうそうアイルローゼ」
「何よ?」
「何か所か通れない道があったんだけど何かした?」
「……何よそれ?」
気軽なレニーラとの会話を何処か苦手にしているアイルローゼは、舞姫の言葉にその思いを捨てた。
「複数の通路に透明な壁があって進めないんだよね。てっきりマニカ対策か何かかと思ったんだけど……それが出来そうなシュシュが死んでるなら違うのかな?」
「たぶん」
一瞬の隙をついて融かし殺したシュシュが、別の場所で魔法を使っていた様子などアイルローゼは微塵も感じなかった。
ただシュシュのことを思い出すと腹立たしくなるので、床の上の染みを睨んで気晴らしとした。
「それでその壁はまだあるの?」
「うん。ここに来る途中にも衝突して」
フワリと床を蹴って中枢の入り口から距離を取ったレニーラは、腰を落としいつでもその身を躍らせることができるように身構えた。
リグとセシリーンも緊張するが、最大の攻撃力であるアイルローゼは唱えようとした魔法を止めた。
「何か用かしら? 刻印の魔女?」
「あら? ご挨拶ね」
クスクスと笑いながら部屋の中に入って来たのは、頭からフード付きのローブを被りその姿を表に表さない伝説……三大魔女に数えられる人物だった。
「可愛らしく外の彼を求めていた魔女と同一人物とは思えないほど勇ましいわよ?」
「煩い」
アイルローゼは顔を赤くして怒る。
刻印の魔女はその視線を一緒に居る人物に向けた。
「可愛かったわよね?」
「うん」
「そうね」
「歌姫! リグ!」
「あらあら怒らないの」
笑いながら刻印の魔女は懐から水晶玉を取り出した。
「後で貴女の大好きな彼に見せてあげるわ」
「……何をよ?」
「ん? 必死に抗っていた貴女の姿を」
「刻印の~!」
高速詠唱から全力の『腐海』をアイルローゼは放った。
射線軸上に居たレニーラが這う這うの体で逃げ出したが、刻印の魔女は一歩も動かない。
むしろ悠然とその魔法の直撃を受け……そしてその場に立ち続けた。
「う、そ?」
流石のアイルローゼは呆然自失だ。
存在自体が狂った生き物である刻印の魔女だが、少なくとも自分の魔法の直撃を受けて無傷はあり得ない。ある訳が無い。
「ん~。成功と言えば成功だけど色々と難があるわね?」
「成功?」
「ええそうよ」
クスクスと笑い刻印の魔女は、水晶玉を仕舞い代わりに別の物を取り出す。
ボロボロに崩れたそれは原形を留めていない。現在進行形で崩れるそれを魔女は床に向かい放り投げた。
「貴女だけが日々魔法の研究をしていると思っていたのかしら?」
「……」
相手の言葉にアイルローゼは何も言い返せない。
「才能に胡坐をかいていると足元を掬われるわよ? そう言えば掬われたから両腕を失ったのだったわね」
狂暴なまでに怒気を孕んだ術式の魔女の睨みを刻印の魔女は笑い飛ばす。
「睨むだけなら犬でも猫でも出来るわよ。でも報いは努力した者だけに訪れるって知っているかしら?」
「……」
「足掻きなさい魔女」
笑いながら刻印の魔女は相手に背を向けた。
「貴女が最強の魔法使いを名乗っていられるのは今だけになるかもしれないわよ?」
一方的にそれを告げて刻印の魔女はその場を後にした。
「アルグ様」
「落ち着けノイエ~」
「ご飯」
「今作ってるから!」
非常用の肉を全放出して現在アテナさんが鉄板焼きの準備を進めている。
材料と道具を取り出したポーラは隅で丸まり置物と化した。そんな彼女の上に居るニクの『自分が守りますのでご安心を』と言った感じの態度が腹立たしい。
こっちに近づかないのは飢えたノイエに見つかって食われないか不安だからだろう?
大丈夫。ノイエだって食べるものぐらい……どこへ行こうとしているお嫁さんよ。あの尻尾の大きな生き物はファシーのペットだから。貴女のお姉ちゃんのペットだから!
「足の1つや2つなら」
「2つ取ったらもう終わり~」
正気を失っているノイエの視線がニクから僕へと移った。これはこれで危ない。
「アルグ様」
「はい」
「……いただきます」
「のは~」
カプっと僕の首に吸い付いて来たノイエがチューチューと吸い出す。
ええい。またキスマークを量産するな。嬉しい勲章だが増やされても困る。
何よりどうして首を吸う? 君の前世は吸血鬼かモスキートですか?
「離れなさいノイエ」
「いや」
「何故に」
「……カミューは怒らない」
ぐふっ!
近年稀に見る言葉の暴力を受けた気がするよ。
僕があの狂暴女に劣ると言いたいのかノイエよ? 否だ。断じて否だ。そんなことは決して許せん!
「ノイエさん」
「はい」
自ら服を緩めて首を晒す。
「存分に吸うが良い」
「……はい」
若干圧倒された様子でノイエがまた僕の首に吸い付いた。
~あとがき~
一晩あんあんしていた魔女はあんあん魔女の称号をw
そしてふらりとやって来る刻印さんは完璧なまでに腐海を防いで見せました。
もちろんそれはあれに作らせている…詳しい話は本編で。
そして飢えたノイエが主人公に吸い付いております。何か羨ましいな…
『第2回 一二三書房WEB小説大賞』の結果が出ました。
残念ながら書籍化ならずでした。ですが応募の機会があれば応募して行こうと思っています。
ご声援これからもお願いします。
© 2022 甲斐八雲
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