たまに耳元で囁いてくれる程度が丁度良いのよ

 神聖国・大荒野



『流石に朝までその……奥方様の髪の色まで変えさせて……そう言う趣味があることを初めて知りましたが……』などと苦情を言うアテナさんが、夜明け頃から両手で顔を隠しつつも指の間からこっちの様子を伺っていたのは知っている。


 何故なら僕は途中で彼女に救いを求めたのだ。

 恥や世間体など気にしない。僕は助かりたかったんだ。


 けれどその願いは届かなかった。

 アテナさんは僕を見捨てて見てない振りをして盗み見を続けたのだ。


 そもそも僕が命の危険を感じたのは、先生が先生じゃなかったからです。

 もう何て言うか限界まで禁欲生活をして解放されたような……おかげで僕は絨毯の上で死んだ。死んでいた。


 でも先生は元気だ。体を拭って綺麗にすると服を込んで僕を絨毯の外へと蹴り出した。

 あとはいつも通りで。本人曰く『動かせないのよ』と言う腕をどうにか操り絨毯を舐め回すように観察している。あれが本来のアイルローゼだ。こっちに下着を覗かせる体勢で絨毯を確認している姿にホッとする。


 お尻が丸見えでも気にしない。流石先生だ。


「にいさま?」

「僕はねポーラ」

「はい」

「ノイエの姉たちはズルいと思うんです」

「なにがですか?」


 月一の不調を我慢しながらポーラが僕の体を拭って上着を着せてくれる。

 もう妹様に全裸を見られることに抵抗が無い自分にビックリだ。何よりそれと同数程度ポーラの全裸を見ている自分にもビックリだけどね。僕ら兄妹は一緒にお風呂に入る仲だしね。うん。


「無限の体力って卑怯じゃない?」

「……」


 妹さん的にはその件に関してはノーコメントらしい。


 でも僕は言いたい。あれは卑怯だ。僕がこんなに弱っているのに先生はピンピンだ。

 あれが本来のアイルローゼの体であれば一時間としないで骨抜きに出来るのに……それを見越して宝玉を使わなかったのか? 何て計算高い。これだから魔女はズルい。


「ししょうがいうには」

「はい?」


 あの~ポーラさん。真面目な話をしている振りをして何処を見ているのですか?

 最初が上着だったことを疑うべきでしたね。いやん。妹様がマジマジと僕の息子を。


「まじょさまはよくたえたそうです」

「だろうね。だからああして反動が出て」

「ちがいます」

「はい?」


 ポーラが下着を取り出してそれを履かせてくれる。だからどこをじっくり見ているか聞いても良いですか? それとも君は月一のあれが来ると発情するのですか?

 止めてください怖いから。


「ししょぅがいうには『いいものがたくさんとれた』そうです」

「はい?」

「よかったですね」


 何故か『ふんっ』と機嫌を悪くした感じでポーラが僕から離れていく。


 その背中を視線で追っていたらこっちをガン見しているアテナさんの様子に気づいた。

 これこれ嫁入り前の令嬢がはしたない。ってその指で作った物差しが示す長さは何ですか? 何故ポーラを見てから彼女の後を追うんですか? 遠くから妹様の『入ります』って声に背筋が震えたんですが?


 大きくため息を吐いてからゆっくりと立ち上がる。

 うおっ……いつから重力が1.3倍にアップしたんだ?


 重い体を引きずり先生の方へ歩くと、彼女は両腕をプラプラと揺らしながら立ち上がっていた。


「で、先生?」

「……」

「せ~んせい?」

「うっさい」


 ひどっ!


「夜明けまではあんなに僕を求めていたの、詠唱はらめ~!」


 高速で唇を動かす相手を捕まえてその口を手で塞ぐ。

 手を軽く噛まれたから放せば、先生は物凄く機嫌が悪そうな目でこっちを睨んで来た。


「あれは気の迷いだから今すぐ忘れなさい!」

「え~。あんなに『もっともっと』とおねだり、だから詠唱はダメ~」

「煩い。本気で融かすわよ?」

「え~」


 一応僕の体にはノイエの姉たちの攻撃は通じないはずだけど、それでも先生の場合は斜め上のあれで当てて来そうでマジ怖い。

 仕方なく捕まえていた相手を解放したら、何故か先生の方からすり寄って来た。


「……ごめんなさい」

「はい? ああ。歯形は」

「マニカよ」


 噛みついたことに対する謝罪じゃないのね。


「先生でも失敗するんだ」

「……」


 コツコツと頭を振ってアイルローゼが不満をぶつけて来た。


「次に出会ったら負けないわよ」

「それでこそ先生です」


 僕が知るアイルローゼは同じ相手に2度も3度も負けるような女じゃないしね。


「それとは別にもう1つ」

「はい?」


 少しだけ先生が申し訳なさそうに僕を見た。


「シュシュを融かしてしまったの」

「あ~」

「ごめんなさい」

「仕方ないよね」


 先生が外に出ないようにお願いしたのはむしろ僕だ。

 そう考えると先生が僕に謝るのはお門違いかもしれない。


「別に良いよ。先生があれをそこまで見たかったのに取り上げてた格好になったわけだし」

「……そうじゃないのだけれど……」

「はい?」

「何でもないわ」


 怒った様子で先生がまた頭をコツコツと僕の胸にあてて来た。


「ねえ」

「はい」

「マニカってそんなに悪い女なのかしら?」

「はい?」

「そう思っただけよ」


 僕から先生は離れ振り返ってノイエの顔で笑って見せる。


「誰かさんは気を付けないと直ぐに誰彼構わず手を出すから」

「失礼な」

「へ~」


 クスクス笑い先生が赤い目で僕を見つめた。


「ねえ馬鹿弟子」

「はい」

「……少しだけ思う時があるのよ」


 微笑みながら先生が真っ直ぐ僕を見つめた。


「きっとノイエの中に居る人って本質的には『善人』なんじゃないかってね」

「……先生みたいに?」

「あら? そう言われたらこの仮説を改めたくなったわ」


 おいおい善人代表。貴女はワールドクラスの善人でしょうが?


「でも好きな人にそう言われるのは悪くないわね」

「望むなら何度でも?」

「何度も聞かされたら有り難味が薄れるわよ」

「左様で」

「ええ。だから」


 ゆっくりとノイエから色が抜けだした。


「たまに耳元で囁いてくれる程度が丁度良いのよ」

「善処します」

「……ば~か」




~あとがき~


 耐えに耐え抜いたアイルローゼか…暴走!

 襲撃を受けた主人公はちょっと死にかけておりますw


 アイルローゼはその能力をフルで発揮しないと書きやすいキャラなんですけどね。

 ただ能力がチートクラスなんでちょっと本気になると物語が崩壊するんです。


 ノイエの姉たちにはその手のキャラが多くて困ります




© 2022 甲斐八雲

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