好きにしてよっ!
神聖国・大荒野上空
「ボチボチ明かりが灯ったままの家が見えて来たね」
「ですね」
僕と一緒に絨毯の淵から顔を覗かせているアテナさんが同意した。
夜も遅い時間帯なのに明かりが灯っている家が存在しているのは多少なりとも裕福な家であるはずだ。神聖国もドラゴンを狩っているからドラゴン油には事欠かない。
産地であるから手頃な価格で手に入るとしてもそこまで安くはないはずだ。
ただ深夜に明かりがつきっぱなしなのは気にはなる。何をしているのだろうか?
我が家の場合はノイエの姉が出て来て何かしていることが多い。
踊ったり歌ったり馬鹿をしたり……読書や遊戯というパターンもある。
だが明かりをつけたままでベッドの上でことを始める人物はそんなに多くは無い。ファシーとホリーとレニーラぐらいか?
ただファシーも冷静だと明かりを嫌う。幼児体型な自分の姿が嫌なのだ。
あれはあれで可愛いんだけどね。僕らの世界ではご褒美だと喜ぶ人も多いと思います。
ホリーは周りの目など気にしないし、レニーラは自分の姿に絶対の自信を持っている。
つまり神聖国にはその手の人種が多いのだろうか?
「アルグスタ様。その視線は?」
「……何でもないです」
僕の視線にアテナさんが首を傾げて見せた。
この人も今は純粋な感じでもいつの日にか眼前に広がるあの家の中の人たちのように……皆が皆ベッドの上で頑張っていないことを願おう。
僕は改めて絨毯の上に視線を向け直す。
ポーラは仰向けで寝たまま絨毯の操縦をしている。
前を見ないで良く出来るとも思うが、高度だけを気にしていれば事故る心配はない。
そしてノイエは残り少なくなったペガサス肉の在庫一斉処分を決行している。
空飛ぶ絨毯に魔力を供給していることもあってかノイエの食欲が半端ない。寝ながら肉を食べている姿を見た時は『流石』と関心もした。
今も残り少なくなった羽根の付け根の肉を食べている。
と言うかおかわりが来なくなって僕らは困っています。
ノイエさんはおかわりを望んでいるのだ。
「そろそろこの絨毯ともお別れか?」
「どうしてですか?」
空の旅の快適さを知ったアテナさんから不満げな声が。気持ちは分かる。
「まず目立ちます」
空に絨毯が浮かんでいれば流石に目立ちます。
「なら今までのように夜だけ移動すれば?」
「それでも目立ちます」
家が増えて来たこともあって夜の警護に立つ人の姿もチラチラと見えるのです。
1人2人なら問題無いが目撃者の数が増えると間違いなく報告されて襲撃される。
ノイエが居てもペガサス隊を全て動員して襲われでもしたらこっちの身が危険だ。
「あの~?」
「はい?」
「気づかれて何か問題でも?」
アテナさんの大変静かな質問に僕はゆっくりと顔を相手に向けた。
相変わらずのケツ顎だ。これが無ければ貧乳美人でポイント的には決して悪くないのに。
「残念っ!」
「何がですか?」
「こっちの話です」
全てはケツ顎が悪いのです。
「悪くない発想だと思うんだけどね。ペガサス隊が総動員で来るよ?」
「それは確かに」
アテナさんもペガサスの天敵と化しているノイエだけではどうにもできないことに気づいたらしい。
「何よりもっと重要な問題が」
「どうした悪魔? 便秘か?」
「違った意味でアンタの妹は垂れ流している最中よ」
「恐ろしいことを言うなって」
「事実よ」
そんな事実を知りたくないのだよ。お兄ちゃんとしては。
仰向け状態の妹……の姿をした悪魔が首を動かし軽く顔を上げてこっちを見た。
「そろそろこの魔道具の使用限界」
「マジですか?」
「マジよ」
そんな恐ろしい事実が待っていたとは。
「で、あとどれぐらい?」
「多分2日か3日ってところね」
「良し分かった」
僕は絨毯の淵から離れダッシュでノイエの元へ戻る。
出迎えてくれた……モグモグとお肉を頬張るノイエが、綺麗に食され肉の欠片も残していない骨をこっちに向けて突き出してくる。
いや、そんなにグイグイと骨を突き出して来ても要らないしね。
「さあどんと来い!」
ノイエの背後に回って彼女を抱きしめる。これで安全は確保された。
「どういう意味よ?」
「はっ……笑止。お前が事実を言う訳がない。つまりもう数分で落ちるんだろう?」
その声にゆっくりと起き上がってたアテナさんが慌ててニクを掴んでこっちに飛んで来た。
「良く分かったわ」
静かに悪魔の声が響き絨毯が降下を開始した。
「流石に勘が良くなって来たわね?」
「誰かのおかげでね」
「そう」
フワリと絨毯が地面の上に降りた。
時は深夜ぐらいか? 上空から見えた家々から離れた場所だと思うから大丈夫だと信じたい。
「獣の類はお姉さまに一任しても?」
「はい」
「なら」
目を閉じた悪魔からたぶんポーラに変化した。
若干顔を顰めた妹様がこっちに背を向ける。
アテナさんや。ちょいと妹をお願い。
ニクを抱えてポーラの元へ向かったアテナさんが彼女の様子を見て取る。
悪魔が言うには普段はこんなに酷くないらしいが、今回は旅先とかもあってストレスでも溜まっているのかな?
あんなに弱々しいポーラの姿もレアだが、こんな時男は何もできないのが歯がゆい。
願わくば頭痛薬とか召喚できればいいのだが出来ないから仕方ない。
「アルグ様」
「ほい?」
お肉を食し終えた……あれ? もう全部食べたの?
口元を油で光らせたノイエさんの雰囲気が何処か怪しい。変なスイッチでも入ったか?
「まず口を拭こうか?」
「んっ」
キスでも強請るように突き出してくるノイエの唇を拭いたら、ガバッと抱き着かれた。
ヤバい気を抜いていたか。助けてアテナさん。
どうしてこっちにに背を向けている。そのこっちはお気になさらずにって態度が腹立たしいぞ?
「ダメだよノイエ。まだ獣避けとか」
「すれば良いんでしょ!」
「はい?」
返事がノイエの物では無いのです。落ち着いて確認するとノイエの色が赤い。
そして赤いノイエが高速で詠唱して放り投げるように右腕を振るう。
あ~。そう言うことか。
放り投げられたのであろう魔法が発動した。
淡い光を放つ何かが絨毯を囲うように地面に落ちる。
いつもと違う様子に気づいたアテナさんが、返す腕で振るわれた魔法の直撃を受けて……こてんと横になった。
攻撃魔法じゃないよね?
「怪我してないよね?」
「平気よっ!」
何処か怒っている様子でノイエの姿をした彼女が声を発する。
これはあれか? 絨毯が壊れるまで外に出さなかったことに対するお怒りですか?
ならばその怒り、全身全霊で受け止めてやろう。でも直接攻撃は勘弁な!
「好きにするが良いアイルローゼ!」
覚悟を決めて彼女の顔を見たら……あら? 潤んだ瞳が、上気した頬が、そして小刻みな呼吸が何処かエロいんですけど?
「好きにするですって?」
でも口調はお怒り、あむっ
抱き着いて来た彼女にキスされて押し倒された。
貪るようにキスをされて……僕の知らない先生がっ!
顔と体を起こした彼女が蕩けるような目で僕を見つめる。
「違うわよ」
「はい?」
「……して」
「はい?」
何処か泣き出しそうで、でも嬉しそうに先生が叫んだ。
「好きにしてよっ!」
「……」
良く分からないが僕の心の中で何かが『合点承知』と承諾し、体を突き動かしていた。
~あとがき~
無事に突き進んでいた空飛ぶ絨毯も寿命を迎え…察しが良くなった主人公は墜落イベントを無事に回避ですw
そして遂に彼女が姿を現しました。術式の魔女アイルローゼです。
自分の知らない未知の魔道具、空飛ぶ絨毯を…あれれ?
© 2022 甲斐八雲
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます