交渉の時間です
神聖国・とある集落
「すみません」
「あれあれ……こんな場所に娘さんが? どうして?」
夜が明け朝食の準備に外に出た中年女性は自分に声をかけて来た人物に目を丸くした。
こんな街道から離れた場所に人が訪れるなんてことはまずない。と言っても集落の外に広がる大荒野を踏破して進んでくる侵入者もあり得ない。故の混乱だ。
「驚かせてすみません。実は……」
交渉を押し付けられたアテナは、口を開いて誰かがあっさりと考えついた説明を始めた。
「アルグ様」
「……」
スリスリと頬を寄せて甘えて来るノイエは変わらず可愛い。
ただ半眼でこっちを見ているポーラは……その目で雄弁に語るな。分かってる。皆まで言うな。
「にいさま?」
「水浴びはしたヨ?」
「……」
今の僕とノイエは綺麗です。奇麗ですよ?
必死に目で訴えるがポーラは半眼のまま僕らが脱いだ服を抱えて洗濯へと向かう。
さっきまで絨毯の拭き掃除をしてからの洗濯だ。メイドでなくても文句を言いたくはなるだろう。しかしお兄ちゃんの言い訳を聞いて欲しい。
僕は必死に抵抗したんだよ? それでもノイエが止まらなくて……と言うか君ってばこっちに背中を向けて寝てたよね? 実は気づいてたよね?
お~い。ポーラ。お兄ちゃんが目線で質問しているんだ。ちゃんと答えなさい。
黙々と洗濯しているポーラの様子を眺めていたら、アテナさんがニクと一緒にこっちに歩いてくる姿を発見した。
「戻りました」
「お帰り~」
それで戦果は?
「戦果と言うか……この集落は」
アテナさんが仕入れて来てくれた情報を伝えてくれる。
僕らが発見した集落は、落ちぶれた部族の生き残りらしい。『部族?』と首を傾げているとアテナさんが釣られて説明してくれた。
神聖国は何処か中東を思わせる政治形態をしている。たぶんだけどね。中東の政治形態なんて何となくのイメージです。
改めておさらいをすると、都に住む女王が頂点とし、2人の宰相が政治を回しているっぽい。
その宰相がそれぞれ部族と呼ばれる……ユニバンスで言うところの貴族を従えている感じだ。
部族はそれぞれに領地を持っていて、兵も管理しているとか。
中央には税金を納めており、その税金で都は兵を雇っているとか。
「で、あの集落は?」
「はい。権力争いに負けてひっそりとこの地で暮らしている人たちのようです」
「へ~」
「一応税金を納めているそうなので時折都からペガサス騎士がやって来る程度だとか」
ん?
「税金を納めていないと?」
「時折では無く定期的に来て税金を納めるように警告されます」
それはそれで生々しい実情だな。
ウチのお兄さまも何かあれば『国庫が……』と頭を抱えていたから国を預かる人は常にお金というモノに悩まされるんだろうな。
その点我が家はノイエがドラゴンスレイヤーとしての仕事を真面目に勤しんでいるので大変お金持ちです。
使わないと経済が回らなくなるほどのお金持ちですが何か?
「つまりこの集落は安全?」
「安全と言えば安全だと思いますが……」
歯切れの悪い。言いたいことがあるならはっきりと言いなさい。
「はい。あの集落には若い夫婦と言うか若い男性が居ないようなので」
「なので?」
「もしかしたら奥さまと一緒に二度とあの集落から出られなくなる可能性が……」
何それ怖い。
「どういうこと?」
「ですから」
アテナさんは言葉を選びながら教えてくれた。
出会った中年女性が言うには、なんでもあの集落には若い男性が1人しか居ないらしい。あとはまだ幼い男性……つまり子供だ。
それに対して女性は多い老若を問わなければ男女比が9対1なのだとか。
「そんな場所に若いアルグスタ様が行くと……」
アテナさんが伏せ目がちにそう語った。
『わ~いハーレムだ~』とか喜ぶヤツはただの馬鹿だ。それは間違いなく搾取される。徹底的に死なない程度に管理されて搾取される。
「そのたった1人の若い人に同情するな」
「そうですね」
「で、アテナくん」
「……はい」
チラチラとさっきから君が背後を気にしているのが大変気になるのですが? ちょっとこっちを真っすぐ見て僕と会話しようじゃないか。な~に大丈夫。今なら全力謝罪で罰は軽く済ましてあげるから。
「大変申し訳ございませんっ!」
領主の娘だった人物が矜持をかなぐり捨てて全力で頭を下げた。
つまりバレているのね? そうなのね。だからギラギラと目を輝かせた女性たちがこっちに歩み寄っているのね。完璧な包囲陣だよ。褒めてあげよう。
「仕方ない。ノイエ」
「はい」
こんな時はウチのノイエの出番です。
「どうかお許しをっ!」
長老と名乗り出た人物が深々と頭を下げて謝罪して来る。
僕に対して……では無く、僕の隣で完全武装しているポーラに対してだ。
時に妹様よ? その星座な戦士を思わせる氷のプロテクターは何? そしていつもの銀色の棒には氷の刃が装着されて死神の鎌のようだよ? ポーラ死神バージョン? メイド服じゃないから別バージョン扱いなのかな?
ジリジリと距離を詰めて来たご婦人方をポーラが出迎え、鎌を二振りしたら相手があっさりと降伏した。
君たちは悪くない。ポーラが本気で迎え撃つ気になるとは思わなかったのです。
はいはい荒ぶるポーラさん。少し落ち着いて、ね?
『私もまだなのにこれ以上先を越されるのは……』
妹さんの呟きは何も聞かなかったことにしておこう。
大丈夫です。これ以上増えないからね? はて? 発言だけ見ればハーレム野郎のセリフなのに、僕の場合は毛色が違うな。
ノイエの姉たちがこれ以上出てきて誘惑しないことを全力で祈ろう。
あの人たちはズルい。最後はノイエと協力して僕を陥落させる。つまり僕は被害者です。
「にいさま?」
ズンとポーラが鎌の柄で地面を抉る。謝罪していた長老を含めご婦人方がガタガタと震えながら完全降伏だ。まあ仕方ない。こんなこともある。
何より皆さま、僕を見なさい。これがポーラに対する正しい謝罪です。
全力で土下座していると長老さんが僕の横に並んで習った。そしてご婦人様方も皆習う。
「「ごめんなさいっ!」」
謝罪は心を通わせて全員でするに限ります。
気づけば昼になっていた。
ポーラの指揮の元で空飛ぶ絨毯が綺麗に清掃され、そして僕は長老さんから色々と話を伺った。
アテナさんが言う通り彼らは争いに敗れた部族の生き残りらしい。
男性は奴隷として取られ残った者たちで細々と……でもこのままだとこの集落は消滅してしまう。それを回避するには残った男性でどうにかと企んだらしいが。
「もう枯れ枯れだね」
「はい」
連れて来られた人物は、年齢二十歳だと言う。だが見た目は三十越えだ。
毎日ご飯を与えているらしいが、痩せ方が半端ない。
将来の僕を見た気がして激しく彼に同情したのは言うまでもない。
ポーラさん。と言うか悪魔さん。彼をどうにかしてあげる魔道具とか無いんですか?
「うふふ。そんな時はこれ。前立腺っ」
「言わせないよっ!」
「ありがとうございます!」
振り抜いたハリセンに悪魔がお礼を言って来る。
そんなモザイク無しでは世に掲示できないような魔道具など何処から出した。今すぐ消滅させろ!
「アルグスタ様。あれは?」
「邪悪な魔道具です」
アテナさんの問いにそう答え、僕は邪悪な魔道具をポーラのエプロンの裏に押し込んだ。
『そんな強引なっ!』とか叫ぶな。そして周りのご婦人様方はあれが何だかわかるのか? あっちこっちで話し合わないの!
「おかわり居なかった」
軽く周りを叱ろうかと思ったら、ノイエがスタッと横に着地して来た。
「それは残念」
「はい」
大荷物を抱えたノイエはご機嫌斜めだ。
アテナさん。ノイエのご飯は出来ていますか? 出来ている。完璧ですね。
スンスンと鼻を動かしたノイエが背負っていた荷物を放り出して焼肉会場へと向かう。
すでにその場所では集落の子供たちがお肉を貪り食べている。大人は……何の肉かを聞いて激しい抵抗を見せているが、ポーラの手伝いを終えた人から渋々口に運び、味わってからガツガツと食べだす。
禁忌も空腹には勝てないらしい。禁忌では無いのか。普通食べないだけで。
「アルグスタ殿。これは?」
「あ~」
長老さんがノイエの荷物に気づき声をかけて来た。
「それはあのペガサスたちの騎士です」
「……」
ペガサス騎士たち20名。どれもが逞しい男性が20名だ。
「さて話し合いの続きをしますか?」
交渉の時間です。
~あとがき~
限界集落にたどり着いた主人公たちに飢えたご婦人方がw
ですがアルグスタは斜め上を進む男なのです。
捨てて来たペガサス騎士たちを回収して来て交渉の時間なの?
© 2022 甲斐八雲
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます