起きないならこのまま

 神聖国・大荒野



「にいさま」

「はい?」


『今夜は月が綺麗だから』と言って月見をしながら、ノイエを包み込むように背中から抱きしめ……暖を取っていたポーラがこっちに歩いて来ていた。


 運転は良いんですか? 慣れた? 慣れたぐらいが一番事故を起こすんですよ?


「どうかしたの?」

「しゅうらくです」

「……」


 しゅうらく? お相撲の最終日だっけ? あれは千秋楽か。


「はい? 本当に?」

「まちがいなく」


 若干夜も遅い時間なのでポーラの目が危ない。瞼がとっても重そうだ。

 とりあえずノイエを抱いていた腕を解いて……ノイエさん。僕の首にシュルっと巻いたアホ毛の理由を聞こうか?


「寒い」

「……」


 ノイエの脇に手を入れて一緒に立ち上がり彼女を抱いたままで移動する。


 ふわ~と広がった絨毯の端に来ると……このまま足元がズボッとして落下しそうで怖いんだよね。良くポーラはこんな端の部分に座って居られると思う。

 僕には無理。底が抜けないと何度言われても無理。


 そんな訳で最強のパラシュートでもあるノイエを抱いて前方に目を向ける。

 確かに点々とだけど明かりが見える。たぶん防犯用の篝火かな?


「……ヤバい悪魔」


 抱いているノイエは無反応だ。そしてポーラからも反応は無い。

 けれどこの緊急事態を僕はダメっ娘悪魔と共有したいのだ。


「この状況で何らアニメ的なセリフが出て来ない!」

「……とりあえずラピ〇タっとけば?」

「そんなマンネリなど僕は許せん!」


『ふわ~』と大きな口を開いて欠伸をしている妹様は悪魔だろう。


「マンネリマンネリ言うけど、毎年放送してて数字取れるアニメが世の中どれ程あると思ってるの? やってれば観るの。誰も観なきゃそもそも流さないの」

「何の話よ?」

「……ただの独り言よ」


 さてはお前ラピ〇タ派だな?

 それは良い。問題は目の前のあれだ。


「どうする? 一回見逃す?」

「そろそろ情報は欲しい所よね」


 確かに。


「問題は今から行ったらヤバいっしょ?」

「よね」


 話し合いは終わった。


 僕とノイエは絨毯の中央に戻り、悪魔は絨毯を操って集落の上空で円を描くような軌道で様子を見て……しばらくしてから地面へと着地した。


「んん。寒いです」


 ふと声がするから視線を向ければ、ニクを抱き枕にしたアテナさんがぐっすり寝ていた。

 一時期の弱々しい感じはなりを潜め、最近はペガサス肉にも慣れ毎食美味しく頂いている。

 人間って本当に慣れる生き物なんだなって学ばせていただいた気がします。


 抱かれているニクは起きているのかこっちを見ている。大変助けて欲しそうな目で。

 どうしたニクよ? まさか胸が小さすぎて抱き着かれていても楽しくないとか言い出したら怒るぞ? ん? たまにはご主人様に会いたいとかそんな感じか? うおっ。全力で頷いたよ。


「そう言えばファシーとかって何してるんだろう?」


 普段世話をしているのがポーラだからつい忘れがちだが、ニクの飼い主はファシーである。

 厳密に言えばニクを魔改造して猫ほど大きいリスにしたのがファシーの魔法だ。


「ノイエ?」

「なに?」


 着地した絨毯の上に座ったままで僕らは特に動かない。


 眠そうに悪魔と言うかポーラが絨毯の上を徘徊し色々と準備している。

 獣避けと虫除けの結界みたいな物を作り出す魔道具の稼働確認だ。だったら絨毯にドーム状の結界を張って暖房を追加して欲しい所だったが『姉さまから睡眠時間を奪う気ね。最低な夫だこと』と言われて僕のプランはあっさり挫折した。


 ノイエの睡眠時間は大切です。寝てください。ずっと起きていると変なスイッチが入るのです。


「猫は元気?」

「ねこ?」


 軽くノイエが首を傾げる。たまに通じるんだけどな。


「ファシーは元気かな?」

「猫さんは」


 通じてるやん。


 フルフルとアホ毛を軽く振り回しノイエが目を閉じた。

 そして静かな寝息を……起きなさいお嫁さん。乳揉むぞ?


「ファは……元気?」


 質問を質問で返すお嫁さん。それがノイエです。


「元気なら良いや」

「はい」


 コクンとノイエが頷いて僕の腕の中で体勢を入れ替えようと動き出す。


「……アルグ様?」

「ノイエの温かな背中を逃したく無くて」

「……」


 お嫁さんの目が『本当に?』と語っているように見えるのは気のせいです。

 本当です。ノイエの温かな背中をですね……はい嘘です。ノイエがこっちを向いたら絶対に良からぬことが始まる。始まってしまうのです。お願いだから場所を考えようね?


「アルグ様。その手が邪魔」

「違うんだノイエ。ちょっと寒いだけで」

「……」


 体勢を入れ替えることをノイエが辞めた。

 優しさが主成分なノイエだ。僕の抵抗……お願いを聞いてくれると、


「おごっ」


 スルスルとノイエが僕に背中を押し付けて来る。

 一方的な圧で僕は背中から背後へと転がった。


 絨毯が冷たいのです。


「ノイエ……はい?」

「くっついたままで」


 だからってノイエさん? 器用に下着をですね……本気か?


「後はアルグ様が起きれば良い」

「……」

「起きないならこのまま」


 ええい。ままよ。


 腹筋に力を込めて体を起こしまたノイエの背中を抱え込むように抱きしめる。

 座った姿勢で……うん。ノイエのおかげで体は温まりました。本当にね。


 ただポーラとアテナさんがこっちに背中を向けて眠る様子に何も言えなくなる。


 最近のノイエさんはかなり性に対して解放すぎやしませんか?




~あとがき~


 ノイエが何か考えているようでいないように見えるのは実際何も考えていないことが多々あるからです。ただごくまれに考えていることもあるんですが…稀なので全く外に伝わりません。


 何よりノイエって作者からすればストーリーブレーカーの1人ですから。

 ノイエサイトで物語を見ると半数以上の謎が解けてしまうチート仕様ですしね。


 ノイエの甘えぐらい甘受しろと主人公に言いたいw




© 2022 甲斐八雲

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