我らがすることは分かっているな?

 神聖国・都



『そんな馬鹿な話が……本当か?』


 神聖国の都と呼ばれる場所でその声が広がりつつあった。

 東の小国を攻めた者たちとの音信が途絶したのだと言う。


 確認のためにペガサス騎士たちをゲートに派遣しているが誰一人として戻らない。

 何か不吉な……今までに起こりえなかったことが起きていると都で働く文官武官の者たちは思っていた。


 だがそんな彼らの不安など他所に国の中核をなす者たちは楽観的だ。


『どうせ陥落させてから略奪の類をしているのだろう。報告を怠るとは大変けしからん。戻ってきたら注意が必要だな』などと言って笑い飛ばすのだ。


 またある者が戻って来ないペガサス騎士たちのことを上司に問えば、『ゲートに送られてきている戦利品を奪い合っているのだろう。大変けしからん』などと言いだす。

 重ねて問えば『ペガサス騎士は全員男性だと聞く。どうせ連れて来た女たちを捕まえ遊んでいるのだろう。大変けしからん』と。


 最初はただの違和感でしかなかったが、こうも楽観し過ぎた返事が続くと不安になる。


『自分たちの国は本当に大丈夫なのか?』


 その意見と言いようのない恐怖と不信がさざ波のように都中に広がって行く。

 ただ1人の……1人と呼ぶには難しい人物の企みだとは誰も知らずにだ。




「ククク。良い良い。実に良い」


 それは女王の宮殿の屋根に登り日の光を全身に浴びながら優雅に寝ていた。


 外見は人の形をした異形な者だ。

 しいて言うならばトカゲを人の形にしたような……そんな不気味な存在である。


 そして彼の周りには乾いた血の跡が存在している。

 今朝の食事だ。人の血肉を主食とする彼からすればこの場所は絶好の狩場なのだ。


「本当に良い場所に派遣された」


 それは笑いチロチロと長い舌で自分の顔を舐める。


 彼は本当に幸運だった。他の者たちが他所の地域で苦労していると聞く。

 だが神聖国は違った。この国は最初から狂っていたのだ。


 自分が何かを仕掛ける必要もなく、その狂った部分に接触するだけで甘い甘い蜜が吸えるようになった。後はその事実がバレないように『大国を裏から支配するのは大変だ。まだしばらくは時間を要する』とだけ報告すれば良い。時折戦果を付け加えることを忘れてはいけない。


 戦果もなくただ時間を費やしていると思われれば『無能』のレッテルが張られ別の者がこの地に派遣される。それは自分の怠惰な生活が奪われることとなる。そして用済みと判断されれば死が訪れるのだ。


「我らが王が本格的に動き出すまで……この怠惰を存分に味わっていたいものだ」


 それは笑う。


 人ではないそれは笑い……そして化け物と狂気が存在する宮殿で怠惰に暮らす。


 暮らしているのだ。




 神聖国・都のとある場所



「我々はごく少数である。が……」


 住宅街の奥まったエリア……薄暗い場所で彼らは集まり話し合っていた。

 出入り口には人が立ち、外の様子を常に伺っている。


 何かを恐れている……そんな様子が手に取るように伝わって来るが、それでもこの場所に集まった者たちにはそれぞれ強い意志を胸に抱いていた。


 だから負けられない。そして決して揺るがない。


 この場の議長と呼んでも良いのだろうか? 長方形の机を囲う者たちが自然と上座の場所を譲る人物……初老の男性は、齢を感じさせないツヤツヤとした顔をしかめていた。


「やるべきことは決まっている」

「「おう」」


 仲間たちが声量を押さえ野太い声で返事をした。

 誰もが険しい表情をしている。人によっては玉のような汗を額などに浮かべている。


「女王の暗殺……我らが生き残るにはそれしかない」

「「おう」」


 また低い声が響いた。


 だが全員の声に迷いはない。

 彼らはそれを望み活動してきたのだ。

 どんなに周りから酷い言葉を投げかけられようとも、彼らは耐え忍んで来たのだ。


 ようやく訪れた機会を……この最初で最後の機会を生かすために。




 神聖国・都のとある場所



「ほう。ようやく彼らが動きましたか……嘆かわしい」


 部下の報告を受け彼は額に手をやり軽く頭を振った。

 どうして彼らは非道なる行いに手を染めようとするのだろうか?


「どうかしているのか、魔に魅入られているのか」


 理由など分からない。分からないが……それでも彼らは集い会合を重ねている。

 きっと議題は『女王の暗殺』だろう。


「この国は女王陛下を慕い支える国だと言うのに、その理念を忘れたのか?」

「失礼ながら“宰相”様」

「発言を許す」

「はい」


 待機している部下の1人が動き、優雅に椅子に腰かけている宰相と呼んだ人物の傍で跪いた。


「左宰相派は古くからアブラミ領主との関係を疑われていました。つまり彼はあの策士に嵌められているのかもしれません」

「アブラミ領主……ハウレムか」


 その言葉に彼は軽く笑う。と、頬に手を当て急ぎ手鏡を手繰り寄せた。

 大丈夫であることを確認し、発言してきた部下に視線を向ける。


「あれは処分されたと聞いたが?」

「はい。敵国の使者をこの都に案内するようにとする指示を再三再四無視し続けておりましたので、内偵が入り実行部隊が動いたようにございます」

「つまりアブラミ領主は黒だったと言うことか」


 嘆かわしいことだ。


 女王陛下に忠誠を誓えない男が地方で力を持つ愚かしさ……全ては左宰相派が手を回し彼ら反乱分子を地方へと送り込んだことに起因する。本当に嘆かわしいことだ。


「我らにそんな裏切者は居るまいな?」

「はい」

「であれば」


 彼はゆっくりと立ち上がる。

 静かに歩き出した彼を追うように待機している部下たちが列を作り“主人”の背を追う。


「我らがすることは分かっているな?」

「はい」


 ずっと話し掛けていね部下がその声に応じた。


「女王陛下を守護しお守りすることです」

「上出来だ」


 クスリと笑い彼は足を止めた。

 ゆっくりと振り返ると、背後に居る部下たちが全員跪いていた。


「ならば命じよう」


 有無を言わさぬ声に部下たちが首を垂れる。


「我が右宰相派は左宰相共の暴挙を許さない。よってあの裏切り者たちを……狩り尽くせ」

「「御意」」


 彼……右宰相の言葉に部下たちが一斉に応じた。




~あとがき~


 シリアスさん出番は一瞬で終わるパターン。

 何故なら今回はキャラ出しみたいなものですからw


 神聖国には宰相が2人居ます。名前はまだ仮である!




© 2022 甲斐八雲

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