全力で一発その尻を蹴るだけ
ユニバンス王国・王都郊外ノイエ小隊待機所
「のっほ~!」
素っ頓狂な声が上がり、外で鍛錬に励んでいた者たちの視線が向けられる。
結婚が決まっている我らが副隊長殿は、本日は隙の多い格好をし私室として使っている部屋から飛び出してきた。きっと祝福を使っていて薄着になったのだろう。何故か彼女の場合は祝福を使用すると空腹と同時に発汗が多く見られると言う難点を抱えているのだ。
「やりましたよ私~!」
余程嬉しいことがあったのか部下たちの視線に気づかずに喜んでいる。
良く跳ねる。本当に良く跳ねる双丘だ。
「どうかしたんですか?」
そんな彼女に声をかける人物……変態で有名なモミジだ。
配属された頃には特徴的な衣装を身に着けていた彼女だが、今ではユニバンスの女性騎士が好んでするスタイルに変化していた。
ドレス風の衣装に革の胸当てを付けた感じだ。
ズボンスタイルで無いのはお手洗いの都合だとも言われている。スカートであれば戦場でも屈めば隠れてすることができる。それがズボンとなると色々と大変なのだ。
よって膝も隠れるほどの長さのスカートが好まれ着用されるのだ。
ユニバンスに良く馴染んだ様子のモミジに対し、シャツとショートパンツ姿の副隊長……ルッテが読んでいた手紙を彼女の顔の前に突き出した。
「見てください! 今回こんなに報奨が!」
「見えません」
顔に付かんばかりに押し出された紙に対し、モミジは一歩下がって改めて確認する。
確かに報奨のことが書かれていた。それも金額としては破格だ。
「将軍と宮廷魔術師を討ち取ったのですか?」
「みたいです」
遠距離射撃を得意とするこの副隊長は、自分が誰を討ち取ったのかは把握していない。
けれどそんなのは些細なことだ。ルッテとしては報奨金が嬉しい。
「ただ宮廷魔術師はフレアさんの手伝いになっていますが?」
「気にしません」
だって金額が良いから。
結婚前で何かと物入りなルッテとしてはそんなことは本当に些細なことでしかない。
手紙の内容を確認していたモミジは何となく上の対応を理解した。
どうやら今回の第一人者を二代目メイド長としたいのだろう。その理由は分からないが。
「良いですね」
「はいっ」
これでもかと輝かんばかりの笑顔でルッテは頷いた。
モミジとしても正直羨ましい話だ。
自分も結婚が控えている身であり、現在相手と新居を探している。
ただ問題は2人の職場が王都から見て西と南なのだ。その中間に新居と考えたが、運悪くその辺りは一般兵が住む地域であり治安の意味では余り宜しくはない。
騎士と魔法使いが住むにはお勧めされない地域である。
「羨ましい話ですね」
素直にモミジはそのことを口にした。
前回の神聖国の襲撃に対し、彼女は国軍の手伝いと言うことで国軍の傍に待機していた。
故に子供の頃から『強い』と聞かされていた大国の精鋭と戦うことができなかったのだ。
「戦いたかったですか?」
「そうですね」
確かに戦ってみたかったが、話に聞く限り自分が子供の頃から聞かされた話は何だったのかと思うほどに弱かったらしい。
やはり噂話は鵜呑みにしてはいけないと言う典型的な一例なのかもしれない。
「戦いよりも報奨金が欲しかったです」
「ですよね~」
大金をゲットしたルッテは笑顔だ。
代わりに得られなかったモミジは胸の中でため息が止まらない。
そんな貧富の差を披露している2人を木陰から眺めていたイーリナは、自分の元に届けられた手紙を広げて確認した。
確かに今回の報奨金は金額が良い。最近国庫が火の車だと言うユニバンスにしては頑張っている方だ。
《何かの前払いじゃ無ければ良いんだけど……》
嫌な予感がしてイーリナは手紙を畳んで懐に押し込んだ。
「今夜はルッテさんの奢りで食事にしましょうよ」
「え~」
「良いじゃないですか? 旦那さんも誘って」
「ん~」
モミジの煽てにルッテがその気になっている。たぶんあの異国の女性はルッテを煽てて高級店で飲み食いすることを考えているに違いない。
人の良い副隊長は……明日の朝反省すれば良いのだ。浮かれた自分が悪いのだと。
達観した様子で2人を眺めていたイーリナは寝がえりをうって寝ることにした。
王都王城内・近衛団長執務室
「報奨金の受け取りはご辞退させていただきます」
いつも通り感情を表に出さず、されど絶対に自分の言葉を覆させないという強い意志を感じさせる声で告げて来た二代目メイド長に対し、椅子に腰かけていたハーフレンは苦笑した。
相手の性格と今の立場を考えれば分かり切っていたことだ。
「理由は?」
「私はただのメイドですので」
「メイドだって仕事をすれば賃金を得るものだろう?」
「はい。ですから普段より十分な賃金を頂いています」
王弟付きの二代目メイド長の賃金は決して安くはない。
安くは無いが高いモノでもない。平均より少し高いぐらいだ。
ちなみに現在ユニバンス王国内で一番高額な賃金を得ているメイドはドラグナイト家のポーラとも言われている。
彼女の場合は賃金というよりもお小遣いだ。そのお小遣いの金額が高額すぎるのである。
ポーラを抜きにすれば、ドラグナイト家のミネルバが一番なのかもしれない。
ただ彼女は貰うだけで全く使わず貯金しているとも聞く。
最悪ドラグナイト家を解雇される事態になった場合、今までの貯蓄を切り崩し金を払って雇ってもらう気でいると……そんな本末転倒な噂話が流れてはいるが。
「あくまで今回もメイドの仕事の範囲だったと?」
「はい」
主人の問いにフレアは淡々と答える。
ハーフレンからすれば、この返答は想定の範囲内だった。
「ならこの報奨金はお前が可愛がっている孤児にでも使え」
「……ですが」
「命令だ。反論は許さんよ」
「……畏まりました」
妥協点としてはこの辺りだとフレアも理解していた。
国が一度支払った“報奨金”を断るだなんて不忠なことは許されない。拒否するのであれば相手が納得する逃げ道を作っておかねばならない。それを主人である彼が作ってくれたのだ。
「余りあの子ばかり可愛がりたくは無いのですが」
「なら他の子にも何か買ってやれば良い」
「……そうですね」
色々と諦めフレアは机の上に置かれている小袋を受け取った。
全て金貨らしくそれほど大きくはない。大きくは無いが高額だ。
「そうでした。ご主人様」
「何だ?」
てっきり退出すると思っていた相手が声をかけて来たことに驚きつつハーフレンは顔を向ける。
いつもの冷ややかな表情から一変して……フレアは笑っていた。
「実は今回の頑張りに対し、ご主人様からご褒美が欲しいのですが」
「お、おう」
「そんな大したことではありません」
「そうか」
何故だか背中を流れる冷や汗にハーフレンは全身の震えを止められなくなった。
子供の頃からフレアはちょっと変わった子ではあった。変わり過ぎていると言って良い。
ただ賢く礼儀正しくその立ち振る舞いから令嬢と呼ばれることが似合っていたおかげで、ちょっとした不審な部分を周りの大人たちは見て見ぬ振りをしていたのだ。
そのおかしな部分を良く知るハーフレンとしては色々と怖くなる。
《大丈夫だ。変なことはしていない。大丈夫だ》
ここ最近の自分の行いを再確認し、ハーフレンはフレアを正面から見た。
「何を望む?」
「はい」
ニコリと笑いフレアはその美しいと称される顔を形成する唇を動かした。
「ご起立を願えますか?」
「おっおう」
それぐらいならとハーフレンは立ち上がる。
「出来ればそちらに移動して貰い……そうです。両手は壁に。それと少し両膝を曲げて。その状態で固定してください」
「なあフレアよ? お前は今から何をする気だ?」
壁に両手を突き軽く尻を突き立てるような体勢で固定されたハーフレンは肩越しに彼女を見る。
美しいはずなのに恐怖しか感じさせない笑みを浮かべるメイドに……また冷や汗が噴き出してきた。
「大丈夫です。そのままで」
とフレアは執務室に居る他の者たちに視線を向けた。
「今から起こることはただの気のせいです。良いですね?」
「「……」」
全員が迷うことなく動き近衛団長に背を向けて耳を塞いだ。
「だからフレアよ?」
「はい。ご主人様」
ニコリと笑う顔がまた自分を見る。
それだけでハーフレンの冷や汗は止まらない。
「ではご褒美を賜りたいと思います」
「おっおう」
訳も分からないままハーフレンは覚悟を決めた。
「大丈夫です“ハーフレン”様」
珍しく名を呼ばれ一瞬彼は全身に巡っていた緊張の糸が途切れた。
「ただ全力で一発その尻を蹴るだけですから」
「おまっ」
「ご覚悟を」
軽くたくし上げられたゆったりとしたスカートから覗く相手の右足に黒い何かが集まるのを見て、ハーフレンは本当の意味で覚悟を決めた。
後日しばらく彼は座るたびに顔を顰めていたという。
そしてフレアがどうして彼を蹴り飛ばしたのかは……謎のままだった。
~あとがき~
後始末も終わりです。これからは神聖国の都に話が移って行きます。
色々と複雑で裏側ではドロドロな神聖国の話ですのでシリアスさんが入念に体を温めております。今回の彼はやる気です。自分の出番が多いと信じているようですが、そこは王者ギャグさんも譲る気は無いので壮絶な殴り合いになりそうな予感です。
たぶんいつも通りの流れになるんじゃないかな~と。
問題は描いたゴールに無事に着地できるのか?
そしてコンプライアンスギリギリを攻めまくることになるであろう展開に作者の首の皮はどれほどの厚みまで削られるのか?
あ~。今から色々と怖いですw
© 2022 甲斐八雲
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