最低ですね
神聖国・大荒野
「本当に美味しいんですね……ははっ」
力なく笑いながらお肉を口に運ぶアテナさんのメンタルは大丈夫だろうか? 医者か? 医者を呼んだ方が良いのか?
ただウチの医者は外傷専門だ。メンタルヘルスとかは絶対に無縁な気がする。
骨のヒビなど折ってくっ付けろとか言い出すタイプの弟子だしな……師匠が悪いのか。
「これも」
「ありがとうございます。……美味しいですね」
「はい」
ノイエが手渡したお肉を口に運びアテナさんが虚ろな目をしている。
もうダメか? 手遅れなのか?
「にいさま」
「はい?」
「ねえさまがおにくをゆずってます」
僕の隣でお肉を食べていたポーラが本気で驚いていた。
驚くポイントがそこなのもどうかと思うが驚きたくなる理由も分かる。
「ノイエは自分に親切にしてくれた人への感謝は忘れないタイプだよ?」
「……」
身長差から僕を見上げる格好となるポーラの目が雄弁に語っている。『私は?』と。
「そしてノイエは自分の妹に対して常に優しいのです」
「っ!」
だから目で語るな。その目は何だ? 『どの辺りが?』とか言いたいのか?
「君はノイエの妹でしょうが……つまり何かあればノイエは必ず駆けつけるよ。それが君のお姉ちゃんです」
破格な待遇だと思うよ。ノイエから『家族認定』を受けているのだからね。
そして何よりノイエは家族を決して見捨てないし、斬り捨てたりもしない。自分がどんなことになるのかすら考えずに反射的に行動して助けようとする。
仮にポーラが火山の火口から転落してもノイエは迷わずに救おうとするだろう。どんな絶望的な状況でもだ。
「それほどポーラはノイエから愛されているのです」
「にいさま」
感極まったポーラの目に涙が溜まっている。ただしこの話にはオチが付く。
「僕の次にだけどね」
「にいさま~!」
オチを口にしたら案の定ポーラが拗ねて怒り出した。
こらこら。そんな乱暴にお肉を口に運ばないの。まだまだお肉はたくさんあるんだから。
「にしてもこのペースだと神聖国のペガサスが絶滅するんじゃないの?」
血抜きを進めているペガサスを見つめ僕は本気で心配になった。
ノイエがペガサスの味を覚えてから合計80頭を狩った計算になる。
このペースで狩っていて大丈夫なのだろうか?
「聞いた話ですと都には計500頭。地方には200頭が現役として活動しているそうです」
もそもそとお肉を口に運びながらアテナさんが教えてくれた。ならついでに質問だ。
「ペガサスって野生のモノを捕まえているの?」
「違います。都近くの都市に育成場があってそこで繁殖させて育てています」
「ふ~ん」
競馬馬的な感じなのかな?
つまりはミシュの実家か。メッツェ君がここに居たら大喜びしただろうか?
「ペガサスって飛んで逃げないの?」
羽根があるから『俺は自由だ~』とばかりに逃げ出しそうだけどね。
「はい。仔馬の頃は飛べないので、その間に人に慣れさせて『ここに居れば餌を得られて危険を回避できる』と覚えさせます。それでも大きくなってから何かの拍子に逃げる個体もありますが、大半はその日のうちに戻るそうです」
「戻って来ないのは?」
「都で子供たちに掴まって遊び道具に」
人に慣れさせてしまった弊害か。
「ですがそんな子供がペガサスの背に跨り空を飛ぶ楽しさを覚えペガサス騎士に憧れるのです。将来の目標として努力して……ううっ」
何やら熱く語りだしたアテナさんに対し僕は黙って指を向ける。それに釣られて視線を巡らせた彼女は、ペガサスの死体経由でそんなペガサス騎士たちの現状を見つめて涙した。
『もうダメだ~!』『殺せ~!』『たまらない! この感覚がたまらないっ!』などなど、だいぶ離れた場所で氷オムツをさせられた人たちが大絶叫している。
ただ20人にこれをすると4人か5人は新しい扉を開いてしまうのは何故だろう? そして1人か2人はオムツを履かせられる行為に対して何かが目覚めるのだ。
神聖国の人は潜在的な変態さんが多すぎます。
シクシクと悲しい現実を直視したアテナさんが泣き出した。
『これ』と言ってノイエがモモ肉を差し出し、それを受け取ったアテナさんは泣きながら食べる。
「人は空腹だと涙もろくなるんだな」
「にいさま?」
ポーラさん。お兄ちゃんにそんな目を向けてはいけません。
時刻はザックリお昼頃。太陽が一番高い場所に居て辺りをジリジリと照り付けている。
僕らは移動を止めて陸に降りて休憩することにした。
理由は上空で直射日光は辛すぎる。どんな悪環境でも屈しないノイエは大丈夫だが、箱入り娘だったアテナさんは熱さでダウン。僕も辛くてギブアップ。何よりアルビノのポーラが一番辛い。あっさりと意識を失いかけて危うく墜落するところだった。
ノイエ以外の3人で話し合い休憩が決まった。と言うか休憩しようとしたらペガサスの一団が飛んで来たから迎え撃った。まだ昨日狩った非常食が残っているのに供給が早すぎる。
今日の分は血抜きをしてからノイエの異世界召喚の中に放り込んで保存することにした。
生き物は入れられないが、死体ならまあ大丈夫だと言う不思議仕様だ。
念のためポーラの祝福で凍らせておいたから大丈夫だろう。
そんな訳で僕は木陰で横になり、ポーラが出してくれた氷の塊を眺めながら涼を楽しむ。
これこれそこのニクよ。そうペロペロと氷を舐めるでない。喉が渇いているのなら……そこの氷でも舐めておけ。それが正解らしい。
毛皮の生き物であるリスのニクは暑さに強くない。
今も氷の傍から離れず涼しみながらペロペロと表面を舐めて水分補給している。
ちなみにニクよ。塩分は補給しているか? リスが塩を舐めるか知らんが念のために岩塩でも舐めてなさい。そうそう塩は大切だ。だから良く舐めなさい。つか良く舐められるな? ん? この岩塩が気になるの? 聞きたいの?
これはさっきペガサス騎士の尻をゴシゴシした残りだ。吐くな吐くな冗談だ。怒るなよ?
拗ねて僕から離れて行ったニクは氷の傍で丸くなってふて寝しだした。
冗談を理解できないリスだな。まったく。
「にしても……」
意識を向けないようにしているが声は聞こえて来るから仕方ない。
現在ウチの3人娘たちが氷を融かして作った水風呂を堪能している。
その音と言うか声が全てこっちに届くのです。
「どうしたらこの大きさと美しさに?」
「知らない」
「ねえさまはなにもしません」
「何もしないでこれなのですか? 本当に?」
「はい」
「ずるいのです」
どうやら本日はノイエの胸がターゲットになったらしい。
ウチのお嫁さんは何処に出しても恥ずかしくない美乳の持ち主だ。それに大きい。
「それにあんなに食べているのに……ほそっ!」
「ねえさまは、うしをいっとうたべてもふとりません」
「その卑怯な体質を私にも下さい! 都では太った方が良いと聞きますが、母様の姿を見ていたら……」
「わたしはむねとしんちょうがほしいです」
「知らない」
形勢不利になったのかノイエの困った様子が手に取るように分か。
「このスラッとした足が……」
「ねえさまのすかーとはみじかすぎです」
「アルグ様が」
ん?
「にいさまはねえさまになにをさせたいのでしょうか?」
「あの御方は普段からあのように短いスカートを好むのですか?」
「はい」
これこれポーラさん。外国の、それも年頃の娘さんに何を語っているのですか?
「それにねえさまに、いぬのかっこうをさせたり」
「犬っ!」
「ねこのかっこうをさせたり」
「猫っ!」
待って欲しい。僕はノイエに猫の格好など……ファシーか。あれは別枠だろう?
「すけすけのねまきや」
「すけすけっ!」
「ひものようなしたぎや」
「紐っ!」
「みたこともない、いこくやいせかいのふくをきせて」
「……変態ですね」
静かに告げられた言葉に僕はゆっくりと心を痛めた。
違うんだ。僕はお嫁さんに対して常に新鮮な何かを求めているのであって……はい。ただの趣味ですが何か? だって美人でスタイルの良いノイエは何を着ても似合うんだから問題無いよね?
「とくにいぬがすきみたいで」
別に犬好きでは無いのですけどね。しいて言えば猫派ですよ?
「あいてにいぬのようなふるまいをもとめ」
「犬の振る舞いっ!」
「はい。わんわんとなかせるのです」
「……最低ですね」
静かな指摘が心を抉るんだよ~!
と、物陰の隅からこちらの様子を伺うアホ毛を発見。
「ノイエ?」
「はい」
顔を見せて来た相手は僕の愛しいお嫁さんでした。
ノイエはジッとこっちを見つめ……ゆっくりと口を動かした。
「する?」
「君は本当にそれだな?」
「でも、する?」
重ねて問われると否定できない。
「ノイエが『にゃん』て鳴いてくれたら考えます」
「……にゃん」
可愛いからすることにしました。
~あとがき~
一応進んではいるんですが…本当ら緊張感の無い人たちだな~。
ノイエのスタイルは天然です。仮にリグが何かをしても祝福で治ってしまいますしね。
それにその祝福のせいでスタイルが維持されているような物です。
祝福さんは無駄を許さないのですw
© 2022 甲斐八雲
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