もげてしまえ!
「放して……放せ~!」
「はぁ~」
床を這って進もうとする姉のような存在の背に座り、褐色の肌を持つ少女……のような姿をした爆乳ロリ医者のリグは何とも言えない表情でため息を吐いた。
そもそも捕まえてなどいないから『放せ』は違う。座って居るから『退いて』が正しい。
体力と筋力と“腕”が無いから相手が逃れられないだけだ。
「ダメだよアイル」
まただ。また尻の下に居る存在が悪い病気を発病してしまった。
「未知なのよ! 私の知らない術式が、魔法が、手の届く距離にあるの!」
普段は知的で物静かな女性なのに、この病気が出ると可憐な華が見る影もなくなる。
本当に醜い。見るに耐えない。
「その手が今のアイルには無いよ」
厳密に言えば両腕の肘から先を失っている。
「それでもよ! それでも触れることはできる!」
「足で触っても分からないよ」
「それでも!」
必死に進もうとする存在に体重をかけて阻止する。
「ぐっ……退いてリグ! 重いし!」
「流石にその言葉はボクでも傷つく」
「余計な重りが二つあるからっ!」
リグは相手の背中の上で軽く跳ねた。
息を詰まらせた敷物……術式の魔女と名高いアイルローゼが一瞬動きを止める。
「アイルの悪い癖。一つの物ばかり見すぎ」
「仕方ないでしょう! 目の前に未知が!」
「だからって何もできないのに外に出ることは良くない」
何より彼らは空を飛んでいる。飛んでいるのだ。
見て聞いていた限りあの魔道具はノイエの魔力を大量に必要とする。ただ作り出した刻印の魔女が操縦しているから魔力の無駄遣いを押さえてはいるようだ。
一度高度を上げそれからゆっくりと斜め下へと向かい滑空していく。
そうすることで絨毯の状態維持に魔力を使うだけで飛行距離は稼げるらしい。
「それにアイルがノイエの体を使ったら落ちる」
「本望よ! げふっ」
もう一度跳ねてリグは相手が正気に戻ることを願った。
「なら落ちるまでに見て触れて」
「手が無いから触れないでしょう?」
「触れられるわよ!」
四肢が欠損している状態でノイエの体を操ると欠損している腕や足が動かせない。
尻の下の暴走魔女が体を張って実践してくれたことだ。
「触れて何が分かるの?」
「分からないけど、分からないと言うことが分かるから!」
「今、分からないが分かっているなら出る必要ないね」
「リグ~!」
「はいはい。煩い」
この魔女は本当にダメだ。自分の知らないモノやことを目にすると一気にダメになる。
それが魔女のサガとも言えなくはないが……好奇心が暴走しすぎるのは周りにとってただの迷惑でしかない。
「シュシュ」
仕方なくリグは応援を求めた。
「誰だってするから……私だけじゃないから……歌姫だって……」
「シュシュ?」
まだ精神的な何かから脱出しきれていない古くからの友人は、頭を抱えて床の上で蹲っていた。
「大丈夫だよシュシュ」
「……何が?」
患者に対して優しく語りかけるようなリグの声にシュシュは顔を上げた。
「どうせアイルもしてるから」
自分の尻の下に居る存在をリグはある意味よく理解していた。
故に確信があった。絶対にしていると。
フワっと立ち上がったシュシュは、動く死体のような足取りでリグたちの方へと近づいて来る。
何かを察し逃げ出したリグを無視し、解放されたアイルローゼが外に出ようと動き出した瞬間……シュシュは魔女に抱き着いてその動きを制した。
「放しなさいシュシュ!」
「だぞ~! どうせアイルローゼだって!」
「ちょっと! 何処を触っているのよ!」
肘から先が無い魔女は短くなっている腕を振るって必死に抵抗する。
が、シュシュの手は止まらない。
「こうか? こんな風に1人でしてるのかだぞ~!」
「そんな風になんてするわけないでしょ!」
「ぞ~!」
自分のやり方を否定されシュシュは軽くショックを受けた。
「どっちだぞ~! より激しくしているのかだぞ~!」
「馬鹿じゃないの! 激しくする意味が分からないわ! それよりもその手を放しなさい!」
「暴れるなアイルローゼ! そうでなくても掴みにくい胸なんだぞ!」
「煩いわね! 掴めないならその手を放しなさいよ! 私は外に存在する未知に用があるのよ!」
「……そうか。こっちかだぞ?」
スルスルとシュシュの手が動き、魔女の腰が軽く跳ねて抵抗が激しくなった。
「何処に何を、触るな~!」
「アイルローゼはこっちかなのだぞ?」
「違うから! そんなこと、んっ」
軽く声を詰まらせ魔女は顔を真っ赤にした。
「触るな変態!」
「変態は酷いぞ?」
「変態よ! こんな場所で私の……」
増々顔を赤くして魔女は言葉に困る。
自分が口走ろうとした言葉が何であるのか寸前で気づいて恥ずかしくなったのだ。
誰よりも乙女な魔女には口にできない言葉もある。
「そうか! アイルローゼはこうするんだな、だぞ~」
「ち、違う……から」
古くからの馴染みである同級生の行為に魔女は呼吸を荒くさせる。
「ここ?」
「違うから。触らないで!」
「ダメだぞ~」
「どうしてよ!」
顔を真っ赤にした魔女はこれでもかと叫ぶ。
それを受けたシュシュは至極当然の様子で口を開いた。
「この痴態を旦那君に見て貰って色々と忘れて貰うんだぞ~」
具体的に言えば『自分の痴態』をだが、シュシュはその言葉を飲み込んだ。
「ってこんなの馬鹿弟子に何て見せられる訳ないでしょ! 放しなさいよシュシュ!」
「嫌だぞ~。アイルローゼも私と一緒に旦那ちゃんに恥ずかしい姿を見られれば良いんだぞ~」
「知らないから! 放して……放せ~!」
必死にシュシュから逃れようとするアイルローゼは全力で抵抗を見せる。
それを歌姫の太ももを枕にして眺めていたリグは、何となく口を開いた。
「きっと彼はもう見ていると思う」
「何を?」
まだザラザラとして聞き取りづらい声をしている歌姫は気になり、自分の太ももを枕にしている医者にそう問うた。
リグは面倒臭そうに体を弛緩させながら欠伸をする感じで口を開く。
「アイルの痴態」
「……」
軽く頬を赤くし歌姫セシリーンは重ねてリグに問う。
「どうしてそう思うの?」
「だってアイルだしね」
「……」
何故かその一言でセシリーンは理解した。
「きっと色々と触って確認しているはずなんだ。魔女のサガかな」
「えっと……彼のことを思いながら触るのに、魔女のサガとかは関係ないかなって私は思う」
「経験者は語る?」
顔を真っ赤にして歌姫は口を閉じた。
まだ大丈夫なはずだ。自分のモノは見られていないはずだ。
もし見られたとしても相手が彼なら恥ずかしいが我慢は出来る。
「私としてはリグが何もしない方が驚きなのだけど?」
「そう?」
「ええ」
だってリグは優秀な医者なのだ。
「自分の体に触れて色々と学んだりは?」
「しないよ」
軽く歌姫の太ももに頭を預けリグは言葉を続ける。
「ボクは客観的に観察したいから自分で確認したりしない。判断が鈍るしね」
「……」
「だからこうして他人の反応を見たりはする」
「それで助けないのね」
「助けたらアイルは外に出るよ」
だったら痴態を晒してくれた方が助かる。
少なくとも外の彼が危険に晒されるような事態に陥ることは無い。
冷徹なまでの判断を下せるのはリグが根っからの医者だからだ。
「だったらこのままの方が良い」
「そうね」
納得し歌姫もまた耳を傾ける。
シュシュの攻撃により魔女の抵抗は弱々しいものへと変化していた。
「アイルローゼ?」
「……もう止めて……それ以上は……」
「何か魔女が可愛いんだぞ~」
幼馴染と同じ性癖に目覚めかけているシュシュは思わず叫んでいた。
必死に色々なことに耐えている魔女が余りにも可愛らしいのだ。食指が動いて止まらなくなる。
「こっちはどうだぞ?」
「んっ……許してシュシュ」
肩越しに振り返り懇願して来る涙目の魔女にシュシュは激しく動揺した。
「それ以上はダメ」
「どうしてだぞ~?」
「……」
「言わないなら」
軽く脅して見せると魔女はポロっと涙を落とした。
「……彼にして欲しいから」
「ぞ~!」
何て可愛いのだろうか?
「アイルローゼは本当に可愛いぞ~」
思わずギュッと相手を抱きしめシュシュはそれ以上の行為を止めることにした。
こんなに可愛い魔女に頼まれたのだから仕方がない。
結果として魔女が外に出ることは阻まれた。
神聖国・大荒野上空
「お兄様~」
「何よ?」
う~寒い。ノイエをキュッと抱いて我慢しているけど背中が寒いのです。
「うん。ただ何となく言いたくなったことがあってね」
「はい?」
絨毯の前の方で操縦している悪魔がそんなことを。
いつの間にかにもこもこなダウンジャケットみたいな物を着こんでいるんですが……それって予備とかありませんか?
「何を言いたいの?」
「うん」
愛らしい声で彼女は、
「もげてしまえ!」
「何故に!」
不条理とはこのことだろうか?
~あとがき~
空飛ぶ絨毯なんて見たら魔女は暴走するのですw
そんな訳で暴走した魔女が…あらら? 気づけば乙女モードで愛らしくなっています。
そしてそれら全てを見て知る刻印さんは、思わず叫んでいたのでしたwww
最終選考の選考期間が延長しましたので未だ結果待ちです。
心臓に良くないわ~。不眠症に拍車がかかるわ~。
ちなみに書籍化したら出版社さんが許してくれる範囲で再編しつつ書下ろしを決行したいなって思っている作者さんなのです。
死ぬかな? だがそれが出来るなら本望よ!
© 2022 甲斐八雲
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