怠惰代表が良く言うわ

 神聖国・大荒野



「艦長! 前方2時の方角に敵影在り!」

「やっと来たか」


 夕方になり色々と開き直った僕らは豪快にかがり火を焚いた。


 何故かノイエが異世界召喚の中に大量の薪を確保していたから材料には困らないのだが……お嫁さん? この大量の薪はどうしたのですか? はい? 小さい子が。ふむふむ。犯人はお前かっ!


「いや~んお兄さま。いじめ、な・い・で」

「言葉に節を付けて媚びを売れば助かると思っているお前の性根を修正してやる~」

「ぐっ……これが若さか」


 僕の空振りパンチに悪魔がオーバーアクションでよろけた。

 一瞬ポーラに若さとか言われるとちょっと考えたくなるが、この悪魔の正体はすっごいババアだから間違っていないのかな?


「ちょっとお兄さま? 何となく不穏当な気配を感じたんですが?」

「黙れババア」

「乙女の恥じらいパンチっ!」

「まさかのデンプシー!」


 ∞の軌道を描いて悪魔が畳みかけて来やがった。


「アルグ様」

「はい?」


 トコトコと歩いて来たノイエがピタッと僕に抱き着く。

 甘える感じで……何故か彼女のアホ毛がスルスルと僕の首に巻き着いた。


「仲間外れはダメ」

「ノイエさん?」

「ダメ」

「もちのろん!」


 若干首がキュッてしたから慌てて愛しいお嫁さんを抱きしめる。


 よ~しよしよし。世界で一番可愛いのはノイエですからね~。愛してるよ~。


 これでもかと耳元で愛を囁いていたら、若干お嫁さんの呼吸が荒くなったような?


「す、」

「さあノイエ。今度は1頭残してね」

「むぅ」


 少し拗ねながらノイエが僕から離れる。

 後ろ髪惹かれる想いと言う言葉がありますが、ノイエのアホ毛が僕の首に巻き着いたままなのです。これが意図していることとは?


「お姉さまに手綱を握られてるわね~。お兄さま」

「せめてリードと呼んで」

「ポチ。お手」

「チョップ」


 失礼な悪魔に手刀を叩きこんで黙らせておく。

 ノイエは投げるのに適した石が無いのか近くの岩を蹴り壊して投擲武器を作成した。


「アルグ様」

「ほい」

「全部」

「1頭は残してね」

「……」


 返事をしなさいお嫁さん。こっちを見るんだ。君ならよそ見をしていてもあの的ぐらい簡単に射貫くことは知っている。だからこっちを見なさい。

 そんなに羽根の付け根が気に入ったのか? 失敗した丸焼きの残骸を漁って食べられそうな部分が無いか探していたことは知っています。だけど1頭は残しなさい。厳命です。


「……アルグ様の馬鹿」

「ぐふっ」


 デンプシーよりも強力なパンチが僕のボディーに。


「お兄さまダウン。ダウン。立てないか? 無理か? それでも男か? 男子たる者最後まで立って逝けと言うでは無いか! さあ立つんだ○ョー! 立て~!」


 煩いわい。

 テンション高めに盛り上がる馬鹿のおかげで冷静になれた。


「全部殺しちゃうと移動がね」

「あっそれなら私に良い手段が」

「……」


 悪魔に視線を向けて僕は大変穏やかな表情を浮かべる。

 たぶん穏やかだ。鏡が無いから確認できない。

 僕の表情を見た悪魔だって直立不動で敬礼しているしね。


「お前……そろそろ本気で遊ぶの止めようか?」

「え~。だって最初からドラ〇もんの道具を使って冒険したらつまらないし~」

「その根性を本気で叩き直してやろうかっ!」

「掛かって来いや! この絶〇野郎!」

「で」


 僕と妹との間で一瞬即発の状態となったが、ノイエが落ち着いた感じでその一文字を発した。


「全部?」

「……悪魔?」


 僕に聞かれても判断できないので右から左へ。


「まあお姉さまの機嫌が悪くなるとあれだから、今回だけよ?」


 今回だけらしい。何がと言う主語は無いが。


「そんな訳でノイエ」

「はい」

「やっちゃって」

「はい」



 やって来たペガサス20頭がノイエのご飯と化しました。




「美味しい」

「良かったね」

「はい」


 もふもふと美味しそうにノイエがお肉を食べている。

 ペガサスのモモ肉だ。付けね肉は貴重だから少しずつ食べるらしい。


 何よりこだわる女ノイエさんは、自分が好きな部位ばかり食べたりしない。少し劣る部位から少しずつ良くして最後に美味しい所を食べたりもする。今みたいにだ。


 ちょこんと座ってモモ肉を食らうノイエは本当に幸せそうだ。

 そして彼女のために日中延々とペガサスを焼き、軽い熱中症になって寝ていたアテナさんは、起きだしたらまた山と積まれた新鮮なペガサス肉に絶望の表情を浮かべていた。


 それでも焼いて焼いて焼きまくってから燃え尽きたように眠りに落ちたのは流石のひと言だ。


 今も横になってスヤスヤ寝ている。

 ただニクを枕にするのはどうかと……尻尾は枕にならないか。なら胴体を枕にするのは自然の行為だな。ノイエの為に頑張ってくれたんだ。普段宝玉だけを抱えて移動している君はたいして働いていないんだから役に立って良いだろう?


 あれ? どうして涙が込み上がって来るの?


「姉さま~」

「はい」


 悪魔の声にノイエが自分のお尻の下を殴りつける。

 厳密な言えば魔力を纏わせた拳で僕らが乗っているモノを殴ったのだ。


 グンッと上がるような気配を感じる。たぶん下がった高度を上げたのだろう。


「ん~。流石に燃料が豊富だと安定して飛べるから良いわ~」

「と言うかこんな便利な物があるのなら最初から出せ」

「ダメよ。最初から楽すると人は怠惰になるから」

「怠惰代表が良く言うわ」

「日本に優勝カップを届けたいと思います」

「怠惰なヤツが出るってどんな大会だ?」


 軽口を叩きながら悪魔がまた運転に集中する。


「アルグ様」

「ん?」


 それは何処の部位ですか? ハラミ?


「美味」

「良かったね~」


 魔力を供給して少しお腹が空いたのか、ノイエがノリノリでお肉にかぶりつく。


 僕はその様子を眺めつつ自分の尻の下に存在するモノに触れた。

 肌触りとしては悪くない。最高級品を思わせる……触れてそれが分かる男になった自分にビックリだ。


「ねえ悪魔」

「何よ?」

「これ頂戴」

「だ~め」


 何度目か思い出せない僕の言葉に悪魔が同じ返事を寄こした。

 マジでこれは欲しくなる。


「どうせノイエが居ないと使えないんでしょう?」

「それでもよ」


 また同じ会話だ。


 悪魔が作った大陸西部の工房の1つに死蔵されていた一品。

 絨毯型飛行移動デバイス。ぶっちゃければ空飛ぶ絨毯だ。


 とにかく燃費の悪いこれは悪魔の手でも持て余す存在だったとか。


 100人乗っても大丈夫なように広いスペースを確保した結果、魔力ドカ食いするようになったらしい。その上に飛行魔法だ。魔力の消費が最も激しい魔道具に成り下がった。

 当たり前だが死蔵されることとなった。


 だが僕らにはこの大陸で最高峰の魔力持ちが居る。ノイエだ。


 ペガサス肉を食べながら絨毯の真ん中にちょこんと座って時折殴りつけた燃料を補給する。

 それだけで絨毯は空を飛び移動するのだ。欲しくなるだろう?


 便利ではあるが問題もある。一番の悩みは速度だ。結構遅い。人の走る速度とか悪魔は言っていた。

 次なる問題は寒さだ。空の上って寒いのね。


 お陰でノイエの隣から離れられない。

 こうしてノイエの温もりを感じられる距離に居る必要がある。

 アテナさんがニクを手放さないのもこの辺が関係しているかも。


 最後はとにかく目立つ。今は夜だからあれだけど、それでも月明かりに照らされ絨毯の下には黒い影が出来上がってそれが移動している。

 障害物が無いから上空でも索敵されたい放題だ。


「ノイエ」

「はい」


 だから僕らはこの絨毯に乗る前にたっぷりと補充した。


「おかわりが来たら全部撃ち落として良いからね」

「はい」


 嬉しそうにノイエがアホ毛を揺らす。

 そう。ノイエの投擲武器……石は満載だ。これでしばらくは戦えるのだよ。




~あとがき~


 大陸西部の廃棄した工房を巡りに巡った刻印さんは、何個か死蔵されていた魔道具を回収して来ています。

 その中に今回の空飛ぶ絨毯があります。魔力を消費が激しすぎて使うのを躊躇うほどの物です。

 ただノイエが居ればあら不思議。この欠陥品も動いちゃうんですよね~




© 2022 甲斐八雲

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る