お断りだよこん畜生!

 ユニバンス王国・王都中央広場



「あれ? もう帰るの?」

「ああ」


 ボリボリと飽きた様子で頭を掻いているオーガにボロボロのミシュが声をかける。

 大国と聞いていたから強い奴と戦えると思っていたのに拍子抜けさせられたトリスシアはもう完全にやる気を失っていた。何より土産も得たしここに長く居る必要はない。


 荷物を抱え直し帰り支度を整えたトリスシアは、余りにも薄汚れた相手の様子に何とも言えない視線を向けた。


「何をしたらそんなに汚れる?」

「あはは~。神聖国の敵よりも自国の味方らしい人物の方が容赦なく強くてね~」

「確かにこの国には強い奴が多すぎて困るな」


 帝国に居たトリスシアだがここまで強い人材はそうそう出会えなかった。

 現在いまとて身近にいる強者はあの口煩いキシャーラぐらいだ。


「……」

「どうした? 表情が一気に渋くなったよ?」

「……帰るのが憂鬱になったぐらいだ」

「分かる。分かるよ~」


 何故かオーガの肩に移動しポンポンと彼女の頭に手を置く。


「私も家に帰ると変態が待ち構えていて、逃げれば逃げた先に変態が待ち構えていて、それでも逃亡すれば逃亡先に変態が待ち構えていて」

「意外と楽しそうだな?」

「楽しかないわいっ!」


『本当に困っているのよ? 分かる?』などと腰に手を当てて憤慨するミシュにトリスシアは軽く笑った。

 まあ馬鹿な相手だがこうして笑い話を提供するからオーガはミシュを気に入っている。


「まあ良い。アタシはそろそろ戻らないとね」

「あん? 報酬の酒樽は?」

「キシャーラの部下たちに言って運ばせな。3樽貰えれば文句は言わんよ」

「なら1樽も~らい」


 都度4樽を購入しその代金がアルグスタの元に回されることとなった。

 そのことに関してこの2人に躊躇などは無い。何故なら決定事項だからだ。


 欠伸交じりで動き出したオーガの肩から飛び降り、ミシュは彼女の様子を見る。

 本当にこのまま帰る気だ。国王陛下に報告なんてする気も感じさせない。


《まあ門を突破した“3”人を討ち取ったから問題は無いんだけど……》


 唯一問題があるとすれば、オーガが簀巻きにして抱えている4人目の存在だろう。


 縄でグルグル巻きにされちゃんと猿ぐつわまで噛ませている。長身で胸の大きな美人だとミシュも部下から報告を受けている。

 ただどうしてオーガがその人物を確保しているのかが分からない。


「それをどうする気なの?」

「ん? 決まっているだろう? アタシは食肉鬼だよ。家に帰るまでに腹だって減るだろうから飯は必要だろう? 弁当だ」


 簀巻きにされている人物が『ん~! ん~!』と声にならない声を上げて全力で暴れる。

 だが慈悲を持ち合わせないオーガはそんな彼女を片手で掴んで持ち上げると、涙で濡れている女性……シリラの頬をペロリと舐めた。


「やっぱり人は生に限るからな。足先や指先から少しずつ齧って味わってやるのさ」

「ん~!」

「この無駄に肉の詰まった胸を削ぎ落して食べるのも良いな」

「ん、ん~!」

「どんな味がするか今から楽しみだよ」

「ん、ふ~!」


 絶叫する非常食とそれを虐めているオーガを見てミシュは何となく納得する。

 つまりこのオーガは楽しい玩具を手に入れたから持って帰る気なのだ。


 最低の相手に掴まった彼女の運の無さは……まあ殺されていないだけ運は残って良そうだが。


「アンタって本当に良い性格してね?」


 悪趣味とも言える性格だ。

 その問いにまたシリラの頬を舐めていたオーガはミシュに顔を向けた。


「あん? 良いだろう?」


 肩に非常食を担ぎオーガは笑う。


「捕虜を好き勝手に出来るのは強者の証だろう?」

「まあね」


 おかげで色々と誤魔化さなければいけないミシュではあるが、敵兵1人でオーガの手間賃がどうにかなるなら安い物だと算盤を弾いていた。

 何より3樽の酒ぐらいはあのドラグナイト家なら何とも思わない。

 本当に安い。安すぎるぐらいだ。


「それ1人で良いの? 空腹ならもう何人か手配するけど?」

「ん、ん~!」


 だからこそミシュもミシュなりに気を使ってみた。


「要らないよ」


 クルっと背を向け、オーガは他の荷物を担いで歩きだす。


「この馬鹿はアタシを恐れず挑んで来た馬鹿だから気に入ったんだ。それに」


 立ち止まりポンポンとトリスシアは荷物の尻を叩いて見せた。


「良い形をしているだろう? 誰かが言っていたな……尻の大きな女は安産だとか。これほどの尻であればあの馬鹿を相手に子供ぐらいは作れそうだ。人にしてはそこそこ強いし体力はありそうだ。あの馬鹿親父はあっちが強いとか聞くから丁度良いだろう」

「は? 何の話よ?」


 脱線しまくるオーガの言葉にミシュは首を傾げた。


「あん? 決まっている」


 トリスシアはニカッと笑った。


「嫌がらせだよ。小煩い親父へのな」


 豪快に笑いオーガはミシュに背を向け歩き出す。


 そのおかげで担がれている非常食と目が合ったミシュだったが、相手の必死の救援を求める視線から笑顔で顔を背けてやった。

 人の不幸は蜜の味とは良く言ったものだ。本当に甘くて美味しい。


「我が愛しの君よ! 何処にいる!」

「チィッ!」


 聞こえてきたその声に、ミシュは舌打ちすると全力で逃走することとした。

 本当に面倒臭い相手に目を付けられてしまった。何が面倒だと言うと一途なのだ。


「そこに居たか愛しの君よ! さあ今宵は私と共に暑い夜を過ごそうでは無いか!」

「お断りだよこん畜生!」

「あはは。照れなくても良いんだよ。愛しの君よ!」

「照れじゃないから! お断りだから!」

「あはは~。待ちたまえ。愛しの君よ~!」

「来るな~!」



 ユニバンスの王都名物と化して来たミシュの悲鳴が今日も響き渡ったと言う。




~あとがき~


 非常食を抱えてオーガさんは帰路につきます。

 この非常食は実に珍味です。何故なら仲間をあのように殺されたのに最後は逃げずに全力で挑んで来たからです。オーガさんポイント上昇です。


 ちなみにあの時シリラが逃げの一択だったらオーガさんは反射的に殺していたでしょう。

 そんなつまらない人間を生かしておく趣味は無いので。


 面倒な荷物を抱え帰ったトリスシアの話は…神聖国編が終わったら書こうかな?

 父と娘の壮絶な喧嘩話となるでしょうがw




© 2022 甲斐八雲

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