スープ要ります?

 大陸西部・ゲート近くの街



「ん~。お腹いっぱい」


 場末感を漂わせない清潔な食堂の一角に彼女たちは居る。

 テーブル席を2人で占領し、そして使用済みの食器が山と積まれていた。


 何人前を食したのか途中から数えるのを止めたから分からないが、目の前の少女が椅子の背もたれに寄り掛かり、自分のお腹をポンポンと叩く姿に一緒に居る人物は心底呆れた様子を漂わせた。


「食べ過ぎです」

「美味しいものっていくらでもお腹に入るんだよね」


『ん~』と気の抜けた声を上げながら“先輩”である彼女が背伸びをするのを“後輩”である少女は内心ため息交じりで眺めていた。


 2人とも愛らしい少女だ。


 片方は年相応に可愛らしいドレスを身に纏っている。ただ着せられた感は無く、普段から着込んでいるように馴染んでいる様子から高貴な血筋の出を伺わせる。

 もう片方はこの街にも訪れる西部のちょっとした集落と言うか村の住人が好んで着ている衣服を身に纏っている。その髪の色などの特徴から彼女がその集落の出身であることは間違いない。


 そしてそんな2人の元に時折やって来る“保護者”の様な人物も居た。

 踝まで隠す長いスカートのワンピース姿の女性は現在カウンターの方で……異性に声をかけられまくっていた。


 普段の服装とは違い私服……と言うか一般的な街娘の格好をしているだけなのだが、それでもその整った美貌に異性が群がっている。

 いつもの彼女であれば拳一発でそんな下心丸出しの者たちを黙らせていくのだが今日は違う。上から命じられた仕事である以上拳を振るったりはしない。


 何より群がっている男たちの中には本国の連絡員も混ざっている。だから余計に拳を振るうことができない。

 仕事が終わりさえすれば何をするのか分かった物では無いが。


「ねえスズネ」

「何ですか?」

「あの『モズ風くし』って何? 美味しいの?」

「……」


『あれほど食べてお腹いっぱいと言っていた言葉を何処に捨てて来た?』と思いながらも少女……スズネはため息交じりに先輩が指さすメニューに目を向けた。


「私の村に伝わる百舌鳥と言う名の鳥が狩った贄を枝に刺して保存する様子を参考にして作った料理だと思われます」

「つまり串焼き?」

「それを味付けしたスープに入れて煮込んだ、」

「ヘイ親父さん。あのモズを1つ!」

「はいよ。良く食うね」


 食器を下げに来た店の店主に先輩……コロネは気軽に声をかける。

 この調子で誰とでも気軽に声をかけて打ち解けてしまうのはスズネから見れば凄いことだと思う。警戒されず誰の懐にも潜り込むのだ。


 ただ生まれついての技術では無く学んで伸ばした技術だと彼女は言う。

 何処で学んだのか聞けば『あ~。あんまり言いたくないかも』と言葉を濁して口を噤む。

 その時に垣間見せる彼女の表情は、何処か愁いを帯びていて普段の煩いぐらいのいい加減さが姿を隠してしまう。


「これが百舌鳥風串だよ」

「そう来たかっ!」

「……」


 一緒になってテーブルに届けられた料理を見たスズネは静かに凍り付いた。

 自分が知る百舌鳥の伝承とは全くかけ離れたものだ。と言うか普通に丸焼きで良いような気がする。


 目の前に存在するのは小動物……たぶんネズミの類の動物に串を刺して焼いてから煮込んだ料理だ。説明としては間違っていないはずだが、その料理の材料である肉が大きいのだ。大きすぎる。これは絶対に数人で分けて食べる料理だ。


「いただきます」


 料理のインパクトに呆気に取られている隙にコロネは早速食べだしていた。

 まだその小さな胃袋に物が入るのも驚きだが、躊躇なく手足を胴体から毟って食べる様子が凄まじい。


「……食べる?」

「いいえ」


 色々なことで胸が一杯になったスズネは黙って水に手を伸ばす。


 この辺りでは有料になるが煮沸した水が販売されている。

 スズネの実家である村に居た頃は井戸水が飲み放題だったからお水にお金を払うことに驚きもしたが、何より今居る東の小国では水を飲む文化が無い。


 厳密に言えばお金を払ってまで水を飲もうとはしない。だったらワインを飲めば良いと言うのだ。

 住む場所が違うと考え方も違うのだとスズネは日々の暮らしから色々と学んでいる。

 そう考えれば我が儘を言って尊敬する人物の元へ行ったことは間違っていなかった。


 何より本当に学ぶべきことが多すぎる。


 一番驚いたのは戦いとはカタナを振るうだけのモノでなかったことだ。

 自分とて村を治めている一族の血を引いた1人として少なからず自負のような物はあった。これからももっと強くなれると思っていた。


 思ってはいたが……あの国に住まうメイドたちのような強さは得られなかったはずだ。


 本当に村を出て良かった。これから自分はまだまだ強くなれるのだ。

 全てを吸収して少しでも尊敬するあの人の足元に手を届かせたい。


「スズネ? きんちょうしてる?」

「してません」


 緊張というよりも興奮していたらしい自分に気づきスズネはまた水を口にした。


「貴女はずっと食べてばかりですね?」


 音も立てずにやって来た人物に対し、小動物の胴体部分に嚙り付いていたコロネが顔を上げた。


「おいしいれふよ?」

「……」


 テーブルに戻って来た保護者……ミネルバの氷のような視線に少女は動じない。

 先輩のこの命知らずの振る舞いは流石のスズネも真似したいとは思わない。きっと打たれ強い彼女だから可能なのだろう。


「それでミネルバ様。私たちはまだ待機でしょうか?」


 彼女……ミネルバが先輩を殴り飛ばす前にスズネはその質問を口にした。

 そもそもずっと待機しているからこの先輩は永遠と食べ続けているのだ。なら動けばそれが解消されれば少なくともこのダメな先輩は食べることを止めるはずだ。


「敵の精鋭部隊がユニバンスへ移動したのは見ていて分かっています。ただまだ見分けが……失礼」


 またやって来た異性が美貌の保護者に声をかけて来た。

『今晩一緒に食事でも?』などと声をかけられているミネルバは無反応だ。反射的に当たり障りのない言葉を返し、そして僅かな動きで手紙のやり取りを交わす。


 袖に振られた男は『やっぱりダメか~』などと笑いながら、仲間の商人たちが待つテーブルへと戻って行く。あのテーブルに居るのも全てユニバンス王国の密偵だろう。


「……話の途中でしたね」


 受け取った手紙を確認したミネルバは、それを小さく丸めると自分の口に入れて飲み込んだ。

 確実に証拠を残さない方法ではあるが、それを迷いも無く実行できるのは尊敬に値する。


「スープ要ります?」

「……」


 ただ空気を読まない馬鹿もこの場に居るので、ミネルバはコロネをひと睨みしてからスズネに目を向けた。


「見分けが終了したようです。ので」


 懐から何枚か金貨を取り出しミネルバはテーブルの上に置いた。


「仕事を始めます」

「はい」

「あっもう少し」

「……始めます」


 馬鹿な先輩に拳骨を落としてミネルバはそう宣言した。




~あとがき~


 緊張感が薄れたと言うかドラグナイト家に馴染んで来たコロネが本性剥き出しだなw

 元々はこんな感じで良い子だったんですけど育ちがね。

 代わりにスズネが真面目だから問題無しです。常に優等生です。


 本国を攻められていますがミネルバたちはそっちのことなど気にせずお仕事開始です。

 何をするのかって? とても簡単なことです




© 2022 甲斐八雲

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