任せたよスズネ~

 大陸西部・ゲート



 痛む脇腹に手を当て必死に潜ったゲート。

 ヌルりとする感触に自分が追った傷が深いことを理解した。


 セネヒは普段なら時間の経過など感じさせない転移魔法での移動中に色々なことを考える。

 自分でも驚くぐらいの思考速度だ。


 まずゲートを出たら向こう側で増援の指揮を任せて来たソームに全てを説明する。


 きっと神聖国でこの数年急激に食糧難が生じた理由……考えすぎかもしれないが可能性はゼロでは無い。何よりこの国は孤児を大量に集め奴隷にしている。その奴隷の中から何人か消えても誰も怪しまない。


 最終的には潰して他国に売りつけていると言う噂すらある。流石にそれは噂であって欲しいが。


《だがもし本当に売りつけているとしたら?》


 恐ろしいことだ。仮に祝福を持つ者を探し出しそれを隠すために行っているとしたら……恐ろしすぎる。人の考えではない。

 化け物の……人外の思考だ。許されるわけがない。


《伝えなければ。伝えてソームに動いてもらえば》


 自分はもうダメだとセネヒは理解していた。


 脇腹の痛みは致命的だ。

 あの小柄の騎士は自分を見逃してはくれたが命までは救ってくれなかった。

 ギリギリの、本国に移動し何かを告げる程度の時間だけを与えてくれたのだ。


 ならその時間を活用しないのは、ただの愚か者でしかない。


《早く。早く》


 いつもなら時間など感じないはずなのに今日は長く感じた。でも必ず終わりは来る。


 ちょっとした浮遊感からゲートの外へ放り出される感覚。

 両足の裏が地面に触れた感触を実感し、セネヒは信頼できる仲間を……古くからの友人を呼ぼうと顔を上げた。


「あれ? 何でゲートから人が?」


 視界に入ったのはワンピース姿の愛らしい少女だ。

 数多くの死体が地面に伏している真ん中で立っていた。


 どうして彼女の周りに転がっているモノが死体なのか分かった理由は簡単だ。人の体が雑巾でも絞ったように絞られて生きていられるわけがない。

 そんな雑巾が数多く転がっているのだ。


「何が?」


 少女から視線を動かせば、長剣を振るい神聖国の兵を真っ二つにしているこれまた少女が居た。

 そして優雅に踊るように兵を殴り、蹴り殺す美人が居た。


 また化け物が居た。


 自分が先ほど見て来た小国に住まう化け物と同様の……そしてセネヒの視界にそれは飛び込んだ。信頼を寄せる相手、自分の友の死体を見つけたのだ。


 全身を刃か何かで切り刻まれたような状態で地面の上で大の字になって絶命していた。


「あ~ごめんね」

「……」


 少女の声にセネヒは視線を動かす。

 宮廷魔術師のサーネが扱う魔法よりも密度の濃い竜巻を従えた最初に出会った少女が、申し訳なさそうに自分を見ていた。


「これって人に見られたくない力なんだ。だから口封じするから」

「……」

「本当にごめんね」


 セネヒの記憶はそこで潰えた。




 大陸西部・ゲート近くの街



「ミネルバ様。以上でしょうか?」

「……」


 その声に振り下ろしていた拳を止め、女性……ミネルバはこと切れている死体を投げ捨てた。

 ドラグナイト家の実行部隊と言うかまだ屋敷に来たばかりの2人の少女を従えたミネルバは、今回のことを色々な角度から思考していた。


 結果としてずっと殴り続けてしまった。反省だ。


「その判断は彼らに一任しましょう」

「はい」

「ただ警戒を解かずに」

「分かりました」


 礼儀正しい少女は深々と頭を下げてから、使用していたカタナの刀身を汚している血肉を丁寧に拭い綺麗にしてから鞘へと戻した。

 こちらはある程度放っておいても問題は無い。問題があるとしたらもう1人だ。


 視線を巡らせれば問題児が丁度仕事を終えていた。

 普段のいい加減な様子からは想像できないほど血生臭い現場に馴染んでいた。何より人を殺すことに全く躊躇いが無い。そして容赦がない。


《あの力は厄介ですね》


 問題児が従えている風の塊……竜巻と呼んで良いのか微妙に悩むが、その風から吐き出される風の刃が確実に相手を刻んで殺める。

 手練れの魔法使いを圧倒的な刃の量で押し切り殺める様子は流石のミネルバも背筋に冷たいものを感じた。


 まだあの問題児が底を見せていない気がしたのだ。


「ミネルバさ~ん」

「何か?」


 その問題児が頬に付いた血を拭いながら顔を向けて来た。


「もうこれ消しても良いですか?」

「……」


 やはり問題児だ。それかただの馬鹿だ。

 殺しの場で武器をしまうと言うことを理解していない。


「それを消して貴女が自分の身を守れるのであれば、最後まで聞きなさい」

「お腹空くんで」


 あっさりと風の塊を消した少女コロネは、欠伸をしながら手持ちの干し肉を齧りだした。


 能力を使用し空腹になる。それは祝福の特徴だ。

 あの問題児の力が祝福だと把握しながらミネルバは周りの様子を見渡す。動いている者はユニバンスの密偵だろう。この場に居た神聖国の関係者はもう大半を潰した。


 残っているのは非戦闘員で、その者たちは情報収集に長けた者たちが話を聞いている。

 遠い方から聞こえて来る悲鳴は……逆らわずに話をすれば痛い思いをすることは無いのに。


「あ~つかれたつかれた」

「先輩っ! もう少し緊張感を持ってください!」

「え~。めんどうくさい?」


 だらしなく歩いている問題児に生真面目スズネが噛みついた。そんな後輩も何処か怒鳴ることに緊張を感じさせる。きっとコロネの実力を知り恐怖したのだろう。

 何よりドラグナイト家の主人からの命令がその恐怖を増長させた。


『コロネの能力は口外禁止ね。密偵衆の方も厳命させるので君たちが広めたらダメだからね?』


 普段からやる気を感じさせないドラグナイト家当主の軽いが重い命令だ。

 あの問題児を拾って来たのも当主である。本当に稀有な人物を見つけることに関しては主人は天才的なのだろう。


 ただしそれぐらいの命令であればミネルバとしては無視してコロネを締め上げその秘密を聞きだすところなのだが、『ダメですからね?』と敬愛するポーラの言葉が添えられていた。

 その時点でミネルバはどんな手を使ってもコロネから秘密を知りえることができなくなった。


《まあ良いでしょう。無理に知らなくとも》


 敵にならなければ倒す方法など考えなくて良いのだ。

 あの義腕の少女は確かに色々と問題を起こすが、人に嫌われるようなことはしない。


「先輩っ! 警戒してください!」

「任せたよスズネ~」

「先輩っ!」


 ただ1人の後輩を除いて。




~あとがき~


 死の支配から逃れたコロネは失敗を恐れず能力を振るうことができるようになりました。

 自分以上の実力者を見つけると頑張っちゃうのがスズネです。

 そんな2人を押し付けられたミネルバは、『まだまだ全然余裕ですか! 何なら2人がかりでも勝てますから!』と先輩の実力を発揮しまくります。

 何気にドラグナイト家も戦力と呼べる人たちが揃いだしたのよね~。


 ちなみにコロネの祝福は裏モードが存在しています。

 ですがこれは本人が『気持ち悪くなる』という理由でほぼ使いません。

 使わない方が良い能力もあるのです。作者的にw




© 2022 甲斐八雲

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