空腹と引き換えに?

 ユニバンス王国・王都内中央広場より外れた路地裏



「へいへいへい。本当に安い魔法だね?」

「言ってろ! 化け物がっ!」


 相手に背を向けセネヒは全力で逃げていた。


 おかしすぎる。何をどうしたらこんな化け物が世の中に誕生するのか?


 必死に逃げても相手はあり得ない速度で先回りして待ち構えている。それはもう地の利というよりも別の何かを感じさせる。双子だと言われた方が納得できるが、あっさりと走って追い抜かれているから……もう色々と諦めるしかない。


「何を……どうすれば……そんなに……速く……人の話を聞けっ!」

「あっごめんごめん。お腹空いちゃって」


 もそもそと干し肉を齧る相手の様子から完全に舐められていることが分かった。

 でも仕方ない。こちらの必中……相手を自動で追尾する飛刀は全て回避されてしまったのだ。

 もう相手を倒す方法は無い。何よりあの速度はズルすぎる。


「どんな魔法だよ?」


 必死に呼吸を整えてセネヒはぼやく。

 卑怯だ。卑怯すぎる。こんな魔法は神聖国にも伝わっていない。


「ざんね~ん。この可愛いミシュちゃんは騎士です」

「は?」

「だから騎士様なのです」


 踏ん反り返る小柄な相手にセネヒは言いようのない恐怖を抱いた。


「魔法なんて使えませ~ん」

「んな馬鹿な? 冗談だろ?」

「事実です」

「……」


 どうやら嘘では無さそうだ。

 存在自体が嘘くさいが、それでも相手の様子から嘘は感じない。

 つまり本当に魔法を使わず身体的な能力で?


「こわっ!」

「失礼だな? もっと女性の扱い方をだね」

「怖いだろう? どんな体力馬鹿だよ?」

「重ねて失礼なっ! こんな可憐なミシュちゃんをどこぞのデカい女と一緒にするな」


 取り出した水筒からクピクピと中身……ワインを胃袋に補充してミシュは熱い吐息を吐いた。


 やっぱり仕事中の飲酒は最高だ。早く酒樽を手配してあのデカいのに届けてやりたい。樽の半分程度の酒を奪ってもあのデカいのは文句を言わない。言うとしたら『もう何個か持って来い』だ。

 実に素晴らしい。お代は元上司。お叱りとクレームはデカい女。自分は被害なく酒が飲める。


「ただ速いだけの簡単な“祝福”だよ。本当に芸の無い」


『糞ババアと同じでね』と言う本音をミシュは吐き出さずに飲み込んだ。


 本日は至る所にハルムント家のメイドが居る。たぶん総動員しているのだろう。

 陰口を言おうものなら今日中にあのババアの耳に届いて明日には殺しにやって来る。遠慮した。


 だがミシュのボヤキに彼……セネヒの反応は違った。


「祝福? なんだそれは?」

「ほへ?」


 相手の言葉にミシュも間の抜けた声を上げる。

 どうも演技では無さそうで……本当に知らない様子だ。


「知らないの? 空腹と引き換えに凄い力を与えてくれる……私たちは昔からそれを『祝福』と呼んでいるけど?」

「空腹と引き換えに?」


 首を傾げるセネヒにミシュは内心で悟った。これは絶対に面倒になる案件だと。


「良し。面倒になる前に闇に葬ろう」

「おまっ! どんな理由だ!」

「だって絶対に面倒臭いことになるし」


 フッと跳躍しミシュは相手の背後へ回り込む。


「何より私が自分の秘密を晒したままとかあり得ない訳です」

「ぐっ!」


 放たれたミシュの攻撃をセネヒはギリギリで回避した。

 実際は背中を斬られはしたが、それでも着込んでおいた革鎧のおかげで致命傷は避けた。


「普通背中を厚くするかな?」

「俺は前からの攻撃ならどうにか出来る自信があったからな」


 おかげで背中の防御は完璧のはずが、あっさりと切り裂かれた。

 激痛に目を白黒させながら……セネヒは前に向かい走るようにしてミシュとの距離を開いた。


「どうもお前を殺さないと逃げられないらしい」

「殺しても逃げられるかな? ウチの密偵は優秀だよ?」

「それでもだ。それでもお前ほど強い者はそう出て来ないだろう?」

「どうかな~? 私よりも強い人なんてこの国にはゴロゴロと居るしね」

「……それが事実だとしたら本国は本当に何も考えずこの国を攻めたのだろうな」


 たぶん事実だとセネヒは理解していた。

 こうも強い相手がゴロゴロと……たぶんユニバンス王国は大陸の中でも有数の強国なのだ。

 数でも。規模でも。国土の広さでもない。純粋にこの国は強いのだ。人が。住まう人々が。


《出来れば本国に……ソームに祝福とやらの情報を届けたがったが》


 前宮廷魔術師であれば何か知っていたかもしれない。それを知ることでこの場で失われた精鋭たちの代わりを育てることに活かせたかもしれない。


《あの姉妹に宮廷魔術師の地位を奪われはしたがソームは本当に優秀だったからな》


 唯一どうにか出来なかったのは年々拡大する食糧問題だった。十分な国土と農地などが存在する神聖国において頭痛の種がそれだった。

 どれ程畑を広くしても食料需給率が良くならない……ふとそれを思い出したセネヒは戦慄した。


「なあ? おチビさんよ」

「何さ?」


 簡単に殺せる相手を前にミシュはいつでも短剣を抜けるよう構えていた。


「1つ聞きたい。その祝福とやらは腹が減るのか?」

「減るね~。与えられた祝福の強さにもよるけど」

「そうか……そうなのか」


 全てを理解しセネヒは苦笑した。


 自国の食糧不足は、違う……孤児たちのあれにはたぶん意味があったのだ。

 多くの肉を作り出せばその中に本来居ないといけない者たちが居なくても? これもまた違う。


 大きく息を吐いてセネヒは頭を掻いた。

 血が足らなくて知恵のめぐりが悪い。今不満を言っても仕方ないが。


「子供を奴隷にして探していたのか。そうか……納得したよ」

「大丈夫? トドメ要る?」

「悪いな」


 軽く唇を噛んで眠りそうな自身に喝を入れる。

 そしてセネヒは自分が持っている全ての武器に魔法を施して放りなげ続けた。


「どうやらまだ死ねないらしい」

「そっか~」


 ヘラヘラとミシュは笑いながら相手に顔を向けた。


「でもせっかく覚悟を決めたところで悪いんだけどさ……力量の差って理解している?」

「それでもだよ」


 覚悟を決めてセネヒは全ての魔力を解放した。


「俺は本国に帰らないといけないんだ!」




~あとがき~


 ミシュを相手にシリアスさんを支えただと?


 現時点で神聖国の闇に最も深く踏み込んだのはセネヒでしょう。

 問題は目の前に居るのがユニバンスでも有数のシリアスキラーなことです。


 …こうして重要な情報が表に出ずに闇に葬られて行くよ…




© 2022 甲斐八雲

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