一輪の花

 ユニバンス王国・王都郊外北側ゲート区



「ふはは……はは……」


 地に伏しているサーネは空を見上げ笑った。

 その視界を覆うように無表情の女が姿を現す。前屈みで覗き込むようにしてだ。


「何が楽しいのですか?」

「決まっている」


 腕と足には釘のような黒い影……砂鉄が打ち込まれ、文字通り地面に釘付けにされたサーネはそれでも嗤った。


「私が時間を稼いだおかげで部下たちの魔法は完成した」


 そう完成しているのだ。


「後はあの魔法を城に向かい撃ち放てばっ!」


 最後の最期で勝ちが拾えるのだ。

 自分が死んだとしても最後に勝ちを。


「馬鹿らしいですね」

「何がだっ!」


 小馬鹿にしたような相手の物言いにサーネは目を剥いて相手を睨みつける。

 だが冷たい美貌の女性……フレアはため息交じりでわざわざその事実を口にした。


「私でしたら貴女の相手をしながらあのような者たちの退治も出来ました」


 事実だ。それぐらい出来なければ過去の大戦の中で生き残ることは難しい。

 何よりあの学院のあの時代が変なのだ。大戦で生き残るよりも高い水準での対応を求められた。


「ただ……しなかっただけです」


 クスクスと笑いフレアはゆっくりと前屈みにさせていた体を起こした。


「貴女が馬鹿にした術式の魔女の実力を……先生の芸術作品をこの目で見たかったので」

「何が言いたい?」

「さあ?」


 冷たく笑う相手にサーネは恐怖を覚えた。


 必死に震える顎を、口を動かし言葉を発しようとする。

 部下たちに向かい『攻撃停止』を命じたかった。


「「砂上の楼閣!」」


 だが部下たちの声が早かった。


 高まった魔力は弾けるように広がり……そして急激に奪われて行く。

 広げたはずの風呂敷が、逆巻くように元へと戻って行くような感じでだ。


 そして放たれるはずだった魔力の全てが、無機質に鎮座するゲートへと全て吸い込まれた。


「何が?」


 顔を横に動かしその全てを見ていたサーネは思わず声を上げていた。


 一体自分たちは何と戦っているのか? そう考えざるを得ない光景だった。


「まさかゲートを移動させた時点で我が師アイルローゼが何も対策を打たなかったとでも?」

「……」


 相手の指摘に、その声にサーネは何も言い返せない。

 自分の目には部下たちの魔力が強制的にゲートへ供給される様子を見ていたからだ。


《化け物だ。この国には化け物しか居ない》


 絶望を噛みしめサーネはその顔を相手に向けた。


「我が師はゲートを移設した時に色々と考えました。

 もしこの国に誰かが攻めて来るのであれば、ゲートを潜りあの前に陣取り大規模魔法を使って王都を攻撃するだろうと……ですから事前に対処法を準備していました」


 淡々と話す化け物は何処か自慢気にも見えた。


「ゲートの前で急激に魔力を高めた場合にのみ発動する術式“吸魔”を作り出し、ゲートを中心にして発動できるようにしておいたのです」


 ただ闇雲に発動されるわけではない。

 ちゃんとした手続きをしておかねば吸魔は動かない。その事前準備させられたのが他ならないフレアだ。これが他所の……魔法学院の依頼であればのらりくらりと逃げ出しただろう。


 けれど師からの依頼であれば別だ。何ごとよりも優先しなければいけない。


「何より私はどうやらあの子の姉でありたいと思っている節がありましたので」

「……何の話だ」

「ただ独り言に御座います」


 軽く一礼をしフレアはパンパンと手を叩いた。


 物陰からメイド服姿の……ハルムント家に所属するメイドたちが沸き出て来て、ゲート前で蹲っているサーネの部下たちを残らず捕縛していく。


 余りにも鮮やかな手法にサーネはもう逆らうことを辞めた。


「……私はどうなる?」

「望むのであればその首を落として神聖国に届けますが?」

「やはりそうなるわよね」


 自分たちは一方的に攻めた者たちでしかない。

 そんな侵略者に掛ける優しさなどありえないのだ。


「ならば最後まで足掻こう」

「抵抗しますか?」

「ええ」


 軽く息を吐いてサーネは笑った。


「千の知より万の理より、」

「愚かですね」


 軽く爪先で地面を叩いてフレアは砂鉄に魔力を流す。

 影となり動き出した黒い塊を見つめ……サーネは口の端でニヤリと笑った。


「花を愛でる心を持ってただそれを見つめよ、」

「終わりです」


 主人の命令に影が動く。

 ゆっくりと地面に釘付けされているサーネの四肢から飲み込み潰して行く。


 一瞬で額に玉のような汗を浮かべ、それでも神聖国の宮廷魔術師は言葉を綴った。


「一輪の花」


 放たれた言葉に、魔力に力が宿り変化する。

 スルスルと全身を黒い影に食われて行くサーネの胸の上に、一輪の白い花が舞い降りた。


 サーネが魔法に強い関心を示したのは、花を作り出す魔法があると知ったからだ。

 妹と共に勉強し、魔法を学び、そして2人でようやく発動させたのが……


 それを見つめたフレアは苦笑し、先代から預けられているメイドたちに目を向けた。


「2人の死体は共同墓地にでも」

「はい」

「ただ」


 ひと仕事を終えて立ち去ろうとするフレアは、そのことだけを厳命した。

『姉妹が同じ墓に入れるように』と。




 王都内・中央広場近くの路地



「ミシュ?」

「あは~?」


 打ち捨てられているワイン樽を椅子にしていたミシュはその声に対し笑って誤魔化そうとした。

 無理だった。相手は……まあ古いと言えば古くからの知り合いだ。


「何で実行部隊の指揮官がこんな場所に?」

「今日の指揮官は二代目だから」

「納得だ~」


 器用にワイン樽の上で横になりミシュはだらける様子を見せた。

 姿を現したのは……メイドだ。美しい女性だ。ただ厳し気な視線が若干怖さを感じさせる。


「で、何か用かな~? ウリニル?」

「用と言えば用ですね」


 その手にナイフを握りメイドはワイン樽へと歩み寄る。


「どうして敵を逃がした? 返答次第ではその首を落とす!」

「のひゃ~」


 ブンと相手の首を断つ一撃を放ち……回避されたメイドは軽く舌打ちをした。


「返答は?」

「今、殺そうとしたよね?」

「手が滑りました」

「それで殺されたら私ってば惨めすぎるでしょう?」

「大丈夫です。墓石には『人の屑、ここに死す』とだけ刻みますので」

「私の名前すら無いんかいっ!」


 ワイン樽から緊急回避しミシュは相手と対峙した。


 厄介な相手だ。スィークの後継者候補だった実力者だ。


「それでミシュ?」


 両手にナイフを握り……ウリニルは冷ややかな笑みを浮かべる。


「どう殺して欲しいか自己申告で」

「返答の文言はどこに消えた~!」


 ユニバンス王都にミシュのツッコミが木霊した。




~あとがき~


 吸魔について補足を。

 実はこれ…刻印さんが基本設計をしてアイルが作った魔法です。

 ですのでアイル1人だと作れなくは無いんですが数年はかかる代物です。ゲートを把握している刻印さんだからこその魔法とも言えますが。


 シリアスさんが仕事をしたと思えばミシュが落とすw

 ウリニルは書籍用のキャラなので裏設定が色々とあります。全て語ることは…あるのかね?




© 2022 甲斐八雲

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