我が師が作ったのですよ

 ユニバンス王国・王都郊外ノイエ小隊待機所



《困りましたね。何かコソコソとこっちに近づいてきている人たちが面倒臭いです》


 頑張って狙い撃ってその数を3人までには減らしたが、残りは完全に身を隠しながらこちらに向かって来る。と言うか狙い撃った分だけ居場所を特定されてしまった。


 ルッテは固定式の大型弓を抱きしめて考える。


《この待機所には木製ですが高い壁があるから問題無いんですけど……あっち側からですね。3人くらいなら大丈夫かな?》


「あの~。そこで寝てる荷物を、そうそうそれです。それをあっちの壁の向こう側に放り投げておいてください。そうそう。そのまま壁の外に。暴れる前に一気にやっちゃうのが正解です」

「ちょっと待ち……あびっ」


 ルッテの指示を受け動いた男たちは、もう1人の副隊長を待機所の壁の向こうへと放り投げた。




「いたた……腰を打った。絶対に痣だ」


 サスサスと地面と強打した腰を押さえながらそれは立ち上がった。

 ユニバンス王国所属対ドラゴン遊撃隊の2人居る副隊長の1人イーリナだ。


 給料泥棒と呼ばれることを甘受する怠け者であり、誰もが部下とすることを拒絶する人物でもある。

 回り回って最終的にたどり着いたのが、奇人変人の巣窟たるノイエ小隊であった。


《全く……嫁入り前の女性を傷つけるなんて本当に酷い》


 フードで隠している頬を膨らませイーリナは軽く体を揺すった。

 直感だがたぶん3人ぐらいだ。飛び道具は……無ければ良いな。


「お前が狙撃手かっ!」

「違う。あのおっぱいならこの壁の向こうに居るから、殺さない程度に虐めてくれると私の何かがスッとして」

「問答無用!」


 話し掛けて来ておいてそれは酷い。おかげで不満も途中でスッとできていない。

『無礼な侵略者だ』と内心で憤慨しつつ、迫る相手にイーリナは魔法語を綴りだす。


「くら、えっ!」


 剣を抜き上段から斬りかかろうとした相手をイーリナの拳が捕らえて殴り飛ばす。ただし繰り出したその拳はイーリナの魔法“石像”だ。

 石製の人の拳を何倍も大きくした拳で殴り飛ばされた男は、全身の骨をバキッとヒビだらけにし、背後に存在している木と衝突してグチャッとさせた。


 つまりは真新しい死体の出来上がりだ。


「あ~面倒くさい。本当に」


 仲間を殺され激情し逃げることを選ばなかった2人に対しイーリナは、無慈悲に魔法を使い続けた。

 結果として3人分の死体が地面の上を転がり……仕事を終えたイーリナもまた地面の上を転がり眠りについた。




 王都郊外・北側ゲート区



「ふぐっ……ぐっ」

「降伏されることをお勧めしますが?」


 切り取った相手の左手を軽く持ち上げ、フレアは神聖国の宮廷魔術師に哀れみにも似た視線を向ける。


 これが大国の最強魔法使いなのかと疑いたくなった。正直に言えば自分が魔法学院で現役をしていた頃の方がこれよりも強い魔法使いがゴロゴロと居たのだ。

 何より師であるアイルローゼが居た。彼女と比べるのが可哀想なほどに弱いのだ。


 ユニバンスにも宮廷魔術師は居るが、その仕事の大半は国王の相談役だ。

 魔法的見地から助言をするのが主な仕事であり、現在この国で最強の魔法使いと言えば誰が該当するのだろうか?


 アルグスタが囲っていると言う師であるアイルローゼたちを外せば……やはりそんなアルグスタの部下であるイーリナ辺りか? それとも?


《それはそれで嫌なので辞退させていただきたいところですが》


 気づいてフレアは思わず苦笑する。

 下手をすれば自分がその1人として数えられてしまう可能性があると気付いたからだ。


 自分の力をよく理解しているフレアとしては、それは過大評価以外の何物でもない。

 自分がこうして強者の振りをして立ち振る舞うことが出来るのは、師から貰い受けた魔道具のおかげだ。


「まだ続けますか?」


 相手の腕を彼女の足元へ投げ返し、フレアはまたスカートの中から影を溢れさせる。

 影と呼んでいるのはただの黒い布だ。それに強化魔法を通し操っているのだ。


《あれは突くことも切ることも縛ることも何でもできる。凶悪な魔道具ね》


 唇の端から流れ落ちた血を拭いサーネは手首の半ばから断たれた左手を見つめた。

 どうやら自分は圧倒的な強者と対峙して居たようだ。ここまで力の差があるとは思わなかった。


「それともその魔道具が強力なの?」

「はい。この魔道具は私の先生が作ってくれたこの世に二つと無い一品に御座います」

「……先生?」


 サーネはその事実に軽い衝撃を得た。

 てっきり古代の遺産……刻印の魔女の遺産だと思っていたからだ。


「それを今の人が作った? あり得ない」

「ですが我が師が作ったのですよ」

「あり得ないと言っている!」


 叫びと共に左手の傷を焼き、サーネは痛みを激情で誤魔化した。

 ズキズキと痛みが酷くなったが、これで血の出すぎで直ぐに死ぬことは無い。


 こんな状態となった自分が出来ることなど残り少ない。

 それを理解しているからこそサーネは怒る。怒り続ける。


「そんな魔道具を三大魔女以外で作れる訳がない! お前の師という者は余程の噓つきか、自分の力を過大評価していたかどちらかであろうな!」

「……」


 ただサーネは何も知らなかった。

 相手が、目の前に居るフレアがどれほど自分の師を尊敬しているのかを。


「そんなふざけた魔道具を作れるのは刻印の魔女だけ! それ以外で誰が作れようか!」


 口を動かしサーネは相手に気づかれないようにこっそりと視線を巡らせる。


 部下たちは本当に優秀だ。自分の戦いをただ見ているだけでは無く、自分たちの仕事をちゃんと実行している。

 始祖が生み出した大規模攻撃魔法の詠唱を続けている。


 この魔法は長い詠唱を何度も、何周も続けることによってその威力が増して行く。

 部下たちは自分たちの魔力を全て吐き出す覚悟で詠唱を続けている。その言葉に魔力を乗せて止めることなく唱え続けている。


《もう十分だ。あれほどの魔力が乗っていれば、》


 ゾクッと嫌な気配を感じ、全身を震わせてサーネは相手を見る。

 今まで何があっても微笑み余裕を見せていた相手の表情から感情が失せていた。


 人形のように冷たく無表情と化した表情にサーネは体の芯から震える。

 勝てない。本能がそれを認めた。目の前の相手に勝てない。

 違う。もう助からない。自分はここで死ぬのだと理解した。


「何を言われても許せると思っていましたが……どうやら私はそう思っていたようですね」


 一歩二歩と歩みを進めるフレアは無表情だ。

 それは最近まで自分の手を焼かしまくった可愛らしい女性のようにすら見せる。


「術式の魔女が刻印の魔女に劣る? 私はそうは思っていません」


 たぶんアイルローゼ本人が聞いたら全力で否定するだろう。『あれは別格だから!』と。


 その事実を知らないフレアの中では師であるアイルローゼは誰にも負けない。

 劣ることの無い完全無敵な存在である。

 その師を馬鹿にされたのだ。自分よりはるかに劣る相手に。


「術式の魔女であるアイルローゼの不肖の弟子。このフレアが西の大国と呼ばれている神聖国の宮廷魔術師の首を取るとしましょう」


 歩みを止めてフレアはその無感情な目で相手を見る。

 身長差や何もかも無視してただのメイドは相手を見下していた。


 生きる価値もない虫よりも劣る存在を、だ。


「ふざけるなっ! この距離であればっ!」


 サーネとて伊達や酔狂で今の地位を手に入れたわけではない。

 多くの努力を、知識を重ねて得た地位だ。故に相手の魔法の弱点ぐらい見つけることができる。


 相手の魔法は魔道具は布を媒体としている。そしてその布は思いの外薄く強い風になびく。

 自分の周りに強風を起こし布の接近を妨げる。これで相手の攻撃は、


 ドシュッと自分の脇腹に感じた何かにサーネは目を向けた。


 自分の影の中から、また戻りだした空の雲の隙間から照らす日の光で生じた影の中から、黒い槍が自分の身に突き刺さっているのだ。


「影がこの布だけだと思いましたか? 愚か過ぎて笑ってしまいそうになるのですが?」


 感情の無い声に、サーネは脇腹から失われた存在に引っ張られるように地面に片膝をついた。


 止めていた歩みを再開し、フレアはサーネの前へとたどり着いた。


「これが西の大国の実力ですか? 正直幻滅ですね」

「なに、が?」


 喉の奥から塊の血を吐き出し、サーネは相手を見上げた。


「私がかつて所属していたノイエ小隊の方がもっと厄介で遥かに強かったと言うことです」


 改めて相手を見下しフレアはそう告げた。




~あとがき~


 アイル「へぷちっ」

 リグ「あっ起きた」


 刻印さん「くちゅん」

 エウリンカ「ファナッテの胸を押し付けないでくれ~。融ける~」



 フレアの逆鱗に触れたサーネさんの寿命はボチボチ尽きそうですね。

 残っている名前付きの敵は…全員死亡フラグが見えるぞ?




© 2022 甲斐八雲

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