安い魔法さ

 ユニバンス王国・王都中央広場



「あん? 血肉の臭いだ」

「そりゃ~それだけ肉を食ってれば臭うわな~」

「違うよ。これは人の物だよ」


 ニヤリと笑い巨躯の女性が立ち上がる。

 残っていた肉を掴んで口に運び、骨ごと咀嚼して飲み込んだ。


「ふぅ……腹も膨れたし酒が欲しい所だけどね」

「その気持ち分かるから、後でアルグスタ様名義で酒樽何個?」

「最低2個だな」

「なら3個発注かけておくよ。それじゃあ」


 音もなく小柄な少女のようなミシュが消える。


 軽く欠伸をして頭を掻いたトリスシアは、広場の中央へと足を進めた。

 胸の前で腕を組んで待つこと暫し……ドタバタと人間にしてはそれなりに大きい女どもが走って来た。


「何だ。チビか」

「何よアンタ?」


 トリスシアの巨躯に驚いた先頭の女……ヨコヅナのシリラは、ふてぶてしい様子を見せるオーガを睨みつけた。


「アタシか? この王都に報告書を届けるついでに煩い男の嫁を探しに来たお人好しだよ」


 牙のような犬歯を覗かせてトリスシアは笑った。


 事実トリスシアはどこぞの元王子たちが帝国の帝都でやらかしたことを調査し纏めたその報告書を持って、近い内に“同盟国”となるであろうユニバンスへと赴いて来た。


 別段彼女が来る必要などは無かったが、最近何かあると『お前は結婚せんのか?』と言って来る国王(予定)のキシャーラが煩くて煩くて……自分こそ国王になるのだから王妃が必要だろうと喧嘩になり、むしゃくしゃしたから王都に向かう者たちに勝手について来たのだ。


 何よりトリスシアの地位は現在将軍である。ユニバンス国王シュニットに謁見を申し込めば優先的に時間を作って貰えたし、何故か『丁度良い時に』と喜ばれた。訳も分からず食事を与えられ王都で過ごすこと数日、ちっさい馬鹿騎士が事の真相を教えてくれた。

『神聖国の精鋭が攻めて来るんだって』と。


 滞在延長だ。理由はシュニット国王にキシャーラの伴侶を探してもらうためにだ。

 条件はあの馬鹿の尻を蹴飛ばして従わせることの出来る胆力の持ち主であり、何より食人鬼を見て怯えない精神の持ち主の2つだ。

 齢や容姿や経歴など気にしない。血筋も何も気にする必要はない。

 それが新興国の強みだ。歴史はこれから作って行くのだから。


《そろそろ帰ろうと思っていたけど……ギリギリ間に合ったね》


 事実勝手に出てきているから戻ったら仕事と小言が待っている。確実に待っている。分かっているけど面倒だ。だったらせめてここで暴れて帰りたい。


 増々凶悪な笑みを浮かべる食人鬼に高身長のシリラは一瞬狼狽えるが、踏ん張り胸を張る。形の良い大き目の胸がプルンと揺れた。


 まさか自分よりも巨躯な女性が待っているとは思わなかった。女性が……女性か?


 牙に見える犬歯がはっきりと見える。額の所には角のような突起が。何より上半身がほぼ裸だ。胸と言うか胸筋と言うかその部分に包帯のような布が雑に巻かれている。下半身はズボンらしき物を履いているがボロボロだ。


 だが薄汚さは感じない。むしろ野性味が溢れる感じがして恐ろしいのだ。


 今一度大きく息を吐いてクリームがかった茶色い髪を掻き上げ、シリラはオーガの前に立つ。

 自分は神聖国で巨人などと陰で呼ばれている女だ。何より現役の最強ヨコヅナだ。後ろに控えているオオゼキたちに臆する姿を見せる訳にはいかない。


「私は神聖国現役ヨコヅナのシリラ。アンタは?」

「アタシかい? アタシはトリスシア。食人鬼のトリスシアさっ!」


 轟く雷鳴のようにその声が響き渡った。




 王都・中央広場横の路地



《何だ? どうしてこうも……何かがおかしい》


 ヨコヅナたちの背後を影のように追いかけ横道へと逃れた彼……セネヒは膝に手をやり呼吸を整えることに徹した。


 ゲートを潜りやって来た東の小国は、完全なまでにこちらを迎え撃つ準備を整えていた。

 それがおかしい。こちらは極秘に準備を進め短時間で兵を集めて攻めたのだ。


《待て。何かがおかしい?》


 そう。何かがおかしい。

 落ち着いて考えれば腑に落ちないことが、普段の自分であれば絶対にやらないミスがある。


 まずどうして敵がこちらの情報を掴んでいないと思い込んでいたのだ?

 そしてどうしてこちらは相手のことを少しも調べようとはしなかったのだ?


 少なくともユニバンスにはドラゴンスレイヤーが居る。そう居るのだ。

 それを知っていてどうして自分たちは相手のことを調べずに攻めたのか?


《熱病に侵されていた?》


 しいて言えばその言葉がピタッと当てはまる。

 最初から勝利を確信し、暴走した結果がこれだ。

 だが暴走するにしてもこれはあり得ない。あり得ないんだ。


《……まさか?》


 ハタとセネヒは気づいた。その可能性に。


 彼は静かに懐から短剣を掴み抜いた。


「もう考えごとはお終い?」

「……そうだな」


 女性の声に視線を向ければ、確かに女性は居た。女性だ。ちっさいが女性だ。


「えっとお嬢ちゃん? ここは危ないから」

「失礼なっ! これでも騎士です~。この国の騎士です~」

「またまた」

「本当です~。何より人妻です~」

「冗談が過ぎるな」

「むっきぃ~!」


 相手の態度に激怒したミシュが、悔し気に足元の石畳を踏みつける。

 と同時に体を捻って飛んで来た短剣を回避した。


「これを交わすか?」

「あっぶな~」


 腰をフリフリさせながらミシュは油断なく構える。

 けれどセネヒは動じない。懐から短剣を掴んでは目の前に放るを繰り返す。


「何それ? 魔道具?」

「違うとも」


 自分の周りに10本の短剣を浮かべセネヒは笑う。


「安い魔法さ。でも神聖国では“必中”と呼ばれている」

「ふ~ん」


 気の抜けた返事しミシュは欠伸をかみ殺した。




~あとがき~


 オーガさんは父親代わりのキシャーラと喧嘩して…単なる家出娘状態ですw

 一応仕事もしているので一緒に居る部下たちは文句を言いませんが、その日々の行動はバッチリ父親の元へと矢継ぎ早に報告されています。雨期だから使える早馬によって。


 キシャーラのお嫁さん候補は裏設定で何人か居るんですが…その辺は本編にてかな? 後日談で語ることは無いと思いたいんだけど。

 何よりこの人って……あれ?


 ヨコヅナ対オーガの戦いって書く必要があるのか作者的に結構悩んでます。だって、ね?




© 2022 甲斐八雲

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る