まだ戦いの途中ですが?

 ユニバンス王国・王都郊外ノイエ小隊待機所



「あは~。矢が通じない人に対して私は無力です。ですから先輩。手助けしない私を恨まないでください。ついでに苦戦して『2対1にならなかったのはルッテのおかげね』とか思って貰えたら幸いです。代わりに今から私は先輩の大切なご主人様の援護をしますから!」


 言い訳にしか聞こえない上司の発言に彼女を囲うようにして待機している男たちは黙って全員耳を塞いだ。

 巻き添えはごめんだ。あとで何か罰を受けるのであれば副隊長1人が受ければ良いのだ。


「うはは~。ここからなら狙いたい放題で~す!」


 自分の失敗を誤魔化すように固定式の特大弓でルッテは狙い撃ち続ける。

 次から次へと放たれて行く矢に比例して王都北の門では神聖国側の死体が増えていく。


《と言うか……神聖国って馬鹿なんですかね?》


 次なる矢を番えながらルッテは普通に思っていた。


 どんなに小国であってもたった2百人足らずの数で落とせる王都など存在しない。

 それにこの国は二つの大国を相手に長年戦争をして負けなかった国だ。特に守備に関しては強固とも言える。


《もしかして……ユニバンスのことを全く知らずに攻めて来たとかそんな馬鹿な話は無いですよね?》


 苦笑しながらルッテはまた矢を放つ。

 放物線を描いて飛んで行った矢は、剣を持つ神聖国の男の頭部を貫いてその命を奪った。


「それかまだ奥の手とかあるんですかね?」


 一応それにも警戒をしつつ……チラリと視線を巡らせれば、新型の爆散型とか呼ばれる矢が見えた。

 使用にあたって長々と注意を受けた試作品だ。


「うん。あれは試作品ですから。試作品ですしね。うん」


 ちょっとだけ。ほんのちょっとだけ撃ってみたいという誘惑に負けそうになりながらもルッテは矢を放ち続けた。




 王都北側・通用門



「何処からあの矢は飛んで来る!」

「たぶん西の方角からかと」


 無慈悲に仲間の命を奪う矢に実行部隊を預かる将軍の1人が決断した。


「5人程連れて西へ向かえ。あの矢を黙らせないとこちらがヤバい」

「ですが将軍。あの門の前に立つ男は?」

「あれはこちらでどうにかする。向かえ!」

「はっ」


 国軍から選抜された腕利きの兵たちが5人駆けて行った。


 それを見送った将軍は開いたままの門の前に立つ巨躯の男を睨みつける。

 分厚く肉厚の両手剣を片手で持って肩に担いでいる相手の様子が本当に腹立たしい。

 まるで『早く掛かって来い』と言わんばかりで……憎々しさすら覚える。


「ヨコヅナたちは?」

「乱戦となる前に門を抜け城の方へ」

「数は?」

「数人程度かと」

「……」


 それで城を落とすのは難しいかもしれない。けれど魔法使いたちの大規模魔法が放たれればあのような城ですら落とすことができる。そうすれば残党狩りだ。一方的に狩り尽くして……本当に狩り尽くせるのか?


 ふと将軍は自分の周りに視線を巡らせた。


 いつもなら冷静な部下が、国でも有名な猛者たちが、我を忘れ熱病に侵されたように顔を赤くして戦っている。誰もが正気を逸している。


《何だ? この違和感は?》


 落ち着いて将軍は今一度自分たちのことを考えた。


 何をどうすれば2百人程度の数で一国の王都が落とせると判断したのか?


 確かに相手は小国だ。だが小国とはいえその王都だ。

 兵の数が2百と同数。それ以下はあり得ない。必ずそれ以上の数が居るのだ。

 でも自分たちは何も疑わずにこの国に来た。


 必ず勝てると……その自信は何処から湧いて出て来た物だ?


 周りにそう言われ、気づけば何も疑うことなくその言葉を鵜呑みにしていた。


 どうしてだ? どうして疑わない? その結果現在どうなっている?


 このままではじり貧だ。大規模魔法が決まってもあの城が落ちたとしても国を奪うことは難しい。だったらまだゲートを奪いその前に陣取り本国から送られてくる増援を待って少しずつ侵略していくことが正しいはずだ。


 それなのにどうして自分たちは少数で落とせると、落とせるはずだと判断した?


「違う」


 ポツリと将軍は呟いていた。

 そのことに気づき彼は思わず呟いていた。


「判断などしていない」


 それが事実だ。

 何も考えずただ『決まったことだ』とか『決定事項だ』とかそんな風に受け入れ行動していた。

 怪しむこともせず、今のように考えることもせずに。


「たっ」


 正気に戻った将軍は周りの部下たちに向け口を開く。


「たい、きゃっ!」

「将軍!」


 部下たちの悲鳴が木霊する。

 頭部を矢が貫通した将軍は数歩足を進めて地面に伏したのだ。


 ただ運の悪いことに彼が居た場所は戦場であり、棒立ちしている存在など的でしかなかったと言うことだ。




 王都郊外・北側ゲート区



「風よ唸れ! 風人ふうじん


 人の背丈ほどの竜巻が発生し、それが倍ほどの大きさとなって人型となった。数は3体。


 それを見つめてフレアは軽くスカートを振るった。

 スカートから伸びる黒い影が竜巻に襲い掛かる。が弾かれた。


「それがお前の武器かっ!」

「口調が荒れて来ていますよ?」

「……煩い」


 睨みつけて来る相手にフレアは軽く微笑みかける。


「さて困りました。どうもお客様の魔法はその風魔法が中心の様で」

「そうよ。私は神聖国で最も強力な風魔法を使う、」

「ですが所詮風ですね」

「なに?」


 悠然と立ち振る舞う相手にサーネは苛立つ。

 自分の力を過信している彼女からすれば『所詮風』の言葉は許せない。許せなかった。


「私の力を、魔法を、愚弄するかっ!」


 激情したサーネは2体の竜巻を作り出し人型へとした。


「余り風を増やさないで欲しいのですが? 服と髪が乱れます」

「黙れっ!」


 腕を振るってサーネは竜巻たちを動かす。


 襲い掛かって来る風を掻い潜り、フレアは相手の攻撃を交わし続ける。

 ただ冷静なメイドはこのままの回避は難しいと判断してた。

 相手の攻撃が単調だから避け続けることはできる。問題は体力的な面だ。


《今夜帰ったら……数日したらあの馬鹿の尻を蹴り飛ばすことにしましょう》


 どこぞの体力馬鹿が『もう子育てもひと段落しただろう?』と昨晩求めて来たのが悪い。あれのおかげで今朝から疲労は残っているし足腰も痛い。それにまだ母乳だって出ているのだから子育ては終わっていない。


 終わっただのと口走ればあの前王妃が何をしでかすか。


「この私を前によそ見なんてっ!」

「これは失礼を」


 軽く首を垂れてフレアは集中することにした。

 まずは邪魔臭い竜巻を消すことから始める。


 バックステップから相手との距離を取ってフレアは自分のスカートから湧き出ているスカートを畳んでいく。

 動きを軽やかにしフレアは相手との距離を十分に取った。


「ではまずは埃を起こす風から黙らせましょう」

「何を?」


 自分の魔法に自信を持つ者だからこそ不届きな言葉を許せない。

 増々激高し自分の魔法を相手に向かわせようとしてそれに気づいた。

 風が……生温かな風が頬に触れたのだ。


《何が?》


 サーネはゆっくりと顔を上げ自分の真上を見た。


 雨期であるユニバンスでは普段から分厚い雲が空を覆っている。その雲が完全に消え失せていたのだ。

 そして上空からは温かな風が落ちて来るのだ。


「なに、が?」


 自分の知らない現象にサーネは空を見上げて呆然と言葉を零す。

 目の前で起きていることは個人が扱える力量の魔法ではない。あってはならない。


「何をっ!」

「ですから掃除でございます」


 スカートを摘まんでフレアは一礼してみせた。


「まずは邪魔臭い風からでございます」


 一気に空から熱い風が落ちて来て竜巻が霧散した。


「ただ空腹になるのでこの方法は好きでは無いのですが」


 エプロンの裏から携帯食を取り出しフレアはそれを軽く齧った。

 咀嚼して飲み込み……まだ何が起きたのか理解しきれていない相手に優し気な目を向ける。


「宜しいのでしょうか?」

「なに、が?」

「お気づきでは無いのですか? お客様」


 フレアは慈愛にも似た表情を浮かべた。


「まだ戦いの途中ですが?」


 一気にメイドのスカートから黒い影が溢れ出した。




~あとがき~


 ルッテが主人公の後を継いでシリアスさんの邪魔をしてくるのですw


 今回の神聖国の動きには色々とおかしな点がありました。

 まあ読者様たちには都にあれが居る時点でおかしい理由は分かるだろうけどね。


 ただそれを知らない登場人物たちは違和感との戦いになるわけです。

 速くユニ編を終えないと…主人公たちが荒野で何をしでかすか作者ですら謎なのです




© 2022 甲斐八雲

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