陛下が可哀想ですね
ユニバンス王国・王都郊外ノイエ小隊待機所
「あれ? どうしてフレア先輩がため息を? まさかまだ合図を送っていませんでしたか……何たる失態をっ!」
その事実に気づいてルッテは全身に冷たい汗を流した。
ちょっとだけだ。ほんのちょっとだけ別の方を……愛しい彼の仕事風景を覗いていたら、眺めることに集中してしまい、慌てて視線を向け直したら2人の女性がフレアと向かい合っていた。
きっともう戦い開始だと思って矢を放ってはみたけれど、それが間違いだったみたいだ。もしかしたら追撃の連打がダメだったのか?
「アルグスタ様が言っていた戦い前の口上中に攻撃する奴は人の屑ってヤツですかっ!」
でも言い訳させて欲しい。この祝福は上から覗くのであって会話までは聞こえないのだと。
「うわ~。睨んでる。フレア先輩がこっちを睨んでます~」
誰か助けてとばかりに自分の周りに配置されている部下たちを見れば、全員が背中を向けてやって来るか分からない神聖国の兵に対して警戒していた。
そう。彼らは敵の警戒で忙しいのだ。馬鹿な上司の尻拭いなどしたく無くて背を向けているわけではない。
「こっちを見ましょうよ! みんなの副隊長が困ってるんですから!」
「「……」」
返事は無い。全員が無視を決め込んでいるようだ。
「良いですよ。あとで叱られますよ……」
涙目になりながらルッテはグスンと鼻を鳴らしてまた祝福を使う。
自身の目を窪ませ王都上空から敵の先行部隊を見つめる。
予定通り敵は真っ直ぐ街道を走り北の門でこちらの守備隊と激突した。
迎え撃つのは近衛団長麾下の騎士たちだ。と言うか近衛団長が喜々として暴れている。
《これはあれですね。監視役のフレア先輩が居ないから羽を伸ばしている感じですか?》
『それで良いのか王弟さまぁ~?』とルッテは思うが、その更に下の弟に至っては自称この国で最も厄介な問題児だ。本当に最悪な兄弟とも言える。
《陛下が可哀想ですね》
一瞬チラッと城の方に目を向ければ、バルコニーに立つ国王陛下の姿が見えた。
逃げ隠れもせずに部下を信じて城に残ることを選んだ人物だ。
半数近くの上級貴族などは『雨季でないと領地に戻れませんからな』などと言って王都を脱出している。
《でもあの人たちは私たちを信じて逃げない本当に良い人たちです》
それがユニバンスに仕える兵たちの共通した想いだ。
王家の者は決して部下を見捨てない。今だって北の門で半数以上の敵を引き付け暴れている王弟ハーフレンが居る。
暴れている。暴れすぎている。ちょっとそこまでしなくても……誰かあの人を止めてあげて。前に出すぎだから。何で飛んで来た矢を掴んで投げ返せるの? 自分の矢だったら仕留められるかな?
長いこと王弟を観察していたルッテはハタと気付いて視線を戻した。
今はゲートの方だ。あっちの魔法使いをどうにかしないと、むしろ大規模魔法でも使われたら城が落とされる。
「ふにゃ~! もう詠唱を開始してますよ~!」
目を向けたルッテはその事実を知った。
王都北側・ゲート区
「許さない。良くも妹を!」
「お悔やみ申し上げます。あとで狙い撃った馬鹿な後輩は叱っておきますのでご容赦を」
「それで誰が許せるものですかっ!」
相手がその腕を振るう度に飛んで来る風の刃を回避しながらフレアは周りの状況を確認する。
不予の事故で亡くなってしまった魔法使いは別として、後の者たちはなかなかどうして優秀だ。こちらに目も向けず自分たちの仕事を忠実に行っている。
つまりは大規模魔法の準備だ。
「1つお伺いしても宜しいでしょうか?」
「死ねっ!」
軽くバックステップで相手の攻撃を回避する。
「部下らしき人たちの詠唱は、大規模魔法のように見えますが術式の類が見当たりません。それでも撃てる魔法なのでしょうか?」
「はっ! 我が国に伝わる始祖様の魔法に術式なんて余計な物は必要としないのよ!」
「そうですか」
理解した。つまり毛色が違うのだ。
ユニバンス王国に伝わっている大規模魔法は術式を用いた……刻印の魔女を祖とした系列の魔法だ。けれど今目の前で展開されている魔法は始祖の魔女を祖とした系譜。
《先生が居たら大喜びしたことでしょうね》
師であるアイルローゼのことを思いフレアは自然と笑っていた。
「何がおかしいっ!」
「いいえ。これは失礼を」
「この~!」
煽るだけ煽った相手は増々激情して魔法を使って来る。
これもまたユニバンスに伝わる正しい魔法使いの対処法だ。
相手の冷静さを奪い、呼吸を乱して思考能力も奪う。
気づけば相手は自身に無理を科すこととなって自滅する。
実践してみせる者はそうは居ないが、ただ唯一それを行って来たスィークが言うには『手っ取り早い方法です』とだけ言っていた。
確かに手っ取り早いが、魔法を回避し続けるのは精神的に疲れる。
「それと1つお伺いしても? 貴女が先ほどから使っている魔法なのですが、この国にも似たような魔法を使う者が居まして」
前の上司である人物の元に居る伝説の殺人鬼……ファシーの魔法に似ている。似てはいるが、
「実はあちらの方が威力も精度も厄介さもこれよりも上だと判断します」
「死に晒せぇ~!」
激怒した相手が自分を中心にして突風を起こす。
フレアは両腕で頭を守りながら後方へと飛んで魔法の威力を弱めた。
「これは困りました。服の下が青痣だらけでね」
我が子の食事の時に興味を持ったあの子が叩いて来なければ良いと思いながら、フレアは小さくため息を吐く。
そして顔を上げ……肩で大きく息をしている相手を見つめた。
ぜぇぜぇと呼吸をし、無理矢理息を整えた相手が顔を上げる。
疲労は見て取れるがまだ十分に戦えそうだ。流石に大国の魔法使い、純粋に強いとフレアは判断した。
「……スーネの死で我を忘れてしまったわ」
「そのまま忘れて貰っていた方がこちらとしても楽でしたが?」
「そうも言ってられないわ」
乱れた髪や服を正し、大国の魔法使いは悠然と笑う。
「私は神聖国宮廷魔術師が1人。サーネ」
「1人と言うことは、それ以外はあちらに転がっている死体の方ですか?」
「このっ……ええ。そうよ」
サーネと名乗った人物が怒りを飲み込んで我慢した。
どうやら幾分か冷静さを取り戻してしまったと判断し、フレアは面倒臭そうに息を吐いて軽く手を上げた。
飛んで来た矢がサーネの額を……突き破ることは無く地面に落ちた。
「それが貴女の攻撃方法かしら?」
「何個かある内の1つですが……対矢を想定した風魔法ですか?」
「その通りよ」
余裕を思い出しサーネは自身の体をクネクネと揺らしながら、掌に小さな竜巻を作り出す。
「私は風に愛された女なの」
「妹様にはその愛情が届いていなかったご様子ですが?」
「あれはっ……そうね。確かに油断したわ」
怒りを飲み込みサーネは認めた。
大国であり強国である自分たちが一方的に殺戮するだけの仕事だと思っていた。
驕っていたと言えばそれまでだ。
圧倒的な力で小国を叩き潰すと……その油断が妹の命を奪った。
「私たちが攻めて来ると知っていたのね?」
「ええ。ですのでこの通り準備万端で」
軽く両腕を広げてフレアは周りの様子を強調する。
けれどサーネの目には建設中の街にしか見えない。何処が準備万端なのかが分からない。
「住まう人を逃し迎え撃つ準備は万全と?」
「そのように見えるのでしたらその通りでしょう」
本当にイラっとさせる相手だ。
神聖国に伝わる最低最悪の殺人鬼の弟子に相応しい立ち振る舞いとも言える。
あの殺人鬼は女王の居城に忍び込み、女王陛下を暗殺しようとしたのだから。
「名前を聞いていなかったわね」
「私のでしょうか?」
「ええそうよ」
自身の豊かな胸を持ち上げるように腕を組んでサーネは黒衣の女性を睨みつける。
「伝説の殺人鬼……その弟子だとしても討ち取って持って帰れば大きな手柄になる。そしてその弟子を討ち取った私の名前は長く伝わることになる。だったら弟子の名前も一緒に残した方が良いでしょう?」
「そうですね。そういう考えなら確かに」
軽くスカートを摘まんでフレアは一礼をした。
「ユニバンス王国王弟ハーフレンが専属メイドにして現メイド長のフレアと申します」
「これは丁寧に」
悠然と笑いサーネはフレアに掌を向けた。
「ならこれからは一方的な虐殺になるけれど……ごめんなさいね」
「ご安心ください。先代メイド長より本日こう言われております」
相手の皮肉に顔色一つ変えずフレアは冷たく笑う。
「神聖国は馬鹿者揃いで自己評価も出来ない屑ばかりだから軽く遊んでさし上げなさいと」
「なに?」
「それにこうも言ってました。余り本気にはならないように……弱い者いじめになりますからと」
ニヤリと笑いフレアはスカートを叩いた。
~あとがき~
また投稿日時を間違えていました。
リアルの多忙ぶりで日付感覚が狂ってしまっていて…申し訳ないです。
今回シリアスさんの敵はルッテらしいですw
事前に襲撃を知っていたユニバンスは非戦闘員を退去させ万全の構えで迎え撃つ気満々です。
守備に優れている国らしいですが…好戦的なのよね。この国って。
刻印さんと始祖さんの魔法系列は別物です。
刻印さんは錬金術風を求め始祖さんは詠唱に何かを求め…互いに自分が理想とする『カッコイイ』を追及した結果です。
だから最終的に仲違いしたんだろうな。色々と性格の不一致があるっぽいから。
ユニバンスの方を片付けたら主人公たちの話に戻ると思います。
えっと…オムツと丸焼きの話だったっけ? 何してるのあの人たちって?
© 2022 甲斐八雲
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