殺したい

 神聖国・大荒野



 アテナさんが逃げるように『お花を摘みに。そうです。ちょっとたくさん摘んできます。あはははは~』と笑いながら何処かへ去って行った。


 大型のドラゴンとか倒せることがそんなにも怖いのかな?


 そっと寝ている褐色のノイエを見つめる。うん。リグだ。

 手を伸ばして色々な所を触っていると、ビクッと全身を震わせリグが飛び起きた。


「何をしてる?」

「触ってただけ」

「本当に?」

「なら診察しなさい。君も医者でしょうに」

「……」


 自分の掌で全身を触診したリグが、ホッとした様子を見せて睨んで来た。


「君は信用できない」

「失礼な」


 手を伸ばしてリグを捕まえる。

 そのまま引き寄せてから強引に唇を奪う。


「結構僕はリグのことを気に入ってるのに」

「……こんな傷だらけのボクを?」

「うん。だってあの傷も刺青も奇麗だしね」


 何より芸術的な配置がなされているリグの刺青は、無作為に刻んだタトゥーとは違って一枚の絵画のように美しい。それにあの傷痕だってリグを生かすために得た物だ。生かせようとした者たちの努力の結晶だ。だからまた美しいのだ。


「何よりあの胸を枕にするのは面白いしさ」

「……」


 ジトッとリグが睨んで来た。


 でも事実です。あの胸はなかなか楽しい玩具である。

 リグに背筋を鍛える運動とかさせると実に愉快なのです。胸が水風船のように弾むのです。ボインポインとする様子を眺めているのは、


「視線から不穏な気配を感じる」

「気のせいです」


 リグが両腕で自分の胸を隠しだした。少し見すぎたかな?


「それでリグ」

「……」

「ちょっと真面目な話だから警戒しないでよ」

「だったら君は普段の言動に気を付けた方が良い」


 普段から真面目過ぎるのはつまらなくない?


 そっとリグを抱き寄せる。彼女は無抵抗で僕の腕の中に納まった。


「ノイエがね……呟いたんだ。らしくない言葉を」

「聞いたの?」


 何とも言えない表情をリグが向けて来た。


「空耳かな?」

「たぶん正常」

「ならノイエが言ったの?」


 あんなことを?


「うん」


 歯切れの悪い声でリグが頷いた。


「君は見たことは無いと思うけど、昔のノイエは本当に良く笑う子でみんなから愛されていたんだ」

「うん」

「でもあの施設で色々なことがあった」

「うん」

「そしてノイエは壊れた」

「……うん」


 ギュッと相手を抱きしめるとリグが苦しそうに息を吐く。

 慌てて解放すれば、リグは怒る素振りも見せずに僕に笑いかけてくれた。


「みんなが絶望したんだよ。ノイエを絶望させてしまった二重の苦しみを感じてね」

「その気持ちは痛いほど分かるかな」


 みんながどれ程ノイエを溺愛しているのかは知っているしね。


「だからユーリカは馬鹿をした。カミューはエウリンカに魔剣を作らせた」

「うん」

「どうしてそうしたか、君には分かるだろう?」


 今なら本当に良く分かる。


「聞きたくなかったんだね」

「そうだよ」


 リグはあっさりと肯定した。


「誰もがノイエの口からあんな言葉を聞きたくなかった。だからユーリカは自分の命を懸けてノイエを戻そうとした。失敗したけど……でもノイエの心に楔を打ち込んだ。そしてエウリンカの魔剣がその楔を活かした。

 それによりノイエは少しだけ正常になった。違う。あの言葉を言わなくなった」


 真っ直ぐリグが僕の顔を見つめて来る。


「ここで勘違いしちゃいけない。ノイエは治ってはいないんだ」

「つまり?」

「多少まともになったというぐらいだとボクは思っている。だから彼女は常にその言葉に支配されて動き回っているんだよ」

「……」


 それはもうただの呪いだ。呪いでしかない。


「でもね。そんなノイエにだって変化はあった」

「本当に?」

「うん。少なくともボクはそう思っている」


 そっとリグの唇が僕の物に触れた。


「君と結婚してノイエは多少なりとも落ち着いたんだ。そのことに関しては、君は胸を張っても良い」

「自分リグほど胸は無いですけど?」

「そういう言動が信頼を無くすんだよ」


 真面目な空気を和ませようとしたら普通に怒られた。


「でもそんなかたっ苦しさが無い君のことはボクも好きだよ」

「ありがとうね」

「うん。だから……まあ一応ノイエの姉の1人として忠告だ」


 微笑んだリグが真っ直ぐ僕の目を見る。


「ノイエが何を言っても君は受け入れるしかない。だって彼女は君だからこそ包み隠さず全てを告げているんだからね」

「こっちの都合を少しは配慮して欲しいです」

「無理だね。それがノイエだし」


 おいおい姉よ。姉さんよ?


「頑張れ」

「最後はそれ?」

「あはは」


 笑って誤魔化すな。


「だから君にはノイエの愚痴を聞いてあげられる存在で居て欲しい」

「ご褒美は?」


 無茶振りをする姉の1人にそれぐらい請求しても良いだろう。


「これでも色々と君に尽くしていると思うんだけど?」

「それはそれです」

「我が儘な」


 呆れた様子でリグが呟いた。


「分かったよ。今度出て来た時は一日君の言うことだけを聞く。それで良い?」

「本当に?」

「本当に」

「なら頑張れる」


 やる気が満ちて来たー!


 僕のやる気に対しリグは呆れた様子でため息を吐くと、ゆっくりと彼女から色が抜け始めた。

 あっという間にノイエへと戻り……そして僕の最愛のお嫁さんが抱き着いて来た。


「アルグ様」

「はい」


 無表情な顔はまるで人形のようだ。


「……殺したい」


 淡々と告げられてきた言葉に、僕は彼女を抱きしめ返す。


「でも我慢」

「殺したい」

「我慢我慢」

「……いつまで?」

「もうしばらく」

「なら」


 ガラス玉のような無感情なノイエの目が僕を見つめた。


「我慢したら殺しても良い?」

「ああ。その時は僕が相手を教えてあげる」

「……分かった」


 ギュッと抱き着いていたノイエがその力を緩め、何故か押し倒してくる。


「代わりに、する」

「そう来たか~!」




~あとがき~


 ん~。この辺を語るとノイエの秘密に抵触してしまうので作者さん的にはあまり多くは語りたくないのですが…ノイエは常に色々な音を受けています。

 それは自分の血筋がなす属性の関係だったり、施設で受けた魔法が原因だったり、あれがそれしてこれした結果だったりね。


 で、過去に書いた施設の話でノイエが壊れてしまった時…彼女が何と言っていたか?


 どんだけ複線張っているんだ自分と思う時もあります。

 張り過ぎてて回収できないんじゃないのかと思う伏線も数多いですw

 その代表格が魔眼の住人全員出せない問題です。はい無理です。作者がパンクします。


 と、話が脱線しましたが、ノイエは言わないだけで結構壊れたままなんですよね。

 でもそろそろ気を付けないと…勘の良い人はこの辺の手がかりから名探偵のように謎解きをしてくるので。


 何がって? それはまだ秘密です




© 2022 甲斐八雲

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